13 もう山へは行かない

「……いやなあ、アイツはもう単純に、頭の作りがおかしいだけやさかい」

「へ?」

「そも、本人が周囲に言われて自分が変なこと言うとるって気付く時点で、アイツの頭はネジが数本抜け落ちてるんやて」


 難しい顔をしてよもぎはそう言いはなった。


「ロビンくんもひろちゃんも、そうするしか手がなかった言うても、アイツのせいで規格外やさかい、弟子にするんはアイツの当然の責任やし。今回も最初はアイツが出張でばろうとして、責任を取れるんかってロビンくんとひろちゃんがお説教食らわしはったし……頼んだのうちやさかい、そこはちょっと申し訳なくはあるけんども」

「えええ……」

「アイツ、自分のことには無頓着むとんちゃくやし、着眼点とか収集力とか、それを元に組み立てるのがすごいだけで、家系のこと考えればその能力も、まあ妥当だとうの範囲やし、それ以外は言うほどすごかないんよね、アイツ、うん」


 よもぎたけるが期待でふくらませた風船に、容赦ようしゃなく言葉の針をして、割っていく。

 いや、太さを考えるとこれはくぎを打ち込まれてるかもしれない。


「というか、いきなり過程すっ飛ばして起点と終点だけで語りだす上に、本人が思っとる起点が他人には山のふもとやのうて中腹やから、あかん。たけるくんも、あんな男になったらあかんよ?」


 なんだか私怨しえんがだいぶ混じってそうなその言葉のいきおいいに、たけるうなずかざるを得なかった。


「何がムカつくて、何につけても、まずはわかって当たり前やろってすずしい顔しとるとこが……いや、これ以上は言わんとこ。流石さすがに、これ以上愚痴ぐちったらあかんわ」


 鬼気ききせまると言うべきにまでいたった表情を、よもぎはふっとゆるめた。


「まあ、何にせよ、ロビンくんもひろちゃんも無事やし、二人ともたけるくんが無事に帰れたことに、ほっとしとったよ。特に、って、ひろちゃんからの伝言や」

「え……?」


 何故、ひろがそれを知ってるんだろう。

 そう思ってたけるはきょときょとと目をしばたたかせる。

 その様子を見たよもぎはすぐに口を開く。


「ああ、ひろちゃんね、さっき言うた通り、まあ、あの子もアイツに規格外にはされてまったんやけど、まあわかりやすく言うなら、使つかとか式神しきがみとかそういうタイプやさかいね、たけるくんを先に行かせた後の事はそれで知っとるんよ」

「もしかして、あの犬?」


 たけるの脳裏に、あの背後の気配との間に割り込み、駐車場まで走り抜けた時に背中を押すように鳴いた犬の気配がよみがえる。

 よもぎがそれを聞いてうなずいた。


「なんや、気付いとるんやん」

「ってことは、もしかして、オレ、霊感ってやつが」


 ちょっとわくわくしながらたけるが言うと、よもぎはけらけらと笑いながら手を振って否定した。


「ないない。そうなっとったら、今頃はたぶんたけるくん、追加検査受けとるはずやわ。人並みに霊感があれば、場所に影響されてそないなることはおかしかないよ。あこがれる年頃なんはわかるけどな」


 心底面白そうにそう言ったよもぎたけるの肩に手をおいて、にっこりと笑う。


「せやから、こういうんはうちらに任せといて、しっかり地に足付けて安心しいね」


 それがたけるにとってのこの一連の出来事を締めくくろうとする一言であるということに、たけるはすぐに気づいたけれど、その一言をけるだけの材料を何一つ持っていなかった。

 それから、よもぎはなんかあったらここに連絡しろ、とメモ用紙を渡すと、病室を出て、ドアの脇で待機していた両親とまた何か会話をしているようだった。


 たけるは病室の窓の外をながめる。

 例の山の最寄りのこの病院からは当然、くだんの山が見える。


「……」


 少なくとも、たけるは、あの山にはもう二度と行かないことを心の中でちかった。


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