第27話 しんじゃ
「はぁ……はぁ……」
全身から力が抜けていき、あたしは脱力するとベッドに体を預ける。真っ白な天井が視界全体を覆い、想像のキャンバスと化したそこにはお兄様の顔が浮かぶ。
「お兄様ぁ……」
あたしはお兄様を求めるあまり、虚空に向かって手を伸ばした。
「お兄様、早くあたしのところに来てよぉ」
お兄様があたしを愛し、あたしの元に来てくれることを願いつつ、あたしは今日も準備に取り掛かる。
まず取り出したのは注射器。これにはお兄様の新鮮な血液を保存してある。これをあたしの肩に打ち込み、彼のエキスを取り込んで馴染ませるのが日課だ。
「さぁ、お兄様……今日もいっぱい愛してくださいね?」
あたしはそう言って、首筋に針を突き刺した。鋭い痛みと共に、温かい液体が流れ込んで来る感覚を覚える。
「あああっ! お兄様が入ってくる! お兄様ぁぁっ!」
全身が熱くなり、高揚感に包まれる。お兄様の一部があたしの中に溶け込み一体化していく。それはとても心地良いもので、癖になりそうな快感を与えてくれた。
「はぁ、はぁ、お兄様ぁ」
あたしはお兄様と血が繋がった妹であるため、彼の血をそれなりには受け継いでいる。だが、それだけじゃ足りない。もっとあたしをお兄様で染めなければ満足できない。そのためにはどうすればいいのか? 簡単だ、お兄様の遺伝子を取り込めば良いのだ。
あたしは机の上に置いてあった瓶を手に取ると、蓋を開ける。中にはお兄様の指先と爪が収められており、それを口に含むと舌の上で転がすようにして味わう。
「んちゅっ、れろっ」
あたしの唾液と混ざり合ったお兄様のものを飲み下すと、全身が再び火照ってくる。それと同時に心も満たされていく。
「あぁ、美味しいです、お兄様」
お兄様の爪は瓶の中に大量保存しており、定期的に補充している。このおかげであたしの体はいつでもお兄様に満たされている状態を維持していられる。
それから暫くの間、あたしはお兄様の味を楽しむことにした。
「んっ、くっ、あぁっ、また、あっ!」
今日もまた、お兄様のエキスを飲み干し、あたしは果てた。これでもう何度目になるだろうか。数え切れないほどお兄様のエキスを取り入れてきたが、その度にあたしの身体に変化が起きていた。
お兄様への想いが日に日に高まり、彼を愛する気持ちが強くなっている。
――だから、そろそろ頃合いだろう。
あたしは刻一刻と近付くお兄様とくっつくその日を夢見ながら、夜を過ごすのであった。
花崎さんが家庭教師に来てから一週間あまりが経つ。あれから数回、花崎さんは家庭教師を名目にオレの家に来ていた。
もちろん勉強もちゃんとやっている。ただ、彼女の場合、元々成績優秀でかつ努力家ということもあってか、ほとんど復習のような感じだった。
そんなわけで、ここ数日は彼女と一緒に料理を作ったりと、楽しい時間を過ごしていた。
「兄貴、そろそろ体育祭ね」
「ああ、そうだな」
昼休み、学校にて自販機で飲み物を買っていると、妹の怜が声を掛けてきた。
彼女は最近になって、学校でもよくこうして話しかけてくるようになった。今まではこちらに興味がないといった様子だったが、最近は普通に会話をしてくれるようになり、距離が縮まったような気がする。元々、距離は肉薄しているようなものだけどさ。
ちなみに好感度は120にまで上がっており、あれから下がったことは無い。
もっとも、相変わらずオレと話す時は冷たい態度を取るのだが。
「花崎先輩は? 最近くっついてること多いけど」
「花崎さんは体育祭実行委員だからな。色々と忙しくて大変みたいだ」
「ふーん、そうなんだ」
「文武両道でリーダーシップまである。同年代なのに憧れちゃうよ」
本当に凄い人だと思う。あの人はきっと将来大物になるに違いない。
そんなことを考えていると、不意にスマホが振動した。
画面を確認すると、メッセージの送り主は花崎さん。内容は今日の放課後についてのことだった。
今日はいつも通り一緒に帰る予定なのだが、放課後にも会議があるということで少々遅れるそうだ。
「兄貴、待つの?」
「そんなに立て込まないようだし、良いかな」
「ふーん、じゃああたしは先に帰っているわ」
