74話 双頭の山

 大蛇が無抵抗に宙に打ち上げられる。

 更に地面が激しく揺れる。私は頭を手で覆い、態勢を低くする。

 山が起き上がり、大量の土石が落下し、土煙が舞う。

 長く巨大な二つの首が天を仰ぐ。

 鳥達が群れを成して飛び立ち、魔物や動物達が逃げまどう中で、私達は見上げる。

 波のある金色のたてがみ。綺麗に生え揃った黄土色の鱗に覆われた首に竜の頭部は固い装甲に覆われている。視界になんとか治まっている右前足は、陸亀の一種を彷彿とさせる爪のように隆起する鱗が並んでいる。深緑に覆われた山は彼の甲羅であり、大蛇を打ち上げた岩壁は動物のサイのように鼻の上に突き出た鋭い角だ。


『飯だぜえええええぇぇぇぇ!!』

『やったあああああああぁ!!!!』


「え」


 大きな雄叫びと共に、ハイテンションな若者の声が響く。

 宙に飛ばされた大蛇を双頭が仲良く咥えた。


『グラン! ミューゼリアの目を覆え!!』

「フンニ!!!」


 咄嗟にグランに目を手で覆われてしまったが、固いモノが折れ、柔らかさのある何かが千切られ、粘着質のある音が耳に届いた。鉄臭い匂いはしないが、大蛇は二つに割かれたと思う。

 その後も、どこかにいる大蛇を食べているのか、地面が何度も揺れた。


「ミューゼリアちゃん!!」


 走って来る足音が聞こえる。


「アンジェラさん!! 無事でしたか!?」

「な、なんとかね! 大蛇たちが地震で突然停止したから、急いできたんだ! 無事でよかったぁ!」


 視界が真っ暗だが、アンジェラさんは無事なのが分かって良かった。話からして、ゼノスが相手をしている大蛇も停止している。きっと彼なら退けてくれているはずだ。


「あの、巨大な生物は何でしょうか?」


 魔物にこんな巨大な種類がいたとは聞いていなかった私は、かなり困惑する。


「大陸帝竜だね…………しかも、双頭の若い個体」


 アンジェラさんの声が若干震えていた。興奮や嬉しくなるとより流暢な喋りをする人だが、感極まり過ぎると言葉が出ない様だ。


「こんな凄い魔物、どうして教えてくれなかったんですか?」

「ほぼ伝説上の生き物で、教えてもミューゼリアちゃんの生涯で会える確率が極めて少なかったから……なんだけど、会えちゃったなぁ」


 ゲーム上で、大陸帝竜の名前は見た覚えがない。一大イベントになりそうな魔物が、全く日の目を見なかったなんて、とても不思議だ。


「説明をすると、死骸が大陸になったって伝説がある世界最大の竜亀なんだ。彼らが移動すると池や湖が出来て、山が破壊されて地図を書き換える程の災害が起きるから、一部の地方では豊穣と破壊の神として祀られてる。最初の発見とされるのが一万年位前の遺跡の壁画。休眠状態はとてつもなく長くて、何世紀かに一回あるか無いかで目覚めて、生きた個体が観測されてる。だから、未だに生態が不明で寿命も正確に判明していない」


 発見が極めて少なく、生態どころか生息環境も分かっていない。教えるのが困難だと納得をした。アンジェラさんがあの時答えを出し渋ってしまったのも、情報の少なさからくるものだった。


『ミューゼリア大変だ』

「えっ、今度はどうしたの?」


 まだ目を覆われている私の傍にレフィードが来てくれる。


『負の想念の気配がない』

「えぇ!?」


 あれをハリガネムシと例えるならば、まだ宿主にいる状態で魚に食われ、消化され共に死んでしまう状態だろうか。

 宿主よりも大きく、さらに食性が全く異なり強靭な胃を持った存在に消化される。

そんな力業みたいな方法で浄化ってアリなの? 

 え? えええ??


『先程の地震により、結晶体は全て破損し、機能を失っている。大蛇を動かす為に魔素も使われ、魔方陣を動かす動力源は壊滅状態だ』

「え? そんな……え?」


 戸惑う。結晶体や魔方陣の破壊行為は私達も結果としてはやっただろうし、いや、でも、え?


