98話 小さなお店と一波乱
サジュから誘いを受けたと知らせると、シャーナさんは同行するとニアギス伝で直ぐに返事をくれた。
3日後。学園の休日に私とシャーナさん、そして5人の女子生徒はサジュの手配した馬車に乗り、エレウスキー商団の新しいお店が建つヤレアの町へとやって来た。
学園から町まで馬車でおよそ1時間。ゲームにも登場する町であり、学園から程よい距離から生徒達のデートスポットになっている。それもあってヤレアの町は若い子向けの喫茶店や雑貨店が点在し、学園ルートではイベントが良く発生していた。
「到着しました」
大通り沿いに、馬車が止まる。
馬車4台に、表向きのシャーナさんの護衛4名もいるので大所帯であるが、町の人達は、そこまで注目する様子はない。
「いらっしゃい! 待っていたよ!」
馬車が来ると、お店の中からサジュが出て来た。
「誘ってくれて、ありがとう。可愛い外観のお店だね」
馬車から降りた私は、素直にそう言った。
葉っぱをモチーフにした金属製のお洒落な看板、白い壁に扉と大きな窓枠の焦げ茶色が良く映えている。大きな窓から見える商品のディスプレイには、流行の小鳥を模したブローチなどのアクセサリーが見栄え良く陳列されている。
清潔感と落ち着きがあり、若い子の興味を引きそうだ。
「よかった。ミューゼリア達が来る前にも、3回に分けて女の子達に来てもらったんだ。流行は直ぐに廃れるから、初回は時代遅れと辛口を言われてね。今は随分と改善されたんだよ」
サジュは嬉しそうにそう言った。
その3回の中には、貴族の女子生徒とその護衛もいたのだろう。回数が増える毎に、大所帯になっても注目を浴びない理由がよく分かった。
ただシャーナさんの髪色は特別なので、彼女が馬車を降りた瞬間に複数の目線が集まるのを感じた。
物珍しいのは理解できるけれど、なんだろう。
視線が集まるだけで、息遣いが聞こえないような……違和感があった。
「中に入ろうか」
サジュに促され、皆と一緒にお店の中へと入る。
「ここは女性向けの日用雑貨を取り揃えた店なんだ。何か気になる所や問題点があったら、ぜひ教えて欲しい」
8人入っても窮屈さのない店内は、木製の店舗用家具で統一されている。どれも品質の良い木が使われ、重厚な高級感の中に親しみやすさが溢れている。
商品は流行の小鳥を模した装飾品、石鹸や椿油、ヘアブラシ、花柄の革製のブックカバー、使い勝手の良さそうなトートバッグ等、実用性とデザインの両立した女性が好きそうな雑貨類が並んでいる。
値段は高すぎず、一般の人でも手軽に入れるお店だ。
店の中を一周してみたが、負の想念らしき嫌な気配は感じられず、レフィードも何も言ってこないので、汚染された商品は無いようだ。
「どうかな?」
「清潔感があって、雑多となり過ぎない品揃えで、良いと思う」
雑貨屋だからと手当たり次第に商品を並べてしまうと、ごちゃごちゃして見栄えが悪くなる。初回ではどんな状態だったか気になる位に、今の店は洗練されている。
「雰囲気づくりに、小さな花瓶に花を3輪くらい飾ったり、ちょっとした緑があると雰囲気が良くなると思う」
お洒落ではあるが無機質に感じられた。それも場合によっては雰囲気づくりになるが、この店の商品は動物のモチーフや柔らかい色合いが多いので、不釣り合いに見える。花や葉の自然な色を取り入れ、無機質さを中和できればと提案をした。
「あっ、世話が大変なら造花も良いと思うよ」
「うん……そうだね。陳列は綺麗だけど、どこか殺風景だと思っていたんだ。参考にさせてもらうよ」
サジュはそう言いながら、店内をじっくりと見ている。どこに置くのか、既に目星をつけている様子だ。
「外観も改めて見てきて良いかな?」
「もちろん。そちらも何か気付いたら、教えてよ」
快くサジュは承諾してくれた。
私は自然な流れで、店を出る事に成功した。ようやく息が出来る様な、安心感に胸を撫でおろす。
今のところ、サジュにおかしな点は見られない。てっきり学園から店まで、馬車の中で一緒かと思っていたが、そうでは無かったし、彼が何を考えているのか分からない。
とりあえず、外にずっといては不審に思われるので、外観を少し見た後に、中へ戻ろう。
「ねぇ」
「? なんですか?」
植物の話をしたから外にもどうだろう、と考えていると、近い年頃の女の子が声をかけて来た。今回呼ばれた子ではないが、綺麗に纏められ金髪や真新しい茜色のコートと、身なりが良いので遊びに来た学生だと思う。4台も馬車があり、サジュの店ともなれば学園で噂になっているのだろう。入れないが、店を下見に来た様子だ。
「サージェルマン様をどう思っているの?」
「え?」
唐突に言って来たかと思えば、私を睨む女の子。
サジュは豪商であるが平民層だ。なので、ゲームでは平民の女の子達から人気があり、ファンクラブが設立されていた。商売では、ファンの子がリティナを妨害するランダムイベントが時折発生し、悪戦苦闘した覚えがある。
彼女も、ファンクラブの一員だろうか。
「私の兄様のお友達。私にとっても。それだけだよ」
ここは、きっぱりと言っておこう。
サジュが私をどう想っているのか、わからない。でも、私は友人以上の関係を彼と築こうとは最初から思えない。
現状の事もあり、苦手意識すら芽生え始めている。今はそれを食い止めたいと思うばかりだ。
「なんで? あんなに親切にしてくださっているのに、酷いじゃない」
「一方的な親切は、相手を顧みない証拠だよ。分別もなく、毎日待ち伏せされて、一緒に居られたら、貴女だって嫌でしょう? 私には立場と責任が」
「そんなの今は関係ない!」
私の言葉を遮り、女の子は大きな声を上げた。周囲を歩いている人達は驚いて私達を見たが、子供の喧嘩と思ったのか直ぐに元に戻る。
出入り口に立つシャーナさんの護衛は警戒の色を強め、すぐにでも動ける体制に入っている。店の中をちらっと見たが、皆商品に夢中でこちらを気にしていない。
「身分の差なんて、サージェルマン様が事業に成功すれば無いも同然じゃない。今こうして、身を粉にして頑張っているのを見て見ぬ振りするの? 私は彼に幸せになって欲しいの! 貴女は黙って、傍に居てあげればいいの!」
無茶苦茶な……
サジュが努力しているのは認めるけれど、それとこれとは別の話だ。今も私の生活を徐々に浸食している彼の傍に居たら、自分自身が保てなくなりそうだ。
「嫌だよ。私は人形じゃない」
「酷い! 酷いよ!」
今にも泣き出しそうな顔をされ、どうして被害者みたいに振舞われているか分からない。
言葉は理解できても、話が通じない。
埒が明かないので、護衛の人に一言言って、中へ戻ろう。
そう思った時、
「伏せてください!!」
ニアギスの大きな声が後ろから聞こえた。
思わず振り向くと、上から赤い液体が入った試験管が何本も落ちてくる。
あっ、まずい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます