8 八尋の白智鳥

「でも、わたし、どっかで対峙たいじしなきゃいけないんじゃないかなーと思ってたんですよね」


 実際のところ、あれが対峙たいじと言えるかというと、微妙なところだが。

 ロビンが片眉を上げる。


「その心は」

「名前です。タケルと山なんて、よ。彼岸に行くという方向で」


 そう言えば、ロビンもああ、と納得の声を上げた。


「ヤマトタケルか」

「そうです。たけるくんの字、『日本書紀』での表記と一致しますし、名字の東は日本武やまとたけるの祖、天照大神あまてらすおおかみの権能たる日の昇る方角を表す字です」

「うーん、影響、皆無とは言えないなあ……その上でだけど、アレ、わざと?」


 ロビンの指すアレがわからず、ひろは首をかしげる。


「確かに先に言ったのはボクだけど、それを『楚辞そじ』の山鬼さんきって確定させたのはヒロだろ?」


楚辞そじ』は古代中国のの地域の辞賦じふと呼ばれる形式の詩――特にいわゆる巫覡ふげきによる神をまつるための詩と考えられるもの――を複数集めたものである。

 その内、山鬼さんきは意中の男を待つ山の女神の恋情を詩ったものだ。


「いえ、アレは反射です」


 そう言うと、目に見えてロビンががっくりと脱力したのがわかった。


「そう……そうね、ヒロがそこまで考えるって考えたボクがバカだった」

失敬しっけいな! ……でも何故?」


 そういう所だぞ、と思われている気配がひしひしとする。


「ヤマトタケルの伝説をなぞってみな」

「えーと、斎宮さいぐう倭比売やまとひめからもらった衣装で女装して熊襲くまそ平定をして、その後もいろいろ平定してから東征とうせいを命じられて、やっぱり倭比売やまとひめから困った時に開けろって袋と草薙くさなぎのつるぎをもらって、相模国さがみのくにあたりで火攻めにあって」


 袋の中の火打ち石と草薙くさなぎのつるぎを使って自身の周りの可燃物である草を刈り、先んじてこちら側から草を燃やすことで、火攻めを失敗させたのである。


「その後、上総かずさに渡る時に海が大荒れであわや沈没というところを、おとたちばな比売ひめの犠牲で助かって……で、またいろいろと平定してから草薙くさなぎのつるぎを手放して、伊吹いぶきやまでのうっかり言挙ことあげが原因で……」

「うっかり言挙ことあげって」


 たまらずにツッコんだロビンに、ひろは唇をとがらせた。


「うっかりじゃないですか。神と神使しんし見誤みあやまってたたられて死んだというのが端的な結論なんですから」


 伊吹山いぶきやまに入った日本武やまとたけるは『古事記』ではいのしし、『日本書紀』では大蛇と対峙たいじするが、これは神ではなく使いであると判断し、この山の神を殺すまでは殺さないと言挙ことあげ――霊的なちかいを行ってしまう。

 これに、当の神がなんだとコノヤロウ、と言わんばかりに悪天候と病を寄越よこし、日本武やまとたけるは死ぬのだ。


「……そう言われると否定できな…………いや、これボクが言うことじゃなくない?」


 本来ヒロがツッコむところじゃないの、これ。

 ロビンがげんなりした顔でつぶやく。

 端的に表した言葉とは時として残酷であるし、ヘタなコメディより笑えるものである。


「それは脇に置いといて。で、どういうことです?」

「…………」

「なんで気付かないかなあ、みたいな生温なまぬるい目やめてください」


 そう言えば、最早もはや何度目ともわからぬため息をロビンはつく。


「大ヒント、柳田やなぎだ國男くにお

「……ああ、なるほど、いもの力というやつですか?」


 古くより、男女という二元論においては、女性の方が霊的能力にまさるとされ、それにより血縁や相互感情においてちかしい男性に霊的守護をさずけるものと考えられた。

 というのが、柳田やなぎだ國男くにおとなえたいもの力だ。

 なお、この場合のいもいもうとでも、古語的に妻を指すのでもなく、それらも内包したちかしい女性を指す。


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