第25話 妹 その3
「んっ……お兄様の味がする。もっと欲しい」
「え?」
これまで見てきた妹とは別人とも言えるほどの変貌ぶりを見せる彼女にオレは思わず後ずさってしまう。
「あ、ヤバい。お兄様が好き過ぎて昂っちゃいますぅ」
怜は指をしゃぶりながら、身体をくねらせると、その場で服を脱ぎ始めた。
オレは慌てて目を背けるが、彼女はそんなのお構いなしと言った感じで脱衣を続けると、やがて一糸纏わぬ姿になる。
再び妹の方へ目を向けると、怜は胸周りを揉んでいた。
「お兄様と血が繋がっている。それだけでこんなにも興奮します。ああっ!」
怜は艶かしい声で叫ぶと、その場にうずくまる。
「ふーっ! はぁ……はぁ……。ダメ、我慢できない」
彼女は息を整えると、立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出す。それは一見するとどこにでもある普通のボールペンに見える。そういえばオレの失くしたボールペンに見えなくもないが。
「あむっ」
彼女はおもむろにそれを口に含むと、まるで飴玉を転がすように舌の上で動かし始める。
最近、よくオレのものが無くなる事件が発生していたが、このことを経て犯人が分かってしまった。
裸になってオレのペンを舐める妹。その肌は火照っており、顔は上気していた。それでも彼女は美しく、まるで天界から舞い降りた女神とすら思わせる。
「はあ、美味しかった」
オレのボールペンを口から離すと、彼女はそれを大事そうに胸に抱える。
「お兄様の匂いが染み付いてます」
妹は愛おしそうな笑みを浮かべ、ボールペンを鼻に近づけた。
「はあ、良い香り。ずっと嗅いでいたい」
オレは妹が段々と怖くなり、その場から逃げ出し、部屋に戻る。しばらく震えていると、ノックの音が聞こえてきた。
「兄貴、そろそろ風呂入りたいから先に入って」
彼女の頭上の数値は105をマークしている。おそらく間違いなく、怜はオレに単なる兄を想う以上の感情を抱いている。
そんな妹はオレと顔を合わせるなり、いつもの調子で平然と振る舞う。しかし、その数値は一向に下がらない。
オレが呆気に取られていると、怜は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの兄貴? あたしの顔になんかついてる?」
「いや、何でもない」
「ふーん、呆けた顔してる暇あったらさっさとお風呂入ってくれば? 兄貴さっきから臭いし」
オレは適当に取り繕うと、急いで着替えを持って部屋を出る。
オレはそれから逃げるようにして浴室へと向かい、体を洗って湯船に浸かる。
ちなみに、先ほどの妹の様子を見る限り、どうやらオレにバレないように演技をしている線が濃厚だった。
「でも、妹に一体何が起こっているんだろう……」
オレは頭を悩ませるが、考えても分かるはずもなく、結局は考えるのをやめてしまう。
「花崎さんや莉奈の好感度もあんな感じだし……もしや……」
妹の奇行を思い返し、ある一つの仮説が浮かぶ。
「まさかとは思うけど、オレのせいなのか?」
妹の行動はまるで人気アイドルに執着し、執拗に追い掛けるストーカーのようで、明らかに常軌を逸している。
オレはそんなことを考えると、途端に寒気がして身震いする。
「大丈夫だよな。オレがキスしたくらいで、あいつがどうにかなるわけないよな」
そう自分に言い聞かせるのだが、不安は拭えない。あんなドロドロの感情を有していたと知らず、実に安易な気持ちでキスしてしまったことを今更ながら後悔してしまう。
だが、今のところ本性を表そうとする気配は全く無く、普段通りの態度を貫いているため、オレはひとまず安心する。
オレはひとまず風呂に入り、彼女のことをなんとか払拭しようとする。
だが、あんな奇行がそんな程度で頭から離れるはずも無く、気付けば長いこと髪を洗っていた。
「もう上がるか」
脱衣所ではゴソゴソと蠢いている奴が見える。おそらく怜だろう。
「兄貴、タオル置いとくわよ」
この発言、あんなものを目撃した手前信じるべきなのだろうか。オレは悩んだ末にとりあえずスルーすることにした。
怜はタオルを置くだけにしてはやたらと長い時間脱衣所に入り浸っており、なかなか出て行かない。
オレは流石に待ちきれずに、股間を隠しながら風呂から出ると、そこには腰に手を当てて仁王立ちする怜の姿があった。
「ふっ、やっと出てきたわね」
「お前、いつまで入っているんだよ」
「まあまあ、そうカリカリしないでよ。ちょっと手間取っただけじゃない」
「はぁ……もういい。オレは先に寝るからな」
オレは妹の視線を気にしながらも体を拭き、パジャマに着替える。妹はオレが着替えをしている間、ずっとこちらを見つめていた。
正直居心地が悪く、なるべく早くこの場を離れたかったが、妹に不審感を抱かれる可能性を考えると、あまりそうした行動は慎むべきだろう。
オレは妹の動向を窺いながら服を着替えをしていると、彼女は徐ろに口を開いた。
「兄貴、女の子の前で着替えるとか、恥ずかしくないの?」
妹はオレを軽蔑するような目つきを向けてくる。
「別にお前だから問題無いだろ」
「へえー、あたしは兄貴のことそういう風に見てたんだ」
「違う! ただ単にお前なら裸を見られたところで特に何も思わないからだ!」
こいつ、普段はオレより立場が上なのを利用して、オレをじろじろと見る大義名分を得ている。
オレはいつものように怜に逆らえるはずも無く、ただ黙って彼女の次の言葉を待った。
「ふーん、あたしだって立派な女の子なんだけどぉ」
妹に茶化されるせいで、着替えのテンポがどうしても悪くならざるを得ない。半裸のオレをじろじろと眺めている彼女だが、普段の態度に反してその目は黒ずんでおり、どこか虚空を見据えているように感じる。
「ふん、相変わらず貧相な体ね」
やがて彼女は満足したのか、オレに背を向けると、捨て台詞を吐いてから部屋を出て行く。
風呂上がりに一悶着あったものの、何とか無事にパジャマに着替えられた。
オレは風呂上がりのために取っておいていたコーヒー牛乳を、リビングのソファに座りながら飲む。テレビをつければ、ちょうど歌番組が放送されているところだった。
「はぁ……今日は疲れた」
主に愛が激重な妹に振り回されたせいで、肉体的にも精神的にもかなり疲労が溜まっている。
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