7 ハーバリウムとキュリオケース

 そこで口の中のチューイングキャンディを転がしながら、たけるは、はたと気付く。


「こうして話してて大丈夫なのか?」

「まあ、ボクらが入って一月ひとつきもしたら、センセイともう一人がたぶん乗り込んでくるから大丈夫」

「ただ、それは最終手段ですからね……先生が出ると、どうにも大事おおごとになりますし、無茶させられません」


 若干不安げな表情で二人は視線をわし合ってから、ロビンがたけるに視線を向けた。


「というわけで、最後の点だ。タケル、君、考えた?」


 その眼鏡のレンズ越しに投げかけられる鋭く青い視線は、どうにも何かを見透かされるようで少し怖い。


「えっと、その」


 それに、まるで自分がハーバリウムの中に入れられたみたい、だなんて、まるで臆病者みたいで、格好が悪い。


「……さっきから、どうにもんだよね」

の話ですか?」


 ん、と言葉少なにロビンがひろの言葉を肯定し、首をめぐらせてあたりを見渡す。


「もともと静かではあったけど、ボクがヒロを時は、まだ動きがあった。それが今はまったくない。不自然なぐらい、いだ」


 そうして確かめるようにシートから立ち上がると、一つうなずく。


「あと、動くのに対してし、視界の具合がやたらきらきらする気がするし、これは、うん……目だな、目だ」


 真っ直ぐにこずえの向こうの空を見上げて、ロビンは言う。

 その言葉にたけるはどきりとした。

 だって、それはまるで――


「想像した通り、だった?」


 ひゅっと息をんだ。

 思考を読まれた、と思った。


「言っとくけど、ボクにとってタケルが分かりやすいだけだからね?」


 それすら読み切ったロビンの言葉に、たけるは思わず、口の中のチューイングキャンディを飲み込んでしまった。


「あ、たけるくん、大丈夫です? 今飲んじゃいましたよね?」


 すぐに察したひろが背中をさすってくれる。


「だ、だいじょぶ……」

「言っときますけど、アレは規格外なだけなので」

「……ちょっとヒロ、アレって言った? アレって言った?」


 兄弟子あにでしなのに、とロビンが若干悲しげにつぶやく。

 アレ呼ばわりが相当にこたえているらしい。


「じゃあ、人間嘘発見器って呼ばれたいですか?」

「その自覚はあるから、ヤメテ!」


 ひろの言葉に、たけるはなんとなく納得した。

 それなら当然バレるもやむなしである、と。


「……ハーバリウム」


 だから、別に臆病者と思われそうとかなんとか、そのあたりも見透みすかされてるのなら。


「かーちゃんが作ってるハーバリウムみたいだって、思ったんだ」


 最初から正直に言っとけばよかったのだ、と。

 そうも思ったのである。


「ははあ、そういうこと……うーん、子供の発想力って恐ろしい」


 実際、ロビンはそれを聞いて、あきれよりも、よりによって、という表情を浮かべている。

 一方、ひろはきょとんとしている。


「はーば……?」


 たけるひろのその反応に既視感きしかんを覚えた。

 だって、ハーバリウムという言葉を初めて聞いた時の自分と同じ反応だったから。


ハーバリウムherbarium。本来的には植物標本しょくぶつひょうほんを集めたもの。昨今の日本ではびんにドライフラワーとかビー玉とか配置して、オイルを詰めたインテリアを指すけど……なんでボクの方が詳しいわけ? ヒロ、世情もしっかり知っとくべきでしょ?」

「うう、興味なくて……すみません」


 ぐっとひろしぶい顔をしてそう言った。


「まあ、観賞用ハーバリウムherbariumの連想から変質したんなら、そりゃこうもなるね……うーん、キュリオケースに入れられた気分feel like in a curio cabinet


 空と目を合わせるように、ロビンはその空と同じ色の目で、再び空を振りあおいだ。

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