12 思考ほど速きもの

「えー、だってイクシーオーン、義父を謀殺ぼうさつして尊属殺人そんぞくさつじんしたクセに、それを許したゼウスが神の食卓につかせたら、今度は最高神の妻、つまりは女神のトップたるへーラーへの横恋慕よこれんぼとかいう不敬罪ふけいざいじゃないですか」

「何があれって、否定できないから困る……」

「しかも、ルーツの違うケイローンをのぞいて、蛮族の象徴みたいなケンタウロスの祖になってるじゃないですか」


 否定できないので、どうしよう、と考えている気配がロビンからだだ漏れしている。


「まあ……うん、間違ってはない、うん」

「で、イクシーオーン本人はぐるぐるぶん回されてるんですっけ、車輪で」

「そう、燃える車輪にくくりつけられてぐーるぐる……」


 あきらめたようにロビンはそう言って、窓の外、遠くを見やる。


「……まあ、いいや。人は死すべきものであり、神は不死なるものにして絶対で、人は常に神をうやまわねばならない、というのがギリシャ神話におけるベースのルールなら、これらの話を逆に考えることもできる」

「逆?」

「人は不死になるべきではないのに、不死になったというならば、それは罰を受けるべきだ、という順序の逆。先に不死をたまわる話があり、それを良しとしなかったから、後から罪と罰のエピソードが追加された可能性の考慮だよ」


 でしょ、とロビンは肩をすくめた。


管狐くだぎつね六部ろくぶ殺し伝説とかもそう。火のないところに煙は立たないと外野が勝手に思うのであれば、その外野は望む通りの火を勝手に見つけるんだから」

「…………」

「そうして他者に押しつけられるからこそ、容易に制御がかなくなる。迷惑きわまりないのろいだよ」


 で、とロビンはそのままいつもの調子で続ける。


「次は北欧の、トールのヤギだっけ? 巨人の国、ウートガルズをロキと訪問した時の行きがけの話だろ?」

「そ、そうです」


 巨人の国ウートガルズを訪問する道中、雷神にして戦神たるトールと、悪名高きトリックスターであるロキは人間の家に一拍する。

 その時、トールは自身の戦車を引く二頭のヤギ、タングスニョーストとタングスリスニを食材として提供するが、この時骨はそのまま、その毛皮の上に投げるように言う。


「そうだねえ……人界で神のヤギを人に提供し、人がこれを調理するわけだけど、まあ、あのヤギの特殊性はその毛皮と骨によるからなあ」

「毛皮と骨さえ無事なら元通り……をぶち壊してますし、あの話」


 そういう条件だったにもかかわらず、ずいが好物だった家主の息子のシャールヴィはこっそりこの骨を傷つけてずいすすってしまう。

 翌朝、トールによって生き返ったタングスニョーストとタングスリスニだが、シャールヴィがずいすすったすねには障害が残り、トールは激怒。

 平謝りの家主は犯人のシャールヴィとその妹レスクヴァをトールに差し出し、以降二人はトールの召使めしつかいとなった。


「シャールヴィに対しては適用される、と考えてもいいんじゃないかな。ずいは調理されたものではなく、ヤギ達の神性の一端だし……というとちょっと神食Theophagyじみてくるな」


 まあ、本題ではないけど、とロビンは切り捨てる。


「ただ、レスクヴァはそもそもその後の話にも特に出て来ないから、重要性は低い。だから、レスクヴァという存在は、あくまで神の命にそむいた埋め合わせそのものじゃないかな。シャールヴィはその後、ウートガルズで一応その俊足で頑張るし」


 お兄ちゃんの罪の埋め合わせとかレスクヴァちゃん可哀想、とひろは思わぬでもない。

 が、シャールヴィのそのウートガルズでの頑張がんばりも頑張がんばりでむくわれないことをひろは知っている。

 おとずれたトール一行に勝負を吹っかけたウートガルザ・ロキは、魔術をもちいてそれぞれが絶対に勝ち得ない存在と勝負させるのだから。


「……シャールヴィのその頑張りもウートガルザ・ロキのチート行為のせいで徒労なんですよねえ」


 そうつぶけば、ロビンがツッコミ疲れたと言わんばかりの渋面を作って、しぼり出すように、言い方、とだけつぶいた。

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