第39話 喧嘩


 実際、弱味は握られていないわけだけど、花崎さんに従わないといけない気にさせられた。オレにとって理由なんてそれだけで十分だった。


「お兄様の言うことは例え嘘だろうと全て正しいことなので信用はしますけど」


 妹の口からとんでも理論が飛び出した。妹の好感度が高いせいか、妹のオレに対する信頼度もまた相当高いようだ。オレとしては嬉しい限りだが、この状況では素直に喜べない。

 一方で花崎さんのことは終始疑ってかかっているようであり、油断なく警戒している。


「とりあえずご飯食べませんか? もう七時近いですし」

「そっか。じゃあご馳走になろうかな。でもその前に着替えないとね。ちょっと待ってて、準備してくるから」


 気を取り直した妹は手洗いうがいをして身の回りを清潔にした後、料理をしに向かう。

 その道中にいた花崎さんを体当たりで吹き飛ばすと、彼女は言い放つ。


「いたっ!」

「あんたの分は無いから」


 怜の底冷えする声が、体勢を崩している花崎さんに突き刺さる。流石に御無体が過ぎると思ったオレは、花崎さんについて恩赦がもらえるように頼み込む。


「そんなこと言わないでさ、頼むよ」


 妹は少しの間腕を組み、考え込むようなポーズをとる。それが終わると、これまで花崎さんに向けていた冷酷な態度が一気に和らいだ。


「仕方ありませんね。今回だけですよ」


 妹は花崎さんに優しい笑顔を向ける。まるで天使のような笑みだったが、残念ながらオレには悪魔の笑顔にしか見えなかった。

 だってオレの言葉一つで態度が変わるんだぜ。怖すぎるだろ。

 オレは妹が何を考えているのか全くわからなかった。いや、何を考えているのかとか、そんな低次元で語れる話でもない。


「あたしはお兄様の言いなりなんです。でも、あの女にはお兄様はあげませんよ」

 

 妹のスタンスはあくまでオレの言いなりであるものの、オレを誰かにとられるのは絶対に嫌だとのことだ。

 そんな妹の料理はとにかく絶品であり、調理の段階から食欲を唆らせてくる。

 妹はオレの手伝いなんて無くても一時間前後で10品目程度を作ることを容易に行う。

 今日の料理は中華料理であり、この前の花崎さんのお弁当を彷彿とさせる。

 妹の料理は本格派。火にくべた中華鍋に入ったパラパラのお米を何回も宙に浮かべ、それを見事に回収するのを繰り返す。

 そして出来上がったものを皿に移し、小籠包などの蒸篭から取り出した料理も他の皿に盛り付ける。


「はいどうぞ。お兄様、ついでに花崎先輩も……召し上がって下さい」

「いただきます」

「わたしもいただくね」


 オレはまず、チンジャオロースからいただく。


「おっ」


 その味は言うまでもなく美味であり、

 思わず感嘆の声を上げてしまうほど。肉の旨味が野菜の甘さとマッチしており、味付けも濃すぎず薄過ぎない。


「すごい。めっちゃうまい」

「ありがとうございます」


 オレが褒めると妹は照れたように頬を染める。

 それにしてもだ。


「あの、ちょっと狭いかなと」


 食卓は四人家族であるオレたちが満足に座れるようにできている。それなのに、花崎さんを入れて三人しかいないこの状態でなぜか閉塞感を覚えており、息苦しさが襲う。

 それもそのはず、怜と花崎さんが揃ってオレの隣に陣取っているからだろう。

 おかげで肩や腕がくっつきそうになっているし、太腿なんかは触れ合っている。

 妹も花崎さんも美少女の枠にピッタリと収まっており、そんな二人に挟まれているオレはかなりの役得かもしれない。

しかし、オレの気分は決して晴れることはなかった。

 なぜなら二人の好感度の数字が頭上に表示されており、それがオレの心を曇らせるからだ。

 こんな数字、見なければいいと思うかもしれないが、何故かオレはそれを無視することができなかった。

 花崎さんの170と妹の172、いずれも尋常ではない数値であり、その数値が視界に入ると否応なく意識させられる。

 そんなことを気にしていたせいか、オレは料理の感想を言うことも忘れていた。

 妹がオレを心配そうな目で見る。


「お兄様の箸が止まっています。もしかして美味しくありませんでしたか」


 妹の悲しげな眼差しに、オレは慌てて弁明する。


「違うんだよ。あまりにもおいしかったから言葉が出なかったんだ」

「そうだったんですね。良かったです」


 妹は安堵した表情を浮かべ、食事を再開する。一方の花崎さんはと言うと、オレをじっと見つめながら口をもぐもぐと動かしている。

 オレと料理を同時に堪能しているのだろうか。


「本当においしいよ」

「ふふ」


 花崎さんの料理に対する反応を見てなのか、妹が勝ち誇ったような笑みを見せる。

 妹の表情は優越感に浸っているようでもあり、オレは思わず苦笑いしてしまう。


「料理だけで勝ち誇るなんて、お子ちゃまなんだね」

「は? 負け惜しみですか先輩」

「あ?」


 ヤンキー同士がメンチを切り合うように、妹と花崎さんは睨み合いを始める。

 オレはため息を吐き、料理を口に運ぶことに専念することにした。幸い、路地裏の時のような殴り合いに発展することは無さそうであり、それがオレの心の負担を軽くしていた。

 うんうん、この餃子も美味いな。少し不揃いなところが手作りという感じがして良いな。

 料理を楽しんでいると、二人のいがみ合いは不思議とそよ風のように静まっていた。

 あれ、いつの間に。

 オレが疑問に思っていると、花崎さんが口を開く。


「ごめんなさい。ちょっとムキになってしまったかも」

「いえ、こちらこそすみません。こっちもやり過ぎました」


 料理に夢中になっていたゆえに、どういう経緯で終息したのかはわからないが、二人は和解してくれたらしい。

良かった。

 二人が喧嘩したら家が壊れるんじゃないかと思ったけど、なんとかなりそうだ。

 その後、オレたちは食事を楽しみつつ談笑する。といっても主に話したのは妹や花崎さんの方であり、オレはもっぱら聞き手に徹することになるのだが。内容はオレに関することばかりであり、主にオレを褒めちぎるのに力を入れているのもあって、物凄くこそばゆい。それにしてもこの二人、今になって妙に仲が良い気がするのは気のせいだろうか。

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