side B

1 旧里に帰れば

 ばきん、とちょっとむしゃくしゃした気分に任せたまま邪魔な枝を折りとって、を追い、ひろは太陽の照りつける駐車場に出た。

 救急車のサイレンが遠くなっていくのは、恐らくたけるが無事に帰れたのだろう。


 未舗装みほそうの地面に小さなくいを打って細いロープで区切っただけの簡易な駐車場には、先程までの土砂降どしゃぶりが嘘のように、燦々さんさんと日光が降りそそいでいる。

 というか、地面の湿り具合からして、ここには雨が降っていなかったと考えるべき状況だ。


 ここまで来て、ひろが後ろを振り向いたところで意味はないし、この照りつけ具合なら、雲量は十二分に晴れの程度、雨雲は見当たらないはずだ。

 まあ、ひろとしては、異域いいき異界いかいにはよくあることだとしか思えない。


 しかし、れから日向ひなたに出れば、突然の光量の多さに流石さすがひろの目でも順応じゅんのうに数瞬をようした。

 海賊の眼帯みたいにしておくべきだったか、とちょっと思う。


ひろちゃん、おかえり!」

「ああ、よもぎさん、ありがとうございます」


 そんなまだ少しちかちかする視界の中、ひろに近寄ってきた女性は、今回の一件をひろとロビンの師に持ち込み、そしてさっきまで一斗缶いっとかんを全力で叩き続けていた高里たかさとよもぎだ。


「ロビンくんは……」

「ああ、大丈夫です。じきで、すぐ近くまで来ますから」


 ひろたける少年を連れて通ったルートはあくまで、途中まではたけるに配慮したとはいえ、最終的には人が通れる限界を攻めた最短ルートだった。これはひろ自身の山という場所への慣れと、身体能力、それ以外の能力にその相性など、諸々もろもろを加味した上での最短ルートだ。

 しかし、ひろの力だけを利用して戻ってくるロビンには、そもそも。ちょっとしたジェットコースター感覚は味わうだろうが。


「それよりも、鳴らし続けてくれたんですよね。腕大丈夫です? どれぐらいでした?」

「んー、二日ってとこやね。一斗缶いっとかんの方は大丈夫、うちだけが鳴らし続けてたわけじゃなし」


 神隠しには太鼓やかねを鳴らして、神隠しにあった者の名を呼び、隠したモノに返すようせまる。

 各地に普遍的に伝わるの一端の再現を、二人は保険としてよもぎに依頼していたのである。


「そういえば、一時間ぐらい前にあのヘンタイから、ひろちゃんに伝言があったんよ」

「先生から?」


 変態と言われて、即座にそれが自分の師の事を指すのだと気付けてしまうのは、弟子として普通はどうかとも思うが、よもぎがそんな風に呼ぶのは、あの鬼才だけなのだ。

 ちなみに、他には狂人とか、あんぽんたんとか、そんなとんでもない呼び方を、よもぎはしているし、その真意を知っているのでひろもロビンも、本人ですら止める事はない。


 まあ、あの師の場合、なんと言われようとそれが自分の事を指すと気付けば、最初こそ文句を言えど、受け入れそうだ。

 それが悩みのタネではあるのだが。

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