六章 主人公の登場と共に

78話 学園で一波乱の予感

 学園に戻ってから、1週間が経つ。平穏そのもの。

 残念ながら、アーダイン公爵とは、すぐには会えそうにない。ニアギスから報告を受けている筈なので伝える内容は少ないが、リティナに関する情報以外に、もう一つ術者として相談したい事があった。朝焼けの杖が巻き付いた千年樹の杖についてだ。学園へ戻るまで何度も魔術を試したが、全く反応が無い。

歴史的にこのような現象があったのか。そしてこの杖で術を使う場合どうすれば良いのか。打開策を見つける為にも、高名な魔術師の目線で意見を貰いたかった。

 待つしかない状況の中、シャーナさん伝で、アーダイン公爵から手紙を貰った。


「よし、ここなら誰もいない……」


 下校時間から少し時間が経ち、部活やサークル活動を皆がしている中、私は小さな中庭のベンチに座って手紙を読み始める。

 予定が組めない事への軽い謝罪と、赤い結晶体についての中間報告が書かれている。

以前禁足地で採取した赤い鉱石が保管されていたので、共に分析を行った。類似点は見られるが、同質のものではない。しかし、禁足地も警戒すべきだと書かれている。

 ゼノスさんの元主であるパシュハラ辺境伯は、現在精神病の治療中らしい。魔力から来る精神異常らしく、陛下が専門医師を派遣した。この手紙には書かれていないが、禁足地で何か悪い事が遭ったようだ。蛇竜の様に操られた死体が大量に現れたのだろうか。あの地の裏で何が行われているか分からないので、とても心配だ。


「フニ……」


 なぜか左隣に座っているグランは、手紙を読みながら悩ましげにつぶやいた。

 牙獣の王冠でお別れをする筈が、梃子でも動かない位にアンジェラさんにしがみ付き、砦までならと思ったら、いつの間にか私達の馬車へと侵入し……と、あの手この手で何故か抵抗して、学園までついて来た。理由は分からない上に、私や一部の人しか感知できない様に星の民の特性を利用している。謎が深まるが、誘拐されて珍獣として悪い奴に売られるかもしれないので、傍に居てもらっている。ニアギスも現状を知っているし、頃合いを見て牙獣の王冠へ帰そうと思う。


「わっ」


 読み終えた便箋を畳み、封筒に入れると手紙が燃えた。熱くはないが、驚いて思わず落としてしまった。特殊な魔術が書けられていたようだ。手紙は燃えカス一つ残さず消えた。

 手紙の最後に〈返事は不要〉と書かれていたのは、これが理由か。情報漏洩がされないよう徹底されている。


「ミューゼリアさん?」

「あっ、ラグニールさん」


 渡り廊下を歩いていたラグニールさんが私に声を掛けて来た。下校時間はレーヴァンス殿下と一緒にいるのが多いのに、どうしたのだろう。


「本を返そうと思って、探していたんだ」

「えっ、兄様に頼めば良かったじゃないですか」


 私はベンチから立ち上がり、グランと一緒にラグニールさんの元へ行った。

 貸していたのは、アンジェラさんが記録した魔物の生態についての写本。狩猟祭の二週間前に、貸して欲しいと頼まれて、渡していた。


「私が頼んで借りたのだから、自分で返さないと。貸してくれて、ありがとう。とても興味深かったよ」

「お役に立てたようで、良かったです」


 返って来た写本は、折れや皺が無く、丁寧に扱ってくれたのが伺える。


「シングさんは、この本を出版されないのかな? もしよかったら、私の知り合いの出版社を紹介するよ」


 ラグニールさんの実家であるロレンベルグ家は、国家有数の珍しい女系の商家。男性は家の外に出て、ロレンベルグの支援を受けて様々な分野で起業し、繋がりを広げていく。どこまで広がっているかは、当主しか把握してないらしい。老若男女の多様な客層から来る情報は、流行や情勢を敏感に察知できる。敵側の時のラグニールさんは、先手を打ったり、こちらをかく乱する情報を流したりと頭脳派だったので、それを聞いてとても納得をした。

