第29話 不安
オレが戸惑っている間にも時間は流れていく。気付けばもう夕食の時間になっていた。
「えっと、お友達ではダメかな……」
「んふ、お友達だけど、恋をしちゃいけないわけじゃないよね」
どうやら、そう簡単には諦めてくれないようで、花崎さんは小悪魔的な笑みを浮かべる。
オレはその表情を見て、ドキッとした。こんなに綺麗な女の子が自分に向けて好意を向けているという事実に胸が高鳴る。
そして、オレは花崎さんに告白されている。妹はというと、歯軋りをしながら地団駄を踏んでいた。いつに無い苛烈な雰囲気に、オレは思わず気圧されてしまう。
「ねえ、橘くんは私みたいな可愛い子が彼女になるのは嫌なの? 絶対に幸せにするよ?」
「うぅ……」
「ちょっと、兄貴! なんで黙ってるの!?」
怜が大声を出す。見た目からすでにかなり取り乱しており、目が血走っている。
そんな妹の姿を見たオレは慌ててフォローを入れることにした。
花崎さんと怜の間で板挟みになっているこの状況を打破するためにはどうすればいいか。
「は、花崎さん。ご飯食べない?」
「あ、えっと……うん」
よし、優しい花崎さんなら多少強引でもオレのお願いを断らない。
とりあえず夕食を食べてからゆっくり考えよう。そう思った。
「じゃあ買い物行こっか。食材無いでしょ?」
「えっと、うん……」
確かに食材は空だけど、どうして花崎さんがそれを知っているのだろう。もしかしてエスパーなのか?
とりあえず食材が無いのは死活問題だ。オレと花崎さん、それにイライラしながらついてきた妹は近所のスーパーへと向かうことになった。
帰宅後、オレたちは買ってきたものを使って手早く料理を作った。
献立はカレーライス。野菜は多めに入れて、肉は少なめにした。味つけは中辛。
怜は文句を言わずに食べるものの、顔はずっと不機嫌そうだ。
「橘くんの作ったカレー美味しいね」
「ありがとう」
花崎さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれる。オレもつられて笑顔になった。
「食べ物に釣られる女とか、ダッサ」
「ねえ怜ちゃん、さっきの発言を撤回してくれないかな」
せっかくの夕食の時間が一気に修羅場となり、オレは胃が痛くなるのを感じる。
花崎さんは怜の方を睨みながら低い声で言った。
「嫌ですね」
「謝れよ……」
それに対して妹も負けじと言い返す。
花崎さんの表情と声音は、これまでに無いくらいに怖かった。
この空気に耐えられなくなったオレは、花崎さんに視線を向ける。彼女は無言でオレを見つめていた。その瞳には怒りの色が浮かんでいる。
このままだとまずいと思ったオレは咄嵯に口を開く。
「あははは、プリンでも食べようか」
プリン程度で収まる喧嘩かと疑いつつも、オレは冷蔵庫に向かう。
そして、その中から買ってきたプリンを出し、蓋を開ける。
花崎さんと怜がその様子を食い入るように見ており、なんだか恥ずかしくなってきた。
オレがスプーンで一掬いし、二人に差し出す。すると、二人は同時に口に含んだ。
甘いものを食べたおかげか、花崎さんの顔から険しい表情が消える。怜の方は相変わらず不機嫌そうだった。
だが、花崎さんが少し落ち着いたようで良かった。
「うふふ、今日はもう遅いし帰るね」
夕食を食べ終えて少しした後、玄関に花崎さんが立つ。
「妹が失礼なこと言ってごめん」
「ううん、わたしをタイミングを弁えなかったのが悪いし……それよりも」
花崎さんがオレの目を見ながら近づいてくる。そして、頬に唇を重ねてきた。
柔らかな感触が伝わってくる。ほんの数秒ほど経った後に彼女は顔を離した。
「えへへ、また明日学校で会おうね!」
最後に花崎さんは満面の笑みを浮かべると帰って行った。
オレは自分の顔が熱くなっていることに気付く。心臓の鼓動も早い。
まさか彼女から二回キスをされるとは思っていなかった。しかも、こんなにも可愛い女の子に。
オレはリビングに戻り、ソファに腰掛ける。そのまま大きく息を吐いた。
花崎さんとのやり取りを思い出し、思わずニヤけてしまう。
「兄貴、今にやけてんじゃん。またあの女にたぶらかされて……!」
余裕が無くなってきていたのか、怜が荒々しい口調で話しかけてきた。
オレが彼女の方を見ると、こちらを睨んでいて、とても怖い。今にも殺してきそうな目つきをしている。
怜は歯軋りをしながら、拳を強く握っていた。
そんな彼女にオレは恐る恐る声をかける。
「あ、あのぅ……」
「あぅ、はぁはぁ……ふぅ、やっぱ良いや」
すると、怜はすぐに冷静な様子に戻った。
一体どうしてしまったのだろう。急に変わった怜の様子を見てオレは不安になる。
怜はオレのことを嫌いになってしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、彼女は笑顔を浮かべて言う。
その表情は先程までの苛烈なものとは打って変わって、優しげだ。
しかし、どこか作り物めいていて、それが逆に不気味さを感じさせる。
オレの背中を冷や汗が流れていた。
「兄貴……」
怜はそれだけ言ってから、自室へと戻っていった。残されたオレはしばらくの間、動くことができなかった。
とりあえず、オレも自室に行こう。そう思い、立ち上がった瞬間、背後から声をかけられる。その正体は2階に行ったはずの妹だった。
「あ、そうだ、兄貴……お話ししよ」
これまでの打って変わってなんだか妙に優しい妹に、オレは違和感を覚える。
だが、特に断る理由も無いため、オレは素直に従うことにした。
そして、今はリビングで妹が作ったというヨーグルトドリンクを飲んでいるところである。
「んー、美味しいよ。ありがとな」
「ううん、これくらい大したことないよ」
妹は照れたように笑う。オレはそんな彼女をじっと見つめながら思ったことを呟く。
「本当にお前変わったな……」
「そう?普通だと思うけど?」
「いやいや、前なら絶対『うるさい』とか言い返してきたぞ」
「そっか……じゃあ、私が変わったんじゃなくて、兄貴が鈍くなっただけかもね」
「どういう、ことだ」
怜が意味深な発言をしたため、オレは戸惑った。
だが、彼女はすぐに答えを教えてくれることはなく、代わりにオレの目の前に来た。
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