10 四階の幽霊

「まあ、人類という種がここまで繁栄できた一端にはおそらくあなた方のような、自身の好奇心に任せて突き進むタイプの人間によって取れたデータの積み重ねがあったんでしょう。だとしても、今この時に必要なものではないんですよ」

「うっ……」


 ひろの強烈な皮肉を含んだ言葉の刺々とげとげしさに、はたで聞いている悠輔ゆうすけもちょっと胃がきりきりしてきた。

 都子みやこも何の覚悟もなしに梅干しを食べた時みたいな表情をしている。


「な、なんでそこまで言われなきゃならないわけ?」


 何も覚えていないらしい深雪みゆきだけがみつくが、ひろが盛大なため息をつく。


「わたし、さっきも言いましたよね? 織歌おりかが大丈夫でなかったら、あなたのせいだって。憑依ひょういされて意識飛ばしてた人間がまず文句言うことじゃないんですよ」

「そもそもあんたたちが霊能力者って証拠もないじゃない! 詐欺師とかさ」

勾田まがたさん、俺と島田しまださんがそこは保証するよ」

深雪みゆき、さっき明らかに様子がおかしかったもん。賢木さかきさんが対処してくれたから元に戻ったとしか思えない」


 見かねて悠輔ゆうすけはそう言えば、都子みやこうなずいて口を出す。

 さっきの深雪みゆきは明らかにおかしかったし、深雪みゆき自身がそれを覚えていないこともおかしい。

 そう言われれば当の本人も記憶のけがあるせいか、不服そうにではあるが口を閉ざす。


「援護射撃、ありがとうございます。で、そこのすっとこどっこいは何を隠そう、三階女子トイレまで逃げてきて、残滓ざんししかないのに腰抜かしてるところをわたしが対応しましたので」

「あー、言わないでくれって言ったのに!」


 恭弥きょうやの叫びをひろあきれたように黙殺している。

 都子みやこ深雪みゆきも、引いた視線を向けている。悠輔ゆうすけもちょっと引いた。

 何度目かのため息をつきつつ、ひろは非難の眼差しをゆるめることなく口を開く。


「まあ、聞いた話を総合しますと、一番やっちゃダメな属性をお持ちのお二人が、しっかり話を知るというブースターを持った上でのが原因としか言いようがないんですよ。なので、お二人とも自業自得。今回はわたし達がいたから、助かったものと思ってください」


 たまたま、に相当強いアクセントをつけながら、ひろははっきりと言い切った。


「……あの」


 悠輔ゆうすけが少し気になって声を上げると、ひろ恭弥きょうや達に向ける視線よりも柔らかい視線を向けて続きをうながしてくる。


「ちょっと気になったんですけど」

「はい、知って問題なさそうな範囲であれば答えますよ」


 今まで逐一ちくいち指示に従っていたからだろうか。

 ひろのその声は優等生に対する先生のものにも似ていた。


「四階の幽霊の噂ってなんですか?」

「よくある怪談ですよ。この廃墟の四階に幽霊が出るっていう。わたしからはそれ以上の説明はしません。それ以上の認識をされても困りますんで……まあ、噂らしくバリエーションは多岐たきに渡るとだけ言っておきましょう」


 少しばかり歯切はぎれの悪い言葉でにごされる。

 悠輔ゆうすけが次の質問を口にする前に、都子みやこが口を開いた。


深雪みゆきが、その、唐国からくにさんの言うところの憑依ひょういされてたのは、どうしてですか?」

「んー、それは知っていた噂が憑依ひょういされるパターンだったからですね」


 ここまでの話を聞いて、悠輔ゆうすけの中の違和感が言語化に辿たどり着いた。


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