怜は相変わらず素っ気ない態度をとりつつ、教室に戻って行った。……最近、妹との距離感がよく分からなくなって来た。
あんだけオレを嫌っていると思っていた妹の内心がどろどろの愛で満たされている。それが嬉しい部分もあるが、大部分は重い愛から来る恐ろしさに震えるばかりだ。
「とりあえず、早く買って戻るとするか……」
花崎さんの連絡を見て少し気分が落ち込んでしまったため、飲み物を買うついでにベンチに座り、一息入れることにしよう。
そう思い、自販機に向かっていると、花崎さんの好感度が段々と気になってくる。
花崎さんの好感度は110くらいで怜とそんなに変わらない。もしかしたら花崎さんもやばいのか? ただ、今のところ彼女に怜のような危険性は感じられないんだよな。
ちょっと距離は近い気はするけど、友人関係と考えるならそうでもない程度であり、別に問題視するようなレベルではない。
「……ん?」
「あれ、こんなところで油売ってどうしたん?」
藤宮莉奈が取り巻きを連れてこちらに来ていた。人気動画投稿者の彼女には根強いファンが多く、取り巻きにもなっている。
莉奈とは久しぶりに会ったが、好感度はかなり上がっている。怜たちと遜色ない100をマークしており、驚かされた。
「えっと、飲み物を買いに来たんだけど」
「へぇ、あたしらも買いに行こうと思ってたし、一緒しても良い?」
断る理由も無いので承諾すると、莉奈たちは自販機の前に立った。すると、なんと取り巻きの女の子たちがオレを取り囲むように座ってきた。
彼女たちの好感度は5で、怜たちとは比較にすらならないが、なんだかオレを守るように動いている印象がある。
「橘くんって、莉奈ちゃんと付き合ってるんだっけ」
「ええと、付き合っては……」
「嘘だ!」
「ひえっ!」
取り巻きの少女に対して、オレが莉奈と付き合っていることについて否定すると、いきなり大声で叫ばれた。
その声に驚いていると、少女が続けて言葉を発した。
「だって、この前デートしていたじゃない! あれは絶対にキスまでいったでしょ!?」
「いや、あれは違うんだ。喫茶店行っただけだから」
取り巻きの少女は莉奈に何か吹き込まれたのか、自分の想像を信じて止まず、オレの意見など徹底的に跳ね除けてくる。
「ほら、やっぱりチューしてたんじゃん」
「チューなんてしてないからね」
「むぅ〜、信じらんない」
「南、あんまり大和に迷惑かけちゃダメだよ」
「……うん」
莉奈がストップをかけたことでようやく収まりを見せた彼女は、不機嫌そうにジュースを買ってまたオレの隣に座る。
「わたしの莉奈が旦那様を作る……旦那様を作る……」
飲み物を飲みながら呪詛のように不気味な言葉を吐く彼女。その顔は絶望に染まっていた。
そして、そんな彼女を慰めるように取り巻きの他の少女たちは肩に手を置き、励ましの言葉を掛けていた。
「あはは、面白い子たちだよね」
「怖いんだけど。莉奈のファンってやばいな」
「えっと、ネット用語だと信者っていう種類の子たちだよ。あたしのことを全肯定してくれるの」
彼女たちは莉奈のイエスマンといったところで、恐らく熱狂的なファンなのだろう。ただ、それはそれで少し怖くもある。
莉奈がもしも怜と似たタイプなら、彼女たちを手足のように使い、追い詰めてくるということだ。数で迫られる程、単純明快で恐ろしいものは無い。
「あたしがこうしても、ね」
「うわ!」
莉奈は小柄ながらも柔らかい胸を腕に押し当ててきた。取り巻きたちは怒るどころか、感嘆している。
「どお? ドキドキする?」
「……しない」
「そっか。じゃあ、もっと頑張っちゃお」
「ちょ、待った」
莉奈は更に身体を寄せ、太腿に触れさせ、手を握ってきた。その感触は柔らかく、男なら誰しもが反応してしまう代物だった。
「橘くんの手、大きい。男の子だぁ〜」
「あの、もう満足したかな?」
「えー、まだ足りないよ。もっと触れ合いたい」
取り巻き三人の目が光り、迂闊には断れない空気になっている。仕方なく、オレは彼女の要望に応えることにした。
「はい、これでいいか」
「うふふ、ありがとう」
手を離すと莉奈はとても嬉しそうに微笑み、取り巻きたちも笑顔でこちらを見つめている。……なんか、変な気分になる。オレは一体何をやっているんだ?
