6 光陰は百代の過客なり

「そういう前提を踏まえた上で、だ」


 ごそごそと、ロビンが自分のリュックを探り、スティックパッケージのチューイングキャンディを取り出した。チューイングキャンディの代表格とも言えるポピュラーなそのお菓子の中でも、一際ひときわポピュラーなぶどう味である。

 そのパッケージをぴりぴりと開けると、一粒をたけるに、もう一粒をひろに渡して、自分の分の一粒を取り出すと、本体自体はさっさとしまってしまう。


「……ええと、これで帰れる?」

「ことはそこまで簡単じゃない」


 言いながら、包み紙を開いてロビンは中身を口に放り込む。

 ひろもなんら躊躇ためらいなく口に入れているので、たけるもそれにならってキャンディを口に入れた。

 慣れ親しんだお菓子らしいぶどうの味に少しホッとする。

 その様を見届けたロビンが口を開いた。


「とりあえず、これで一蓮托生いちれんたくしょう。運命共同体」

「つまり?」

「キミが帰れないなら、ボクらも帰れないってこと」


 一人よりマシだろ、とロビンが言う。

 一方、ひろはふんす、と気合を入れて言う。


「まあ、いざとなれば強行軍です! 少なくとも、たけるくんのことは絶対に帰しますから安心してください」


 なんとも言えない視線でそれを見たロビンだが、ため息をついて頭を横に振った。

 どんどんこの二人の力関係が透けて見える。


「で、また最初に戻ろうか。タケル、君は自分が両親とはぐれてから、どれぐらいったと認識している? ざっくりでかまわないよ」

「え……えーと」


 そういえば、この情況になってからたけるは時計とかは確認していない。

 だが、体感からして言えば。


「一時間とか、二時間とか、それぐらい?」

「これは幸いですね。この様子から短い方とにらんではいましたが、ここまで体力が残ってるのも道理です」


 うんうん、とひろうなずく。

 なんというか、その言い方はまるで――


「……なあ、ひろねーちゃん、実際はどれぐらいってるの?」

「……」


 ひろが無言でロビンをちらりと見て、ロビンがさらにそれにちらりと視線を返してうなずく。

 ひろは言いにくそうに、口を開いた。


「さ、三週間……です」

「うそ!?」


 せいぜいが一日、二日じゃないかと思っていた。

 そもそも、たけるはこの場所で夜を経験していないのだが、しかし、この状況がそんな常識ではかり得ないものとはすでに把握している。

 ロビンが当然と言わんばかりの表情で口を開く。


「竜宮城での三年が地上の七百年になる浦島太郎を考えれば、ないこともないだろ」

「ええ……そんなんでいいの?」


 そりゃ、浦島太郎ぐらいならたけるだって把握してるし、そんなこっちゃろうぐらい予想はついた。

 でも、そこまで当然として話されるのは別である。


「ケルトのオシアンだって妖精の国での三年が三百年、妖精系の伝承だと一晩、妖精の踊りに合わせて、一晩バイオリン弾いてただけと思ってたのが百年で、聞いた瞬間、ちりになったなんてのもあったなあ。『あやまち仙家せんかりて半日はんじつの客とるといえども、おそらく旧里きゅうりに帰れば、わずか七世しちせいの孫にはん』は、大江おおえの誰だっけ。備中国びっちゅうのくにの狐にたぶらかされた良藤よしふじは十三年が十三日だから、長短が逆転してるけど、まあそれは今回の主題ではない。人の領域とそうじゃない場所で、時の流れが違うのは当たり前という話だからね」

「ロビンの場合、経験者は語るですしね。数分が半日でしたっけ」


 ひろのその言葉に、ロビンはあっさりとうなずいた。

 それでも、たけるとして受け入れがたいのは事実である。


「さんしゅうかん……三週間……」

「前後をはさまれた状態なんていう余りに有り得ない状況だったから、これでもこっちに比較的早くおはちが回って来たんだ。まあこんな胡散臭うさんくさやからに普通、簡単には事を回さないよ。実際、キミだって、こんな状況でなければボクらみたいなの、頼らないだろ?」


 大概たいがい詐欺師さぎしののしられるのが関の山だからね、とロビンが言う。

 納得と同時に悲哀を感じる言葉だった。


「……オレ、今後似たようなことあったらロビンみたいなの頼るし、オススメするわ」

「……おや、それはどうも」


 同情と敬意と感謝が入り混じったすえの敬称を、ロビンは片眉を上げて受け入れた。

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