76話 次に向けて

「ミューゼリアちゃん。どうかした?」


 グランを抱き抱えているアンジェラさんが、心配そうに私の顔を見る。


「色々と教えてもらって、分かった部分もあるけれど、気になる事も多くて、頭が回らないと言いますか……」


 私を見て相当驚いた理由や姫の動向について、まだ聞きたい事はある。調査も必要だ。でも、それ以上にリティナが今どこに居て、どのような行動をしているのか、知りたくて集中が出来なくなってしまった。

 全てが事実だとは言い切れない。ゲームの話は二転三転するのが通例だ。でも現状を整理すると、ゲーム本編自体を止めなければ、二国の被害を最小限に抑えられない。彼女の行動を阻止する方向に、私は動くことになってしまう。アーダイン公爵やシャーナさん達の道筋が変化したとはいえ、ゲームの恋愛イベントが消滅したわけではない。何らかの形で追い詰められて、私やレンリオス一族が没落なんてパターンもゼロではない。


「そっか。一旦戻って休んでから、また来ようよ。ニアギスの報告も聞かないといけないからさ」

「えっ、でも」

『疲れたんなら、休んだ方が良いぞ。人間暦で100年くらいは普通に起きてるから、また来て話そうや』

『飯食った後、すぐ寝るのは体に良くないもんな』


 カルトポリュデも私に気を遣ってくれる。


「それに、彼らの事をアーダイン公爵に報告しないとね。早く対応しないと、貴族達がうるさいよ」


 カルトポリュデの起こした地震は、グラン達の地治めによって抑制された。しかし、その巨体は牙獣の王冠から見えている。周囲の村や町の住人、鉱山の鉱員達が驚いているだろう。新聞記者が根も蓋も無い記事を書き、貴族達が騒ぐ前に、対処しなければならない。

 まだゲーム本編まで時間があるから、まずはアーダイン公爵や陛下に知らせるのを優先した方が良い。対策を練る時間は、まだある。


「そうですね。また後日、来ます」

『またな若葉ちゃん!』

『楽しみにしてるぞ!』


 私達はカルトポリュデと別れ、小屋へ戻る事にした。道中で、ゼノスにも再開できるはずだ。


『あっ、雛ちゃんは少しここに残ってくれ』

『何故だ?』


 一緒に戻ろうとした時、レフィードはカルトポリュデに止められる。


『言いたい事があるんだと。ちょっとだけだから、な?』


 黄色い精霊達がふわふわとレフィードの周りに集まっている。

 どうやら、彼らが何か話をしたいようだ。


『わ、わかった。ミューゼリアとアンジェラは先に行ってくれ』

「うん。また後でね」


 精霊には精霊の世界がある。私が深入りするのは失礼だ。

 アンジェラさんと一緒に、小屋へと歩き出す。


「足は痛くない?」

「はい。大丈夫です」


 魔物達は活発ではあるが、カルトポリュデの出現以降は目まぐるしい程の動きを見せてはいない。魔方陣や結晶体の影響は、本当にあったのだと実感する。

 ゲーム上の時に終盤となると、魔物達は赤い瞳を輝かせながら各地を暴れ回る。蛇竜とは違い、生きた状態で暴走しているようだった。血を飲む事で痛みが和らぐかのように、常に何かを襲っていた。今こうして魔物達の生態や本来の姿を見ると、彼らが苦しみもがいていたのが良く分かる。人だけ助かっても、意味がない。

 大体10分ほど歩いていると、リュカオンとゼノスに出くわした。


「2人とも無事でしたか!」

「リュカ!」


 嬉しそうにしてくれるリュカオンは、ゼノスに肩を貸している。負傷したのかと思ったが、どこか違う。


「ゼノスは……大丈夫?」


 髪の毛が乱れ、服や鎧が全体的に土や泥で妙に汚れている。戦闘が激しかったとしても、あの場所の周りに水辺はないので、泥が付着するのは変だ。


「地震が治まった後、お二人に合流しようとしたのですが、妖精達に妨害され、森を彷徨い、突然地面が柔らかくなって泥にはまり……散々な目に遭っていました」


 疲れの色が目立つ声音で、ゼノスは答える。


「リュカオンさんが来てくれなかったら、二度と出られなかったかもしれません」

「た、大変だったね。お疲れ様……」


 人を森の中で迷わせたり、幻覚を見せて騙すのは、妖精の悪戯の定番だ。御伽噺の中だけかと思っていたが、実際にやるようだ。私が魔法使いの卵で、問題を抱えていたから友好的に接してくれたけれど、問題も解決したから、我慢せず好き勝手に遊び始めたのかもしれない。もう少し、誠実な対応をして欲しい。


