第23話 妹
オレが喜びに打ち震えていると、花崎さんが何か思い出したように口を開く。
花崎さんは制服の内ポケットを漁ると、一冊の手帳のような物を出す。
「これ、良かったら受け取ってほしいの」
「これは?」
花崎さんは手に持つ物をオレに差し出す。
表紙には『進路調査票』と書かれている。うちの学校は進学校らしく早い段階で進路に目を向ける傾向が強く、ゴールデンウィーク明けには本格的な進路相談をしたりしていた。
「あ、あの、わたしも進学希望なんだけど……。もし、同じ大学だったらいいなと思って」
「そっか。花崎さんと一緒なら心強いよ」
「ほ、ほんとう?」
花崎さんが嬉しそうに声を上げる。
「うん。まあ、まだ確定ってわけでもないけど」
「ふふ、そうかもだけど、でもわたしは一緒に行きたいと思っているから」
花崎さんは笑顔でオレに告げる。その表情は相変わらずとても可愛くて、思わずドキッとする。
オレが照れ隠しのために視線を逸らすと、彼女は頬に手を当てながら呟く。
「橘くんと一緒ならきっと楽しいんだろうなって思う。だから……その時もよろしくね」
花崎さんは丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそよろしく」
オレも頭を下げて、挨拶を交わす。そして、花崎さんは家に帰っていった。
花崎さんと別れた後、オレは一人ベッドに寝転がる。
今日は色々なことがあった。花崎さんと仲良くなれたことはもちろんのこと、彼女の今後の展望を知ることができたことも大きい。
調査票を見る限り、彼女はオレと同じ大学を志望しているようだ。
「楽しみだな……」
しかしながら、オレの志望する大学は花崎さんの成績なら余裕過ぎる上、入ったところでそこまで凄い資格が取れるわけでもない。
オレが通おうとする平凡な大学には、成績優秀で将来有望な彼女がそこに入学するメリットが無いのだ。
彼女は自分の話したいことを話すだけ話して帰ってしまったのもあり、彼女から訳を聞きそびれたオレはまだ花崎さんについて知らないことがたくさんあることを実感する。
「もっと花崎さんを知りたい」
彼女のことをよく知り、親密になればなるほど、それだけ彼女との距離も近くなり、お互いのことをより深く知ることができるだろう。
オレはそのことを考えて、胸が高鳴った。
なんだかんだで、彼女が同じ大学を目指しているのを知り、テンションが上がったのは事実である。そこに水を差すように怜がノックも無しにオレの部屋に飛び込んでくる。
「兄貴、約束分かってるよね」
ジト目の妹は開口一番そう言いつつ、とんでもない力でオレを彼女の部屋に引き摺り込んでいく。
オレは抵抗する暇もなく、彼女の部屋に連れ込まれたのであった。
妹の部屋の中は散らかっているオレの部屋とは大違いであり、女の子らしい雰囲気で満ち溢れている。
ピンク色の壁紙に白い家具。ぬいぐるみや写真立てなどが飾られており、非常にファンシーな雰囲気となっている。
「えーっと、ここで何をすればいいんだ?」
「あたしを怒らせた謝罪をしなさいよ。なんであたしに許可も得ずに先輩を連れ込んだのか、その理由も添えてしっかり謝りなさい」
怜はオレを正座させると、ベッドに座って足を組み、偉そうな態度でそう言った。
オレはそんな妹を見て、ため息をつく。
オレが呆れた顔をすると、彼女はムッとした顔をした。
「いや、ただ家庭教師をしてもらっただけだっつうの」
「そんな綺麗に取り繕うための理由付けはどうでも良いの。どうせ兄貴のことだから、何か下心があったんでしょ?」
「おい、それはどういう意味だ!?」
「だって、あんな可愛い子と二人っきりで勉強するなんて、絶対何か企むじゃん」
「お前の中でオレはどんな奴なんだよ……」
確かに花崎さんが可愛かったのは認める。だが、オレは女性に欲情し、決して何かを企てるような男ではない。
しかし、怜はオレの言葉を聞かず、さらに言葉を続ける。
「女の子を付け狙う犯罪者」
「酷い」
彼女の頭上の数値は95になっていた。なんで増えてんの? やっぱ嫌われ値なんかな。これだけ怒ってるし、そりゃそうだわな。
「だいたいさ、あんな綺麗な先輩があんたみたいなクズに惚れるとでも思ってんの?」
「いや、その言い方だと語弊があると思うぞ」
「何が違うって言うのよ」
「いやまあ、オレは別に花崎さんに好かれているわけじゃないし」
「……はぁ?」
「だって、あくまで友達でいよう、みたいなことを言われたんだぞ」
花崎さんは『付き合う』とかそういう類の話はしなかった。だから、オレは花崎さんのことは単なる友人としてしか見ることができない。
まあ、花崎さんに好意を抱いているのは事実だけど。
「……ふぅん」
オレの話を聞いて、怜はつまらなそうな顔になる。なんか煮え切らないな。
「とにかく、花崎さんとはお前が思っているような関係じゃ無いってことだよ」
「……あっそ」
怜は素っ気ない態度で返事をする。オレはそんな彼女に少し違和感を覚えたが、特に気にすることなく、立ち上がる。数値が1増え、96になっていた。
「ほんっと、兄貴ったら情けないわね。仕方ないから、あたしが寄り添ってあげるわ」
オレを嘲笑うだけ笑った後の彼女は、急にしおらしくなった。
そして、オレの隣に座り、腕を組んできた。
オレは彼女の突然の行動に戸惑いつつも、冷静さを装い、彼女を見つめ返す。
すると、彼女は潤んだ瞳でこちらを見ていた。
オレは思わずドキッとする。妹やぞ。肉親やぞ。オレって妹に欲情する変態だったのかな。
「お、おい。離れろ」
「嫌」
怜は正座するオレの膝に座ると、首に手を回してきた。
なんだこれ。なんでオレ、こんなことになってんだろう。
オレは混乱しつつも、どうにかして彼女を引き剥がそうとする。
しかし、彼女の力は強く、びくともしない。
妹はギャルの見た目に違わないアウトドア派であり、バスケ部の1年生エースだ。インドアなオレが楯突いたところで勝てるはずがないのである。
「あたしが慰めてあげるわ」
怜は妖艶に笑うと、彼女はオレの隣に座り肩を寄せてきた。オレは慌てて距離を取るが、彼女はそれを許さず、すぐに距離を詰めてくる。
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