12 人心地ついて

 ◆


 たけるが次にはっきりと意識を取り戻したのは、病院でのことだった。

 気が付いた瞬間に、母親は悲鳴とも歓声とも取れる声を上げてたけるに抱き着き、父親は涙をこらえた表情でただ、それを見てうなずくだけだった。

 そして、更にそれを見守ったり、あわただしく働く看護師や医者といったギャラリーの中には、たけるを助けてくれたロビンとひろの二人は見当たらなかった。


 ぼんやりと、アレは夢だったのだろうか、と思いながらいくつか簡単な検査をさせられてからまた病室に戻ると、明らかに看護師でも医者でもない見知らぬ女性が、部屋の前で待っていた。

 彼女を認めた瞬間、両親は彼女にしきりに感謝の言葉を述べ、ぺこぺこと頭を下げ始める。


「本当に、ありがとうございます、高里たかさとさん」

「いやあ、東野ひがしのさんはそう言わはるけど、うちは結局のところだけやさかい……せやけど、実働隊には伝えときます」


 実働隊という言葉に、たけるは顔を上げて、高里たかさとと呼ばれている関西なまりの女性を見た。

 うっすらグレーがかかったような茶に染めた髪を一つのみにたばねた彼女はその視線にすぐに気付いて、微笑ほほえむと口を開く。


「そうそう、たけるくんが気付いたいうん聞いたんで、ちょい様子見に来たんです。中でええんで、少し、二人きりで話させてもろても?」


 その言葉に、両親が顔を見合わせ、それからたけるの方を見た。


「あのね、たける、こちらの高里たかさとさん、あなたを助けるために力を貸してくれた人なの」

「だが、その、たける、嫌というなら」

「いいよ。話すよ」


 父親が続きを言う前にさえぎって、たける高里たかさとという女性の要求を承諾した。

 両親は再度顔を見合わせてから、ドアを開いてたけるがベッドに上がるまでしっかり見届けると、何かあったらナースコールを押すように念を押しながら言ってから、待っていた高里たかさとまねき入れて、頭を下げてドアを閉めた。


「はは、たけるくん、しばらくご両親、過保護やろから、心配かけたらあかんよ」


 高里たかさとたけると二人になると、最初に幾分いくぶんくだけた調子でそう言った。


あらためて、たけるくん、うちは高里たかさとよもぎ。君のお父さんの伝手つてで今回、手ぇ貸したもんや」


 よろしゅう、とよもぎがにぱっと笑って手を差し出してきたので、たけるも手を出して握手する。

 その手をほどいてすぐに、よもぎ悪戯いたずらっ子のようなにやりとした笑顔を浮かべて口を開く。


「さて、たけるくん、きっと君が気になっとうは、ロビンくんとひろちゃんよな?」

「うん、ロビンにーちゃんとひろねーちゃんは?」

「おや、随分ずいぶんなつかれはったんやなあ、あの二人……まあ、ひろちゃんはわかりやすく好かれやすいけども」


 ロビンくんもいい人やねんけどこう、ガワの目つきがあれやからなあ、とよもぎは両手の人差し指で自分の目の端をり上げて見せる。

 確かにあの目つきの悪さは損をしているとたけるも思う。


「二人とも、たけるくんが戻って来て、少ししてから、戻って来はったよ。ひろちゃんは丁度、たけるくんが搬送されてったタイミングやったね。せやから、もうだいじょぶって判断して、今は恐らく二人とも車上の人やね、電車やけど」

「そう、なんだ」

「まあ、折角せっかく頼ってもろたけど、うちはそもそも得手えては失せ物探しぐらいでな。もともと、二人には無理言うて助っ人してもろてん。特にロビンくんの目ぇは、この界隈かいわいでもかなうっちゅうんはそうそうおらへんし……いやもともとそうだったのを面白がって、同じ傾向のやからがいろんなもんを教えた結果、全部吸収してもうたっちゅう、伝説もあるんやけど」


 ――完全にあの師にして、この弟子ありな伝説やけどな。

 遠い目をしてよもぎはそうつぶやいた。

 たけるの中でさらに地味にロビンの評価が上がった瞬間だった。


「ということは、ロビンにーちゃんとひろねーちゃんの言う先生って本当にすごい人なんだ……」


 二人の言っていた感じと、今のよもぎの発言からすると、なんだかすごい人なんだろう。

 しかし、よもぎはそれを聞いて、んー、と考えるように、悩むように複雑な表情で腕を組んだ。

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