1 1/4信3/4疑

 ◆


 ――いやあ、なんとも。


「間が悪い」


 降ってきた人影はきっぱりとそう言い切った。

 悠輔ゆうすけが恐る恐る向けた懐中電灯は、よくあるスニーカーと黒いスキニージーンズに包まれてウエストポーチを背側に回した下半身を浮かび上がらせる。

 そのまま、懐中電灯を持ち上げて行けば――


「あっ、ちょ、まぶし、まぶしいです、やめて!」


 めちゃくちゃまぶしそうに手で顔をかばう、同年代だろう黒髪のウルフヘアの女性の顔があった。

 こんな廃墟で五点接地法をしたぐらいなので、多少ほこりまみれてはいるが、整った顔立ちをしてる方だろう。

 そのスレンダーな胸元で、銀のスティックタイプのホイッスルが懐中電灯を反射して揺れている。


まぶしいっつってんでしょう! 不法侵入でうったえんぞ!」

「す、すんません」


 ほうけてしまっていた悠輔ゆうすけはそう言われて、はっとして懐中電灯を下ろす。

 巻き込まれて一緒にへたり込んでいた都子みやこは当惑の表情を悠輔ゆうすけに向けた。


「あ、一応、は持ち主から依頼を受けてるので、不法侵入ではありません。悪しからず……大方おおかた肝試きもだめしですかね?」


 困るなあ、と彼女は大仰おおぎょうにため息をついた。


「で、ですよねー」

「わかってるなら何故来るんです?」


 持ち主からしたら肝試きもだめしにくるやからはやっぱり迷惑なんだなと思って口をついた言葉を聞いて、月明かりに照らされた彼女は目を細めてぶっといくぎを打ち込んでくる。


「あの、えと、もう、一組、先に入った人達がいて……ええっと、私達、大学の同じサークル仲間で……」

「……なるほど、すでにそのもう一組が入ってしまったので、なまじ置いても帰れず、かといって最初から全く付き合わないのも、その後が怖いってやつですか。はは、田舎いなかのご近所付き合いみたい」


 どもりながら都子みやこが説明すれば、その裏まで十二分に読み取った彼女はうんざりした顔で皮肉った。


「まあ、いいです。いるならいるで仕方ない。先生だってきっとそう言うはず……うんきっとたぶん」


 そう言って一つうなずいた彼女を前に、悠輔ゆうすけはなんとか立ち上がって、都子みやこに手を貸して立たせる。


「まあ、ここがどういう場所かご存知で、は持ち主から依頼を受けた者と言いましたから、ある程度はお察しでしょうが……わたしは唐国からくにひろ。まあ所謂いわゆる霊能力者ってやつです。で、あなた方は?」

「ええっと、藤代ふじしろ悠輔ゆうすけです」

「……島田しまだ都子みやこ


 ふむふむ、とひろは頷く。


「ま、とりあえず、わたしから離れないようにしてください」

「あの、唐国からくにさん……さっきみたいなこと、しないっすよね?」


 流石にいきなり二階から五点接地法なんて、常人にできるはずはない。

 まして、ここは廃墟で割れたガラスとかもあるのに。

 さっき、というキーワードがそれに紐付かなかったらしく、きょときょととしばまばたきをしたひろは、凛々りりしい顔をへにゃりと笑みにくずした。


「ああ、しないです、しないです。


 その言葉は完全に、何かが事を示していた。

 ちらりと都子みやこを見れば、彼女の顔色も真っ青だ。

 いや、というか、そもそもの趣味で廃墟でいきなり五点接地法をする自称霊能力者に出会うなんて、あまりにも確率的に有り得ない。

 つまり、さっきの五点接地法も――


「あの、さっき、なんで、二階から……」

「あー、ちょっとおとりしてまして……」


 でも、大丈夫です。

 そんな風にけろりとして言うひろに、何がだよと悠輔ゆうすけはツッコミたいし、たぶん都子みやこも真っ青になりながら同じことを考えている。


 そうとも知らず、当のひろはふいっと階上に視線を上げた。


 なんなんだ今度は、と悠輔ゆうすけ都子みやこが息を潜めると、とん、と階段を降りる足音が聞こえた。

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