97話 証拠は掴めず

  レーヴァンス王太子の計らいで、複数の生徒達が協力してくれることになった。匿名ではあるが、同じクラスの子もいるそうだ。確定していない以上は、証拠を集めるしかない。クラス担当の教師にも、その旨を伝えたので、気を強く持たなければならない。

 そうやって言い聞かせてから、2週間が経とうとしている。

 サジュは登下校の時に現れるだけでなく、昼休みにも現れるようになった。

 食事まで誘われ始め、シャーナさん達が間に入ってくれるお陰で、なんとかなっているが、徐々に苦痛を感じるようになってきた。

いつも見られている様な気がして、学園では落ち着いていられない。

そんな中、サジュを見失う事が多いと報告が上がった。

 授業中は真面目に勉学に取り組んでいるが、休憩時間になると瞬く間に気配が消えるらしい。私とレフィードの見解は正しかったが、それでは証拠を掴めない。

〈サジュが私の後を付いて回っている〉〈待ち伏せをしている〉そんな他者からの目撃情報を揃えなくては、被害を正式に訴えられない。


「それで、今度新しいお店を任される事になったんだ」

「凄いね!」


 下校の時間。サジュの話に相槌を打つ。

 話を打ち切って寮に急いで帰りたいが、その時にサジュがどんな反応を示すか想像が全くできない。何が起こるのか分からなくて、愛想を振ってしまっている。


「ミューゼリアを開店前に招待したいんだけれど……良いかな?」

「え? どうして?」


 寒気がしてしまった。


「僕が任されるのは、若い女の子向けの服のお店なんだ。流行に乗った内装にしているけれど、客層となる子達の意見を直接聞きたくてね」

「私以外の子も、招待しているの?」

「もちろん。意見は多い方が良いからね」


 にこやかなサジュの言葉を信じて良いのだろうか。


「シャーナさん達も、呼んで良いかな?」

「公爵令嬢に来てもらえるなんて、光栄なくらいだよ!」


 嬉しそうな彼の姿を見ても、何とも思わないのが、どうしてか悲しくなった。

 兄様の友達で、屋敷に時々遊びに来る男の子。

 私の中の記憶はその時のサジュで止まっていて、今の状況がまだ信じられない。 

 忠告をしてくれた兄様みたいに、割り切れたら良かったのに。


「日時は改めて教えるよ。その時は、僕が馬車を手配するからね」

「うん。ありがとう」


 寮の手前で私達は別れた。

 名残惜しそうな様子は見せず、サジュはいつもの様に男性寮へと帰って行く。


「ミューゼリアお嬢様。部屋まで移動なさいますか?」


 ニアギスは姿を現すと、静かに問いかけてくれた。


「うん……動けそうにないから、お願い」

「かしこまりました」


 足が震えてしまって、どうにも動けず、私は目を閉じた。 


「もう大丈夫ですよ」


 ニアギスに言われ目を開くと、安全な場所である自室に立っていた。窓のカーテンは閉め切られ、あえてテーブルの上に置かれていた本や櫛の位置は朝と変わらない。

 其れを見て安心し、身体が重く感じる程に疲れた。十分にも満たない出来事に緊張しっぱなしだった私は座り込みそうになり、ニアギスがすぐさま支えてくれた。


「明日はお休みになられては?」

「だめ。心配かけると、今度は休憩時間ごとに教室の前へ来そうだから、それは出来ないよ」


 椅子に座らせてもらった私は、大きくため息を着いた。

 ニアギスは私から距離を置くと、空間魔術を使ってティーセットを用意し、紅茶の準備をしてくれる。

 ティーポットとカップを温める為に、銀製のポットからお湯が注がれる。

着々と進む様子を黙って私は眺める。

 以前の王太子とシャーナさんと昼食を摂った際も、料理は出来立ての状態だったな。どうやって温かい状態を維持して、用意しているのだろう。

 そんな風に別の事を考えて、お湯が注がれる音を聞いている内に、少し心が柔らかくなった気がする。


「シャーナさんへの報告をお願いね」


 淹れたての紅茶を一口飲み、私はようやく一息つくことが出来た。


「お伝えいたします。イグルド様へは、如何なさいますか?」

「連絡……した方が良いと思う。でも、兄様だけでは突っ走ってしまいそうだから、殿下とラグニールさんにも伝えてもらえる?」

「かしこまりました」


 レーヴァンス王太子からも、兄様が私を心配していると聞いた。

 今のところ兄様は黙っているが、王太子伝で現状を聞いて、サジュに一発お見舞いしたい位に怒っている。でも、私が証拠を揃えるまで待ってくれている。

 だから、ちゃんと連絡をする必要があると思った。


「私の立場上、シャーナさん達の後ろ盾を使って直ぐにでも学園長に訴えて、対処してもらうことだってできると思う。でも、知りたい事があるの」


 ニアギスがシャーナさん達に報告をすると分かった上で、レフィードとの話した内容を伝える。

 レンリオス家は、王族と公爵家の後ろ盾がある。この問題は権力によって、すぐにでも解決できる話だと思う。本当はシャーナさんだってそうしたいけど、私がそれを言わないから配慮してくれている。

 皆を振り回して、申し訳ないと思う。

 それでも私は、サジュを中心に発生した現象が何であるか、知っておく必要がある。

 私とレフィードしか認識できなかったとなれば、精霊や妖精の類が彼を弄んでいるのかもしれない。

 負の想念に汚染された商品を買い付けてしまい、悪影響が出てしまっている場合も考えられる。

 サジュも何かに巻き込まれている可能性を捨てきれない。

 出来る事ならそれが解決した時、昔のように仲良い友達へ戻りたいと密かに思う。

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