9 竹屋の火事

「ああ、はい、もう入っても大丈夫です」


 その顔色が先程よりも白く見えるのは気のせいじゃない、と少なくとも悠輔ゆうすけは思った。

 そっと部屋に入れば、ぽかんとした深雪みゆきがこちらを見てくる。


「……藤代ふじしろ? 都子みやこ? え、何? ちょっと何が起きたの? というかこの子、誰?」


 きょときょととそう言う深雪みゆきの仕草を見ていて、これは説教を喰らった方がいいやつだ、と悠輔ゆうすけは思った。

 まるで反省の色がない。

 ちらりと都子みやこの方をうかがえば、都子みやこは冷めた目で深雪みゆきを見て、ため息をついた。


「……深雪みゆき、その子、賢木さかきさんにあなた助けてもらったのよ」

「助けて? なんで?」


 都子みやこの目が完全に冷えきった。

 織歌おりかは顔色が悪いまま、どこかぼうっとしている。


賢木さかきさん、大丈夫?」

「……あ、はい。大丈夫です」


 いくら織歌おりかがおっとりしているとはいえ、一拍遅れて答えが帰って来たところを見ると、あまり大丈夫ではなさそうだ。

 早く階下のひろと合流させてあげた方が良いだろう。

 そう考えていると、廊下の方から声が聞こえてきた。


「ほーら、きびきび歩く! 尻尾しっぽ巻いて逃げ出したツケぐらい払いなさい!」


 どこの鬼教官かというようないきおいで、ひろにせっつかれた恭弥きょうやが転がるように部屋に入って来てへたりこむ。

 ひえっと少し情けない声を出していたのは、相当しぼられたからだろうか。

 大学デビューを機に染めた金髪とその軽薄さで、よくあるチャラい男にしか見えないのだが、こうしているのを見るとホラー映画の最初の方の犠牲者みたいだな、という感想が悠輔ゆうすけの頭に浮かぶ。


「か、唐国からくにさん……」

「どうも。事が終わったようなので、ちょっとばかり無理矢理に来ました」


 恭弥きょうやの後ろから入って来たひろが、じっとりとした目つきでそう言い切った。

 そして、織歌おりかの方を見ると、片眉だけで眉間にしわを作るという少し器用な、でも良くはないが最悪ではない状況であると一目でわかる表情をする。


「……あー、まあ、そうなるか。そうなるのか、うん。そこのすっとこどっこいに聞いた内容合わせると、うん」


 すっとこどっこい。

 そう言われた恭弥きょうやは不服そうな顔をしつつも、気まずそうな顔をしている。

 やっぱり相当しぼられたようだ。

 何かを納得したらしいひろはすたすたと織歌おりかの元へ歩み寄る。


織歌おりか、大丈夫です?」

「……ええ、はい」

「あ、うん、わかりました、わかりました。こっから先はわたしに任せて大丈夫です」


 すみません、とうめくように口にしながら、ふらふらと織歌おりかは廊下へと出て、どこかへ向かって行った。

 それを止める事なく、見送ったひろは、さて、と言って主に恭弥きょうや深雪みゆきに向き直った。


藤代ふじしろさんと島田しまださんについては言いたいことは言わせていただきましたし、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地がないとは言えませんから、いいです」

「はあ? さっき俺、散々詰められたじゃねえか!」


 恭弥きょうやの反論にひろが絶対零度の眼差まなざしを向ける。


「まず、津曲つまがりさんについては言い切ってません。それからそちらの勾田まがたさんには何も言えておりませんので」

「え、何なの。というかさっきの子は大丈夫なの……?」


 悠輔ゆうすけはぎりっとひろが歯を食いしばった音が聞こえた気がした。


「ここの持ち主に依頼された所謂いわゆるところの霊能力者です。あと、彼女が大丈夫じゃないとするなら、あなたのせいですからね?」


 まあ、大丈夫ですけど、と付け加えるあたりに、ひろ織歌おりかの間の信頼関係がけて見える。


「取り急ぎ、名前は教えますよ、勾田まがたさん。本日三度目ですけど。わたしは唐国からくにひろ、さっき出てったのが賢木さかき織歌おりか


 腰に手を当てたひろはじっとりと釣り上げた絶対零度の視線で、恭弥きょうや深雪みゆきにらみつけた。


「まず、そもそもとして、勝手に廃墟に入るのは不法侵入ですが、それ以上に、あなた方お二人は上で独断専行しましたね?」


 そうひろが言うと、恭弥きょうや深雪みゆきひろから視線をらした。


津曲つまがりさん? さっき認めましたよね?」

「ひっ、はいっ、知ってました!」


 ひろにそう言われて恭弥きょうやがびくりと震える。

 さっきまでどんなお説教をされていたのか、ちょっと怖いもの見たさで知りたくなる。

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