第24話 妹 その2

 そうしているうちに、オレはベッドに押し倒されてしまった。あれ? なんだかこれまでのツンツンした彼女とは違うぞ。


「ねえ、先輩のどこが好きになったのか教えて?」


 怜はオレの上に馬乗りになると、顔を近づけてきて、耳元で囁いてきた。


「べ、別に好きというわけでは……」


 オレは彼女の吐息がくすぐったくて、身を捩りながらそう答える。


「嘘つき。そんなに動揺しちゃって、バレバレよ」


 怜はクスリと笑い、再び顔を近づけてくる。今度は何をするつもりなのか。


「ちょっと待て、一体なんのつもりだ!?」

「兄貴を元気付けてあげようと思って」

「そんなことを頼んだ覚えはない」

「あたしがしたいの。ほら、観念なさい?」


 妹は妖しく微笑む。オレはどうにかこの状況から逃れようともがくが、彼女がそれを許さない。

 怜はそれからオレに自分の肌を擦り合わせ、オレの服の中に手を入れようとした。しかし、それは流石に見過ごせない。

 オレは力ずくで彼女を退かす。すると、彼女は不満げに頬を膨らませた。


「もう、抵抗するなんて最低」

「お前が変なことしようとするからだろ!?」

「……ふんっ!」


 怜はぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら拗ねてしまったらしい。面倒臭いな。

 オレはため息をつく。数値を確認すると、なぜか97になっていた。……なんで増えてんの? オレは意味がわからず、首を傾げる。


「兄貴なんか嫌い」


 怜はボソッと呟き、オレから離れる。数値が98になり、99になる。オレはますます困惑する。やっぱ嫌われ値なのか? それだと花崎さんの態度と噛み合わないけど、少なくとも怜を基準にするとそのように見えてくる。


「……すまん」


 とりあえず謝ることにした。

 しかし、怜はそれを聞いてさらに機嫌を悪くしてしまったようだ。


「……どうして謝るの?」

「いや、さっきのはオレが悪いと思ったし、それに……オレは怜の兄だからな」

「……ふーん」


 怜はそっけなく返事をした。数値が100になる。

 うわ、なんかヤバいな。

 オレは内心焦るが、彼女は特に何も言わずに立ち上がった。

 数値はどんどん上がっていき、105になっている。歯止めが掛かる気配は全く無い。

 怜に嫌われていると思うオレは、なんとか平静を装うが、正直気が気ではない。


「……あ、あの」

「ん?」

「オレはお前のことを大事だと思っているぞ」


 オレは妹をなんだかんだで大事に想う、その一心で彼女に告げた。

 すると、怜は一瞬だけ嬉しそうな表情を見せるが、すぐに元の無愛想な顔に戻る。


「へぇ、あたしのこと好きなんだ。ふーん。じゃあさ、証明してみせてよ」

「証明?」

「うん。キスとかハグとか。外国じゃメジャーなスキンシップだけど、お淑やかな振る舞いを基調にした日本だと恥ずかしがってみんなしないやつ。そういうのしてみて」


 妹のやつ、オレが嫌いなあまりにそうした無理難題を押し付けてきやがったのか? まあ、付き合う義理は無いんだけど、ここまで悪乗りされてしまった以上、迂闊に放置しておくのは今後に悪影響をきたすリスクがある。

 オレは妹と目を合わせると、怜は期待に満ちた瞳をしていた。……ええい! こうなったらヤケクソだ! オレは自分の中でそう決意すると、彼女を抱き寄せて頬にキスをした。流石に唇同士は肉親なのもあり、憚られる。

 すると、怜は驚きのあまり目を丸くし、酸素を求める魚のようにパクパクさせる。

 ハグもしてやると、彼女は身体を硬直させ、動かなくなった。

 オレは彼女の反応を見て、これで満足してくれたかと思い、ほっと胸を撫で下ろす。


「ふん、まあまあね。チキンのくせにやるじゃない」


 少し時間を置いて元の調子に戻った彼女は、体をくねくねさせながら、そんなことを言ってきた。


「もう用は済んだわ」


 最終的に、用済みとばかりにオレは追い出され、部屋を後にした。

 あの反応を見る限りでは、嫌われていたわけではなさそうだ。ただ単にからかわれただけだったみたいだな。


「となるとあの数値はやはり」


 オレは妹や花崎さんは、莉奈の頭上の数値の正体が好感度である可能性を指摘する。確証は無いが、嫌われ値でない以上次に可能性があるのは好感度である。

 複雑怪奇な説も合わせれば、おそらく無限大に可能性を捏ねくり回せるだろうが、ここは安直に考えた方が良いかもしれない。


「もしも上限が100辺りなら相当好かれてるってことになるけど」

≪上限は10です≫

「ん?」


 オレはどこからか聞こえてきた謎の声に首を傾げる。しかし、周りを見渡しても人の姿は見当たらない。

 空耳だろうか? 謎の声が言っていた数値とはおそらくオレにしか見えない数字のことである。

 上限は10と言っていたが、今オレの周りにいる主要な人物たちは軒並み10を軽々と超えている。


「もしこれが好感度だったら……」


 オレはそうした考えをする以上、花崎さんや妹を嫌でも意識してしまう。数値が100を超えているということは、かなりの好感を持たれているということである。


「いや、待て。数値はあくまで数値であって、実際に彼女が恋愛感情を抱いている様子は無い。妹はもってのほかだろうし」


 オレはそう言い聞かせるが、どうしても先ほど見た数値が頭にこびりついて離れない。


「いやいや、落ち着けよオレ。あれはあくまでも仮説に基づいた話だ」


 オレは狼狽えるあまり廊下の壁に寄り掛かり、深呼吸をして気持ちを鎮める。


「よし、冷静になったところで、そろそろ戻るかな」


 オレが一旦落ち着き、部屋に戻ろうとしたところで、妹の部屋から変な音がする。

 水が滴るような変な音だ。オレはその音が気になって仕方がなく、おそるおそる踵を返す。

 怜の部屋の扉は半分開いており、そこから部屋の中を確かめる。

 本来なら妹のプライベートを覗くような真似はしたくないが、数値などのこともあって冷静な判断がつかず、彼女のことを心配しているのもあって今やっていることをやめて選択はありえなかった。


「お兄様にキスされた、嬉しい、嬉しい」


 だが、やめておけば良かったと後悔することになる。なんと妹はオレがキスした頬の部分を指でしきりに弄り、それを舐め回しているのだ。そして、口元にはよだれまで垂らしており、その表情は完全に蕩け切っていた。

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