2 疎にして漏らさぬ目

「ごめん、誤魔化ごまかせなさそう、やって」

「はあ、なるほど……父さんめ……」


 ひろにはそれだけで十二分に伝わった。

 この依頼、本当は師である紀美きみが出張ろうとしたのを、無理矢理押しとどめてロビンとひろでやって来たのである。

 もともと、家系の父子家庭で育ったひろには父親も兄も甘いどころか過保護であって、自分たちだってこういうあやうい依頼を受けるクセに、ひろがこういう依頼を受けたとなると……そのしわ寄せが現在事実上保護者の師である紀美きみに行くのは必然である。


「まあいいです。今回の場合、ノータイム即決で飛び出そうとしたツケですから」

「うーん、そう言わはると、持ち込んだうちが申し訳ないわあ」


 言うほど悪びれた様子のないよもぎの横で、ひろはレインコートを脱ぐ。

 流石にこの日差しで濡れたレインコートは暑い。

 中華まんや焼売しゅうまいの気分を喜んで味わいたい人間はそういない。いや、サウナには沢山いるけども、そういう目的もない限り無意味に味わう意味はない。


「あ」


 ふわりとかすかに香った獣のにおいにひろは顔を上げた。


 ――戻って来た。

 の主であるひろには手に取るようにわかるのだ。


「……ただ、いま」


 だから、疲れ切った表情のロビンがひろが顔を向けた茂みの方から出てきても、ひろは驚かなかったし、それを知ってるよもぎも驚きはしなかった。


「わー、ロビンくん、顔色が悪いで?」

「……酔った」


 どろどろになったレインコートのフードをとって、ロビンは真っ青になった顔をさらす。

 そして、大きく深呼吸を一つした。


「タケルは?」

「さっき搬送されてった。気付き次第しだい、連絡入れてもらえるようには言っとるさかい」


 それを聞いてロビンは真っ青ながらも張り詰めていた表情をゆるめて、しゃがみ込んだ。

 ほっとしたのだろう、と思ってひろは声をかけた。


「大丈夫です?」

「……あのね、ボクはヒロほどふてぶてしい神経してない」

失敬しっけいな!」


 げんなりと真っ青な顔でこちらを見上げながら返ってきた言葉は、ひろが思っていた以上にいつも通りだった。

 ので、ひろもいつも通りに返した。


「心配して損しました」

杞憂きゆうであっても何事も苦労ぐろうの方がマシでしょ」


 そう言いながら立ち上がったロビンも、ひろと同様にレインコートを脱ぐ。

 それから、ひろをその青く鋭い目でじっと見て、首をかしげた。


「……ヒロ、何かあった?」


 この兄弟子あにでしに隠し事は通用しないということを、ひろはイヤというほど知っている。

 加えて、なんだかんだこの兄弟子あにでしが皮肉屋な節がある一方で、配慮のかたまりのような感性の持ち主であるとも知っている。なんなら実の兄よりも、遥かに――それこそ富士山と天保山てんぽうざん日和山ひよりやまぐらいの歴然とした差で――デリカシーというものは持ち合わせていると思う。


「……ロビンにはそう見えます?」


 まあ、それが元からなのか、それとも師匠が師匠なので身につけたのか、そこのところは知らないが。

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