「でも、橘くんは意外と大胆だねぇ。女の子にこんなことさせるなんて」
彼女の桃色の髪がオレを煽るように揺れる。
「不可抗力だからな。仕方ないだろ」
「そう言っても嫌がらない辺り、本当は嬉しいんでしょ?」
「……ノーコメントで」
「んふふ、正直者め。そういうところ、好き」
オレの頬を指先で突きながら、楽しげに笑う莉奈。取り巻きたちもそんな様子を羨ましそうに見つめている。
「莉奈さん、かっこいい……」
オレをリードし、弄んでいる彼女は確かに魅力的に見える。だが、オレは彼女が危険な存在だということを知っている。怜と似たような危険因子を持っているのし、表情や態度にはあまり出さないが、数値を好感度だと自覚できるようになってから嫌な予感をひしひしと感じて
ならないのだ。
「用事を思い出したから、と、とりあえず教室に帰るわ」
オレは彼女にこれ以上の隙を与えないように振る舞いながら、脱兎のごとく逃げ出した。
「あ! 逃げられた!」
背後で莉奈の声が聞こえるが、気にせずオレは教室に戻った。そこには会議を終えて戻ってきた花崎さんが窓から差し込む太陽光を浴びながら気持ち良さげに眠っており、その周りを数人のクラスメイトが囲んでいた。
ただ、それを彼女は眼中にも入れていないようで、彼女の視線は人のいない天井付近を捉えている。クラスメイトたちは花咲さんの外面しか見ていないからか、彼女の内面を知るオレからすればとても痛々しい光景に見えた。
友人がいる時の花崎さんはオレとは話さず、たくさんいる彼らと様々な話題を捏ねくり回しているが、真面目に楽しもうとする気概を彼女からは感じない。
まるで適当に受け流し、済ませてやろうというような、そんな投げやりな雰囲気すら感じる。
「じゃあ花崎さん、また後で」
「またねー」
話し終わり、花崎さんを見送った彼らは、オレについての陰口を言っていた。丸聞こえである。
「ところで美咲のやつ、最近橘とくっついてるっぽいけど、実際どうなんだろう」
「流石にあれと付き合うは無いだろ。見た目地味で何考えてるか分かんない奴だし」
「やっぱり花崎さんとは釣り合わないよね」
クラスメイトたちは相変わらず花崎さんの外見にしか興味がないようで、表情の機微にさえ気付いていない様子。
「ま、橘が告白したところで、あいつのことだから断るだろうな」
「そうだな。それに、あんな冴えない男と付き合ったら、俺らのアイドルの花崎さんの評判にも関わるしな」
「あはは、違いないね」
オレは彼らの会話を盗み聞きしながら、花崎さんへ憐れみの目を向けていた。
少ししてチャイムが鳴り、担任の教師が入ってくる。
「皆さん席についてください。授業を始めます」
その言葉に従い、生徒たちは各々の席へと戻っていく。オレはその間、ずっと花崎さんを見つめ続けていた。
単に見た目だけでなく、あの優しさにも惹かれつつあった。好感度が怜と同じ100オーバーなのが気になるけど、もしかしたら、という期待もある。
「橘くん、見過ぎだよ」
あんまりに意識し過ぎたのが祟り、花崎さんに小声で注意されてしまった。ただ、それはそれで嬉しく思ってしまう自分がいて、オレは心の中で苦笑するのだった。
授業が終わり放課後になると、花崎さんは体育祭実行委員の会議に向かうことになり、オレは一人になった。花崎さんを待つべく、オレは図書室にて出された宿題に取り組むことにした。
「………むぅ」
ただ、一人でやっていると集中力があまり続いていかず、すぐに飽きてしまう。
図書室にはオレ以外ほとんど誰もおらず、静寂に包まれているためか、やけに自分の呼吸音や外の環境音がうるさく感じられる。特に外では工事が行われているため、騒音が顕著である。
こんな時に限って花崎さんはいない。今日は体育祭の話し合いだけなので早く終わると思っていたのだが、予想に反して長引いているらしい。
「んー……」
このままでは勉強が進まないため、オレは一旦休憩を挟むことにした。
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