『今日は最高に良い朝じゃねーか兄弟!』

『そうだな兄弟! 良い目覚めに美味い飯に、真っ青な空! 心が澄み渡りまくりだぜ!』


 小さな地震が止み、二頭の声が聞こえてくる。ロカ・シカラよりも、軽い。会話が若者みたいに軽い。

 とても軽快で、思考が追い付かない。


『おいおいおいおいおいおい! 見ろよ、兄弟。魔法使いの若葉ちゃんだぜ? 人暦で、何年振りだよ?』

『はああああぁぁ!? 嘘だろ、兄弟』


 左の顔がこちらへと移動して来る。

 グランがそっと手を外してくれると、琥珀色の巨大な瞳がこちらを見つめてくる。口の隙間から見える鋭い牙に、思わず身震いをしてしまう。


『ほ、本物だあああぁあああ!!! マジかよ! マジだ!』

「え、その……」


 素っ頓狂な声で驚かれる。

 テンションが高い。陽気過ぎない? 


 なんだ、これ。この空気感はなに。

 とても居心地が悪いと言うか、違和感がとても胸の中でくすぶっている。


『って! 精霊王の雛までいるじゃねーかよ!』

『ふぁああああ!! 今日は驚き連続だぜ!!』


 双頭の首が感情の赴くままに大きく揺れ、その風圧が私達を襲ってくる。

 なんだ。なんだ。これ。どうすれば良いの。


『お、お前たちは、この地の浄化を継承した者達なのか?』


 レフィードが何とか状況を受け入れて、大陸竜亀に訊いてくれた。


『継承って何の話だ、兄弟?』

『人暦の800年前の話しな。ほら、俺らが半起き状態の時に来た姫ちゃんいただろ』

『あぁ! あの時、俺らの背中のテッペンに何か置いてった姫ちゃんの話か!!』


 何かって……


 彼らにとっては精霊王の遺物は〈何か〉って軽い存在なのか……

 ロカ・シカラはしっかりと役割を継承する為に風森の神殿へ来たのだと、別方向に理解が深まった。


『つってもよー? 俺らは負の想念を主食にしてるから、継承の意味なくね?』


「へ!?」


 さらっと衝撃的な事実を言われた。


『命を繋ぐって意味で、継承だろ? 黄昏の鐘の音が鳴り、白雲の理想郷の消滅と共に大樹は崩落し、新たな灯が創造された。詩を謳う深園の蝶は世界を胎動させ、祈りの螺旋は雨となり乾いた大地に降り注ぎ、俺らの祖は命の苗床になったんだ』

『あー。確か母ちゃん言ってたな。次の生命の苗床になるのは俺らだからなー。納得ぅ』

『そうそう。つっても、まだ俺ら小さいから、かなり先だろうけどな』


 歩いただけで町を破壊できそうな大きさなのに、小さい……?


「あの……こちらにも分かるように、最初からお話をしていただけますか?」


 アンジェラさんがメモを取っている横で、私は二匹にお願いをした。


『くぁー! すまん! 若葉ちゃん達は俺ら知らないもんな!』


 両方の顔が私達の所まで顔を近づいてくる。


『俺らの名前はカルトポリュデ! どっちに使っても良いぞ!』

「私はミューゼリアと申します」


 私達は軽く自己紹介をし、カルトポリュデはこの場所について説明をしてくれる。


『この地は俺らの母ちゃんが作った巣だ。俺らが孵化した時に、此処より大きくなったら巣立ちなさいって言われたんだ。そんで、すくすく成長していたわけよ』

『巣は、母ちゃんの魔力によって形成されている。最近は俺らに切り替える準備をしていて、ちょっと揺れちまってる』


「グ!」


『す、すまん。できるだけ、揺れないようにします』

『大変申し訳ございません!! 何せ不器用なもので!』


「グイ! グンニ!! プニ!」


 ニアギスが、牙獣の王冠について最初に説明してくれていた内容を思い出す。人間で言う魔術の様な力を使って山を形成したなら、石の種類は全て同一になる。時折発生する微弱な地震は、大規模な切り替えの準備。そして、グランはそれについてクレームを言っている。