 ゲームでは、レーヴァンス殿下の従者ポジションなので、両親については書かれる位で一族に関する詳細が無かった。敵であり攻略候補と被ってしまう設定は、不要な情報だったのだろう。


「後援者の方と準備を進めているそうです。詳しい内容は知りませんが、沢山まとめる事が多くて大変だとアンジェラさんは仰っていました」

「あぁ、それなら私の入る隙は無いね」

「ラグニールさんは、どうして魔物について積極的に学ぼうとしているのですか?」


 少し残念そうにするラグニールさんに、思わず質問をした。


「商売の為かな」

「商売……あっ、商品の運送や輸送する際に、魔物の行動を知っていれば、被害を最小限に防げますね」

「それだけじゃないよ。将来を見据えた商売の為」

「将来ですか?」

「道具や調度品、武器、様々な分野で魔物やの材料が使われている。中には、特定の種から獲れる素材からしか作れない品まである」


 炎竜の鱗の鎧。魔狼の毛皮のコート。一角獣の角で作られた杖。ゲーム上の装備品は、どれも魔物の素材から作られていた。リティナ自身のクラフトスキルの材料も、ほぼダンジョンから採取される自然素材だ。


「考え無しに狩り続ければ、生息数が減り、商品の生産量が減って希少価値があがる。それは、目先の利益を求める乱獲や密猟の可能性を高める事に繋がる。悪しき連鎖だ。絶滅してしまえば、伝統、それに連なる技術が途絶えてしまう。それは食材面でも言える事だね」


 真っ先に頭に浮かんだのは、千年樹だった。

 今は保護される程に減少したが、かつては至る所に自生していた。ラグニールさんが今離した連鎖はまさに千年樹が辿った道だ。


「だから後世に残せるように、魔物を知り、保護活動をする必要があると思ったんだ」

「長期的な利益を見越しつつ、ですね」

「うん。現金な話と思われるかもしれないけれど、魔物と人間の関係は善意だけでは成り立たない部分が多い。見向きもしなかった人達に感心を持たせるのは、所詮お金だからね」


 その言葉に、ほんの少しだけ、ゲーム中のラグニールさんの孤独が見えた気がした。

 彼には産まれた時から課せられた役割があり、その先には膨大な利益を生む。誰のための報酬。誰のための未来。親によって着けられた道化の仮面で自分を抑え込み続け、道具として利益の為に動く長い日常は、頭で理解出来ても、心が溢れる感情で狂ってしまいそうだ。


「でもその中から、人間以外の生物に対して真っ直ぐに向き合う人が現れてくれたら、私は嬉しいと思います」


 私の足にグランが抱き着いた。


「そうだね」


 ラグニールさんは優しく微笑む。

 綺麗な微笑みに思わず照れていると、学園の5時を伝える鐘が鳴る。


「長話をしてしまって、すまないね。そろそろ行くよ」

「お話しできて楽しかったです」

「私もだよ。それじゃ……あっ、そうだ」


 お別れを言おうとしたラグニールさんだったが、何か思い出した様子で止めた。


「急だけれど来週、殿下の学年とミューゼリアさんの学年に転校生が来るんだ」

「秋に2人もなんて珍しいですね」

「うん。ミューゼリアさんの学年にくる子は、王室付の魔法使いの弟子なんだ」


 え? 王室付の魔法使いの弟子??


「魔法使いについて知る機会になる筈だから、伝えようと……どうしたんだい? 顔が青いよ?」

「い、いえ! 日が陰ってそう見えるだけですよ!」


 私は慌てて誤魔化したが、かなり戸惑っている。

 あと約一年半。メインストーリー開始まで時間がある。リティナの登場は早過ぎる。

 牙獣の王冠の影響だろうか?

リティナに会いたいと思ってはいたが、こんな形で会うチャンスが得られるなんて。

 嬉しい反面、とても不安で少し気分が悪い。

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