3 首輪のついた

 ひろの問いかけに、踏んだのが爆発物でないと確証を得られたからか、かすかにほっとした気配をともなってロビンはうなずいた。


 ロビンは文字通り見透みすかしてくるが、ひろは気配だけで察している。そこはお互いに能力の差だ。


 だからこそ、今回は紀美きみの監視を依頼してきた妹弟子いもうとでしである織歌おりかに対しては、その裏表のなさに、二人とも甘い対応になっている自覚はある。

 なお、紀美きみは裏表がないというより、そもそもとして三次元における二次元でないので裏と表以上に多面的すぎてよくわからん、最早もはや正十二面体なのでは? というのが、二人の共通認識となっている。


「まあ、図星をつかれたと言いますか、『まがいもの』と……向こうも向こうで、直接じゃなくて、たけるくんに対して言い放つとか、負け惜しみっぽかったですけどね」

「なあるほど、向こう的にはひろちゃんの力は養殖のクセにっちゅうことになるんか」


 向こうは自然発生やもんなあ、とよもぎはほうほうとうなずいている。

 この関西弁をあやつる理解者は、師事こそしないものの、それはそれでアリという柔軟な思考の持ち主なのだ。


「いや、そこは向こうにも矜持prideってもんがあると考えられるから、そうなるでしょ。まして、今回、『古事記』にするなら伊邪那岐いざなぎ黄泉よみの国からの逃走か、大国主おおくにぬしの根の国からの逃走でしょ?」


 さらっとそう投げ込んだのはロビンである。

 一番師事してるのが長いだけあって、反応速度がそもそも速い。そしてイギリス人のクセにその手の知識をしっかり以上に把握しているものだから、こればっかりは頭の出来か、とひろは感じるのだ。

 こっちにくる条件として、向こうの義務教育最終学年首席を出されて達成した男なのだから。


「ええ……アレをそう取りますか」

「間違いではなくない? それを呪いと取るか祝福と取るかはヒロ次第でしょ」


 困惑するひろに向けて、ロビンはそう言い切った。

 よもぎも、考え考えで口を開く。


「せやねえ、まがいもんっちゅうことは、人であるがゆえっちゅうことやもんね」

「なる、ほど。そうなりますか」


 天然ではないまがいもの、すなわち間違いなく人であるのだから、つまりそのままお前は所詮しょせん人であれかし。

 理屈としては、納得はいく。

 だが、それはそれとして、ひろ自身の事情的には死活問題レベルなところがある。


「わたしとしては、別の意味で刺激されそうで……」

「だから、それはヒロの受け取り方次第。何、そんなに呪われたいの?」


 そう言われれば、そうではない。

 こうして、考えてしまうだけで呪いになりかねないのは重々承知なのだが。

 こういう時程、師やロビンの割り切りや頭の回転の速さ、そして軽薄とも言いえられる適度な不真面目さがうらやましいこともない。

 ああ、いやダメだ。ダメなのだ。

 鼻先で獣のにおいがする。

 


「ヒロ」


 ひろの耳の奥で、獣の声がしそうになった瞬間、ロビンに肩をつかまれた。

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