「小屋に残っていたリュカオン達は、大丈夫だった?」

「地震が発生した際は、外に居たので怪我はありません。ただ、ニアギスさんは魔術の発動中でしたので、影響を受けました。あれは単なる地震だけでなく、地下では強い衝撃波の様な力が発せられていました」


 そ、そうだ。レフィードが、魔方陣や結晶体が破壊されたって言っていた。ニアギスは空間魔術を駆使して、地下の結晶体を取ろうとしていた。盾を持つ人が飛んできたものを防御できても、その当たった先に発生する振動は少なからず受けるのと同じ。結晶体を粉々に出来るとなれば、相当な力の筈だ。


「彼は、どうしているの? 怪我はしていない?」

「意識はあり、外傷もありません。結晶体への対策をしていたようで、それが功を奏したそうです。すぐに回復すると言っていました。お嬢様の安全を確保して欲しい、と私を向かわせたのも彼です」


 リュカオンの口調や表情から、そこまで危険な状態でないようだ。


「……ご迷惑をおかけしました」


 ゼノスが少し暗い声で謝罪する。


「いや、あれは仕方ないだろ。妖精の対処法を教えなかった、俺が悪かった。それに、大型の魔物一匹を相手に時間稼ぎをしたのは、凄い事だぞ」

「そうだよ! あの時、対処してくれたお陰で、問題解決できたんだから!」


 リュカオンを足止めさせてしまった責任を感じるゼノスを、2人で励ます。

 あの時移動を少しでも止めていたら、あの蛇竜達はより集まっていたと思う。私が杖にお願いする時間も作れなかった。2人が私を守る為に犠牲になっていた未来だってあり得る。

 ゼノスの行動は、無駄じゃない。


「反省点はあっても、うじうじとするな。ほら、しっかりしろ」

「は、はい……」


 下を向くゼノスに喝を入れるリュカオン。良い上下関係を築けているようで、良かった。

 そして、私達は小屋へと無事戻って来た。


「おかえりなさいませ」


 小屋の前で、ニアギスが待っていてくれた。見た目に特に変化はない。


「ただいま。身体は大丈夫?」

「御心配をおかけしました。回復薬を服用しましたので、通常どおり動けます」


 何もなかったように微笑んではいるが、体の内側はどうなっているか分からない。やっぱり心配だ。


「お嬢様。私はこの手の負傷は慣れております。私ではなく、今やるべき事に意識を向けてください」

「う、うん。先程の地震について何だけれど」


 私は何があったのか、ニアギスに軽く説明をした。


「結晶体や魔方陣が神の関係者が製作した、と考えて宜しいでしょうか?」

「今のところ、そう考えるしかないと思う。突然神と言われても、すぐに受け入れられないよね」

「いえ。私共も思う所があります。考えの1つとして、持っておいて良いでしょう」


 シャーナさん達が被害に遭った赤い毒薬の事件は、未解決だ。あれ程の危険があったものを、皆が簡単に受け入れてしまっていた。実力者であるアーダイン公爵やニアギスさん達も、特に動かなかった。神の介入は確かに考えてしまう。


「話は変わりますが、3ミリほどの欠片を3個採取に成功しました」


 上着の内ポケットから封印魔術の掛けられた小瓶を取り出し、ニアギスは見せてくれた。


「妖精達はこれが出てきた瞬間、この場を離れました。口を揃えて〈見るだけで気分が悪くなる〉と言っていました」

「なんとなく分かるよ。何だか落ち着かない」 


 ガラスの小瓶の中には、赤く光る欠片が入っている。ルビーに似ていながら、深く暗く、吸い込まれそうな魅力がある。しかし、宝石と違い、胸の奥がざわつく様な感覚がある。可能な限り、遠ざけないと思ってしまう。


「こちらは成分と出所を調べるため、アーダイン側が保管させていただきますが、宜しいですか?」

「うん。お願い」


 霊草シャンティスの人工栽培に力を入れ始めたレンリオス家は、そちらで精一杯だ。赤い結晶体のせいでシャンティスが枯れでもしたら一大事であり、なにより赤い結晶を保管できる場所や成分分析できる人材がいない。ここは、アーダイン公爵家に頼るしかない


「それと、公爵様に相談したい事があるの。予定は組めないかな?」

「お任せください。後ほどお知らせいたします」


 私達が話をしていると、小屋の前に4匹の飛竜が飛来する。鎧で身を固めた飛竜の上から、ニアギスと同じ青銀色の髪をした男性と女性が下りて来た。彼が呼んでいたらしく、私達は飛竜に乗って、山を下り、ダンジョンの出入り口に立てられている砦へと戻った。

 

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