3 肝試しと大掃除

side A

序 空から人影

 なんて事はない。

 なんて事はなかったはずなのだ。

 だって、皆がやってる事。肝試しなんて。


 ――そりゃあ、若干法に触れる時もあるけれど。


 かつん、と爪先つまさきに当たった石だか、剥落はくらくした壁の一部だかが床をねてころげる。

 それだけで、心臓は瞬間的に大きくねて、暗闇を丸く切り抜く懐中電灯が揺らぎながらその様を照らし、そしてほっとして強張こわばった身体からだから少しばかり力が抜ける。


 それを繰り返してじりじりと進みながら、都子みやこ悠輔ゆうすけはビビりコンビとサークルメンバーにはやし立てられた言葉にじない様をさらしていた。

 とはいえ、さらしている相手は現状、この廃病院に満ち満ちたほこりと夜闇――と、もしもいたならば幽霊――ばかりである。


「どこ行ったんだよ、あいつら……」


 ぼそりと悠輔ゆうすけつぶやけば、都子みやこの方がびくりと震える。


「ああ、島田しまださん、ごめん」

「う、ううん。しゃべっててくれた方が、いい」


 少しばかり垢抜あかぬけきらず、同じサークル内でも無口な方の島田しまだ都子みやこはなんとなく悠輔ゆうすけ的には放っておけないという印象があった。

 なんで、と問われても、自分でもよくわからない。恋情かと言われても、そこまでではない。たぶん、きっと。

 だから下心というものは一切、全くと言っていいほど、ない。たぶん。


 そして、そんな相手にしゃべってた方が良い、と言われても、悠輔ゆうすけはどちらかというと無愛想なタイプの男子大学生だ。

 話のネタはあまりない。


「うーん、話のネタが、なあ」

「……そう、だよね。ごめんね」


 そんなビビりの二人がこうして廃病院なんかを歩いているのは、所属するサークルメンバーのせいである。


恭弥きょうや勾田まがたさんも、マジでどこ行ったんだよ」

「……深雪みゆき達、先に入るって言ってたから、やっぱり、私達をおどかそうとしてるのかな」


 肝試ししよう、と言い出したやからに乗っかって、いい廃墟知ってる、と言い出したやから

 そして、じゃあ一年の怖いもの知らずコンビとビビりコンビで行って来いよ、とかいう無茶ぶり。

 そして怖いもの知らずコンビは当初の予定十分前に、先に入る、後から予定通りに来い、というむねの連絡を寄越よこして音沙汰おとさたない。


「かもしれねえ……あいつら、マジでどこ行ったんだ」


 今時の大学生のノリ、わからん、などと入って一年目の悠輔ゆうすけは思う。四年目にいたっても理解できる気はない。

 友達に誘われて入ったテニスサークルがこんな俗っぽいものだとは思わなかった。全国の真面目まじめなテニスサークルに謝れ。


 なお、今回の廃墟侵入系肝試しが完全に法に触れるやつ、という事も悠輔ゆうすけは薄々知ってる。

 なんなら悠輔ゆうすけは法学部だ。

 とはいえ、本格的に弁護士だのなんだのを目指してるわけではなく、単に法律に興味があって、将来ちょっとばかり物事がイージーになるのでは、程度のライトな考えで入ったぐらいである。


 一方の都子みやこは文学部で英文をかじろうとしている、ぐらいしか悠輔ゆうすけは知らない。

 ほこりの積もった受付カウンターの脇を通って、それから地面を照らしてみる。

 怖いもの知らずコンビこと、恭弥きょうや深雪みゆきの足跡はしっかりと残っていた。


「こっち、か……」

「みたい、だね」


 二人の足跡はそのへんをうろうろした後、階段の方へ向かっていた。

 そこへ足を踏み入れようとした瞬間、それは正に虫の知らせ以外に説明がつかないのだが、悠輔ゆうすけはその場で一瞬立ち止まり、それにつられて都子みやこも立ち止まった。

 次の瞬間、おりしも満月の光が割れた窓から差し込む、時と場合によっては美しい物語の一幕にも見えかねないその階段の一階部分に、上からそれなりに大きい何かが


「きゃああああああ!」

「…………」


 都子みやこがそれまでおさえていた全てを解放したかの勢いで叫び、そして悠輔ゆうすけの腕に爪を立ててしがみついた。

 一方、悠輔ゆうすけは何もかもすくみ上がってしまって、少しも声が出ないまま、都子みやこを巻き込んで、その場にへたり込んでしまった。


「あや?」


 華麗に五点接地法をきめて立ち上がった人影が、悠輔ゆうすけの目の前で、なんとも間抜まぬけな声を上げた。

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