75話 仮説の話

「……どうしてお二方は、危ない状況になるまで気づけなかったのでしょうか?」

『創造主の関係者の仕業であるのは確かだな』

『俺らが気づけない力ってのは、創造主ぐらい高位じゃないと無理だ』


 強い力を持った存在に失礼な発言だったかと不安に思ったが、カルトポリュデは特に気にする様子もなく答えてくれる。


「神、ですか?」


 錬金術師もしくは魔術師の名前が出るかと思ったので、私は内心驚いた。

 神脈を除き、神に関する資料がゲームの宗教設定で一部記載されているだけだ。突然表に現れたのは驚きだが、異世界の人間を転生させるなんて芸当は、神しか出来ないので、ようやく出て来たかとも思う。

 神の時代は終わっても、いないとは言い切れない。


『そうそう。さっき言ったように、俺らの主食は負の想念。創造主が設定した世界の浄化作用の一角を担う種だ。人がどうこう出来るようには、作られてはいない』

『なんか魔術でも掛けられそうになったら、速攻気づく。てか、精霊や妖精、魔物が騒ぎ出すし、人も気付くだろ?』


「確かに、そうですね。錬金術や魔術であっても、大規模となれば人間側は人手が要りますし、何かと目立ってしまいます。特にこの場所を管理する領主一族は、魔術師の名家ですから、より敏感です」


 環境そのものであるカルトポリュデに何かあれば一大事だ。妖精や精霊は、ダンジョン手前の登山道にある砦の人達に、何らかのアクションを起こして知らせる筈だ。

 先に来ていたアンジェラさんが気づけなかったのも、奇妙だ。

 まさか小屋に飛竜が落下した件がそのアクション? 

 流石にそれは考えすぎかな…………


「でも、妖精達は二週間前に赤黒いスライムの様なものを見たり、魔物達に憑りついたのを目撃していますよ」


『若葉ちゃんと雛ちゃんが来る時期を見越して、〈あえて〉分かり易く姿を露にしたとか? 』

『つまり、雛ちゃんが大人に成る為の試練的なやつか』

『えー。俺らとばっちりじゃん』

『神の考えは分からんちんだ』


 カルトポリュデの意見は完全に否定できず、また分からない事が増えた。

 ゲームの主人公リティナは遺物4種を集め、復活を果たしたラスボス妖精王と戦う。そして、勝敗の決定打となるのが精霊王の復活だ。

 しかし、私の隣には精霊王となるレフィードがいる。

 4大ダンジョンのボス達は、負の想念の悪影響を受けて暴走状態となった被害者達だ。

 風森の神殿のロカ・シカラ曰く、精霊王の遺物は、800年前に起きた戦争による惨状から各地を回復させる為、負の想念の集結地点であり蓋の役割をしている。

 いずれ溢れてしまうが、そうならないよう予め、浄化する役割を持つ存在の再来するように魔物達の間で計画が立てられていた。


『なんか精霊達が、800年前に精霊王は自らの肉体を引き裂いて、4地点に負の想念を貯める様に仕向けたとか、大陸の再生を図るために仕様変更を一時的にしたとか言ってんぞ』


 右のたてがみから、ふわりふわりと黄色の光の玉が沢山出て来ているのが見える。風属性の精霊同様に、土属性の彼らも同じ情報を持っている。精霊同士では、王に関する情報は最初から共有されているようだ。


『まさか、姫ちゃんの置いてったのは、精霊王の体の一部かよ! こわい! でーも、納得よな。あの負の想念の蛇竜ちゃん達は、その仕様に神の力が加わってあんな姿になったのか』

『待て兄弟。竜種はそう簡単に負の想念の汚染はされないぞ。それに、肉がスカスカだったから、死んでる』

『あのなー。創造主の被造物の中で最も霊性高い眷属だから、命令された奴らが喜んで犠牲になったって可能性ありよりじゃね?』

『なんだ、それ! 気持ちわるっ!』

『残念ながらぁ、俺らも竜種でーーーーーす!!』

『いやああああああああああぁぁぁ!!!!!』


 唐突に2頭で盛り上がり始めたが、赤い毒液の事件を加えても被害者が竜種ばかりだ。カルトポリュデが術式に気づけなかったのは、神の影響を最も受ける種族だったからなのかもしれない。


「あなた方は神の仕業で危険な状態にして、あえてその状況を見せて精霊王の雛に対処させようとした目的は何だと思いますか?」

『なんだろなぁ。若葉ちゃんの見解は?』


 全く分からないと言った様子の2頭。世界の浄化システムを担っているけれど、悪意や悪だくみ関連には無縁だから、見当が付かないのは無理ないか。


「人間達の書いた800年前のお話では、負の想念が溢れ、妖精王が現れた様に書かれていました。そして、死闘の末に封印されました。その封印を解こうとしているのではないでしょうか」


 私はここで自然な流れで、その話をした。

 神が関わるとしても、ゲームの本編を考えると目的は1つに絞られる。


『それは、ない』


「どうして言いきれるんですか?」

 あっさりと否定されてしまった。ここで取り乱してはいけないと自分に言い聞かせ、訊いた。


『妖精王と精霊王は対の存在だ。動と静。月と太陽。晴れと雨みたいな感じで、一方だけでは成立しない。どっちかが死ねば、片方も死ぬ。世界の仕様を一時的に変更させるには、代償として精霊王は命を捧げたと考えて良い』


「つ、つまり、妖精王は既に死んでいるってことですか?」

『雛ちゃんが生まれているのが、何よりの証拠だ。どっかに幼虫ちゃんもいる』


 ゲームではリティナ達がラスボスを倒した後、精霊王は空高くに消えて行った。遺物の無くなった二国は新たなスタートを迎える。

 輝かしいラストだと思っていた。


『いや、待てよ。兄弟……蛇竜ちゃんで思ったんだが、復活は〈あり〉じゃないか?』


 左の頭が唸りながら言う。


『精霊王の遺体があるんだ。妖精王だって、あるだろ』


 右の頭はその言葉に、目を見開く。おそらく、私と同じ考えに行きついてる。


『まさか、負の想念で遺体を動かすってのか!?』


 本来は常若の国を統べる王であったが、800年前の戦争で死んだ。不安定で体の無い負の想念が、意志を持たない全てを汚染し狂わせる存在となるには、器が必要だ。

 そして対の存在である精霊王の復活と共に、遺体は〈妖精王〉になる。


『ありえんのかそれ? 世界の均衡を担う一角だろ? その遺体を、しかも二体動かすってなると、相当な力が必要になる。今、この地にそれが出来る膨大な魔力や想念は無いだろ』


「あるよ」


 今まで黙って聞いていたアンジェラさんが、口を開いた。


「赤黒い疑似生物を魔物に憑依させて、負の想念を発生させ集めるなら、炎誕の塔。太古から蓄積されて赤い魔鉱石が発掘されている禁足地。この二つ」


 かつて兵器として造られ、魔物達を閉じ込めた塔。異常な環境を構築する領域の深層。

 禁足地の最深部クリアで貰えるやり込み要素の報酬アイテムは、赤い魔鉱石の大結晶で作られた魔法使いの杖。

 それがもし、今回の結晶体と同じものなら。

 早くリティナに会い、彼女の行動を確認したい。私の記憶にある数々の行動が、正しいものだったのか知りたい。

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