5 無知の知

 沈黙の中、織歌おりかひろの様子をうかがうように見つめ、都子みやこは、じりっと後退あとずさる。

 ひろは考えるように視線を彷徨さまよわせてから、その黒髪をかき混ぜるように後頭部をいて口を開いた。


「正直、否定できるほどの自信はわたしにはありません……けれど、どっちにしろ織歌おりかから離れさえしなければ、何の問題もありませんよ」

「……この子から、離れなければ?」


 神経質な視線を都子みやこ織歌おりかに向ける。


「ええ、最悪わたしが制御不能になっても、アレは織歌おりかだけをねらうし、織歌おりかはすべて返りちにできますから」


 当然のようにひろはそう言って、織歌おりかもそれを否定することはなく、ただじっとこの場の様子をうかがっているだけだ。


「この廃墟を攻略するなら、究極織歌おりか一人いれば、なんとかなるんです。最終兵器という言葉は伊達だてではないので。わたしは用心棒ようじんぼうけん、効率化のためのでしかない」


 なので、と開き直ったようにひろは続ける。


「極端に織歌おりかの近くにいろとは言いません。下手すれば逆に危ないですから。けれど、織歌おりかそばにいれば、アレの攻撃対象というは全部織歌おりかに集まりますし、織歌おりかが標的になった時点で

「ちゃんと意図的にも集められますから、十中八九守れますよ」


 ふんす、と鼻息荒く織歌おりかが胸を張って言う。

 その様はなんだかどうにも場違いに微笑ましい。

 その一方で十中八九という言い方が気になる。


「……えっと、それだと、一か二は取りこぼしがないかな?」

「それは不確定要素というものを想定した結果ですよ。から」


 その不確定要素の想定を実力と考えるなら、ここで十を求めるのはダニング=クルーガー効果、無知ゆえの過信というやつか。


「……島田しまださん、少なくとも俺たち二人だけよりはマシだと思うよ」


 ぴりぴりと気を張っている都子みやこに、悠輔ゆうすけはそう声をかけた。

 少なくとも二人だけでは、その場で恐怖するだけで進みそうにないのだし。

 都子みやこは少し不安げに悠輔ゆうすけを見上げて、それから渋々しぶしぶといった体で、わかった、とだけこぼす。


「そういえば、やってからなんですけど、スマホでの連絡とかはつかない、ということでよろしいです?」

「え、あ、というか……連絡入れたところで、たぶん返して来ないかと」

「ああ、なるほど、カースト的なアレですか……」


 ひろが再び遠い目をする。だいぶさっしがするどくて助かる。

 織歌おりかが口を開いた。


「で、ひろちゃん、引っかかってます?」

「え、あ、うーん」


 ひろ織歌おりかに言われて、犬笛をにぎりしめて目を閉じ、少ししてから開いた。


「取り急ぎ、三階。三階の、東側……」


 そして、うげえ、と言い出しそうな苦い薬を口に放り込んだような表情を浮かべて、力いっぱい言った。


「ばっちばちに嫌な気配する……」


 気持ち悪、とつぶやくその顔を見て、悠輔ゆうすけは実家の母親が直売所の白菜から蛞蝓なめくじが出てきた時にしていた表情を思い出した。

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