「その話は後でしようね」


 ぷりぷりと怒っているグランが、アンジェラさんに回収された。


『え、えー、それでな? 巣で生活を始めて少し経った頃に、人がバチバチに殺し合って、自然が巻き込まれてやばくなった。そんで一部の生物がここへ逃げて来たんだ』


『俺らが負の想念食っているから、巣は侵食されていなかった。来たやつの中には、常若の国に帰れなかった妖精達や精霊もいたな。俺らは食っている分、魔力の放出量も他のやつよりも多いから、あいつらにとっては居心地が良いらしい。そんで、人が静かになった頃に姫ちゃんが来て何か置いてった。妖精は世代交代してるっぽい』


 あの3人の妖精は、大陸帝竜について言っていなかった。グラン達含め、若い世代なのだろう。

 大陸帝竜の食性から、餌を取り合う争いは発生しない。魔物達は大陸帝竜の恩恵を受ける為、攻撃をしてくることは一切ない。長い年月をかけて精霊達は数を増やし、魔物達に憑く独自の生態系を生み出した。


『なぁ、兄弟。今気づいたけどよ。なんか前と植物の種類変わってね?』

『俺らの出す魔力が変化してるからだろ。腹に溜まってる分が減れば、属性がーーーなんか変わる』


 謎がさらに深まる生物。

 アンジェラさんの髪の間から見える目が、凄くキラキラしている。


『俺らの食事って、他の生き物と違うんだ。負の想念がある程度溜まった頃合いに俺らが目覚めて、それを食うって寸法。俺らの胃は、全てを消化するからな』

『でも、今回は異様な早さで溜まっていたみたいだな。若葉ちゃんが起こしてくれなかったら、やばかったわけだ』

「えっ……?」


 思いもよらない方向の内容に、私は耳を疑った。


『若葉ちゃんの声が頭ん中に響いてきて、驚いたぜ』

『なぁー! 最初は妖精の悪戯かと思ったけど、凄く必死だったから、これは起きなきゃってガンガン覚醒した!』


 確かに〈起きて〉と言った。頭の中でも呼びかけた。しかし、それは私の持っている杖宛だ。杖は私の呼びかけに答えず、魔力を拒絶した。前回の時は杖とレフィードの力を借りて成せた業で、今回はまったく条件が違う。

 カルトポリュデの頭の中へ届いた原理が、全く分からない。


『起きてみれば、山の中? 地下? も変な感じでヤバかったな! 若葉ちゃんがいなかったら、俺ら動けなかったかもしれん! 大変な事になってたぜ。ありがとな!』

『ほんと、感謝だ!』


 妨害を受けたカルトポリュデは魔力を放出しなくなり、負の想念が満たし始めたダンジョンでは魔物達がより凶暴化し、ゲーム上の連戦ボスを生み出す。そして、飢餓状態のカルトポリュデの強行された目覚めによって、結晶体が連動し大地震が発生した。


「こちらこそ、危ない所を助けていただき、ありがとうございます……」


 食性そのものが浄化であるカルトポリュデの生命活動の妨害。及び魔物達への悪影響。

 私の持っている一つの疑惑が、確信に変わった。ロカ・シカラに張り巡らされた黒い茨は、やはり彼のミスではなく誰かが仕組んだものだ。あの時、木精に連れ込まれた世界で見たあの黒い物体は、大蛇と同質の存在。

 風森の神殿の場合、木精が残された世界に負の想念の集合体を引きずり込んだおかげで、被害を最小限に出来た。しかし、この場所に其れが行える実力のある妖精がいなかった。その為に負の想念の影響を受け、魔物達の異常な活性化をもたらされた。それを利用して、魔物達を亡骸の大蛇に食わせ続け、血を流す事で魔方陣を形成しようとした。妖精が見たスライム状の生物はその副産物の可能性が高い。

 人では感知が難しい場所で、何かが暗躍している。それは以前から分かっていても、これから更にゲームでは見えなかった犠牲の山を知る事に、私は震えそうになった。

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