五話 本題に入りましょうか(二)
「さて、しばらくは誰も入ってこないので、術を解いて下さって構いませんよ! さ、どうぞ腰掛けて下さい!」
お茶を置きに来た副校長らしき人物が下がった後、道真はにこやかに言った。副校長は一般人であったらしく、お茶の数に合わない人数に怪訝そうな顔をしていたが、道真の「私が全部飲みますので」という、何ともいい加減な言い訳にげんなりしたような顔で下がって行った。
「そうかい? じゃあお言葉に甘えて……」
晴明は指を鳴らして術を解くと、一番乗りに長椅子に腰掛けた。術をかけられた本人に特に変わりは無い為緋月と紅葉は何も感じなかったが、宵霞は少し安心したように「そこに居たんだ」と呟いた。
「おや? 後ろの御二柱はよろしいのですか?」
緋月と紅葉が椅子に座ったのを見届けた後、道真は不思議そうな表情で問うた。緋月はまだ自分の術が解けていないのかと思ったが、宵霞としっかり目が合ったのでその可能性は無いだろう。
「ふた、はしら……?」
眉根を寄せたまま紅葉は呟いた。緋月は気にしていない様だったが、柱と言うのは神を数える際の単位だ。この面子の中に、神は晴明しかいない。
「……んもぉ、せっかく隠れとったんにぃ〜。言わんで欲しかったんよぉ〜」
首を傾げている緋月と紅葉の後ろから、間延びした声が一つ。どこかわざとらしく怒るようなその声は、二人にとって聞き覚えがありすぎた。
「えぇっ!? ハク!? 何で!?」
その聞き馴染みのある声に二人が慌てて振り返れば、そこにはわざとらしく頬を膨らませているハクの姿があった。彼女は緋月の驚きのあまり飛び出した疑問を聞いてニッコリと笑うと、
「最初からおったんよぉ」
と嬉しそうに答えて緋月の隣へ腰掛けた。どう見ても三人用の椅子であったが、緋月と紅葉が子供であったことが幸いしてハクも隙間にピッタリ収まったのである。
「あれ? もう一柱は誰なんだ?」
二柱のうち、一柱はハクだと分かったが、そのもう片方は依然謎に包まれたままだ。紅葉は呟きながら「まさか夜兄ちゃんが?」と考えたが、そうであったら今までに晴明への怒りのツッコミが入らなかったのはおかしい、と思い直した。
「……ほっほ、儂のことなら気になさらずともよいですじゃ。儂はただの晴明様の護衛でございます故」
その瞬間、緋月と紅葉の知らない声が聞こえて、二人は再び後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。どうやら
「この声は玄武じぃの声なんよぉ〜」
不審げな表情で硬直した二人に、ハクはこっそり声をかけた。確か玄武は晴明の式神だったはずだ。
通りで動揺しない訳だ、と紅葉は一人納得していた。その時十六夜の「くえないジジィ」という評価が頭をよぎって、吹き出しそうになったのを何とか堪えた。
「おぉ、そうでございましたか……! それはご無礼を……と、色々話が逸れてしまいましたね。そろそろ本題に入りましょうか!」
声をかけたことは余計なお世話だったことを悟った道真は、深々と頭を下げて非礼を詫びる。そうして頭を上げた後、にこりと笑って緋月たちがここへ来た目的について触れようとした。
「そうそう! 今日アタシたちがここに来たのは、ちょっと前にあったコックリさん事件について話があって……って言っても、アタシはよく分からないんだけどね〜!」
宵霞は、話は伝わってると思うけど、と前置きをして語り始めた。とはいえ、彼女は現し世の案内役を買って出ただけであり、ほとんど事情が分かっていない為、晴明に続きを話すように目配せした。
「では、続きは僕から話そう。ご存知の通り、おそらくあれはその辺の低俗な霊の仕業などでは無く、強い怨念の仕業だと考えられる。僕たちはそれを解決する為にここまで来た、という訳だ」
満足そうにお茶を啜っていた晴明は宵霞の暗黙の指名を受けて微笑むと、改めて概要を話し始めた。
「えぇ、お話は伺っております! 私共は同胞やある程度の化生の者なら干渉が出来るのですが、人の怨念などとあらば干渉が許されておらず……どうしたものかと頭を痛めておりました」
晴明の説明に道真は大きく頷くと、腕を組んで目を伏せた。小さくため息を着く様はまさに困り果てている、ということを表していた。
「任せて! あたしたち陰陽亭は、妖怪とか怨念とかの事件を解決するのもお仕事だから!」
緋月は胸を張って一言。相手が神だとしても緋月はいつも通りの通常運転だ。最も緋月は近くにハクという存在があるせいで、神の存在が身近に感じられるのかもしれないが。
「それについてなのだが、もしそちらが良ければ何回か調査の場を設けて貰いたいんだ。良いかな?」
緋月の言葉を引き継ぐようにして、晴明はそう告げる。「どうもこの格好だと目立ってしまってね」と飄々と笑いながら暗に、目立たないよう予め周知してはくれまいか、と意図を言葉の中に埋め込んだ。
「なるほど、お任せ下さい! それについて、一つ私から提案があるのですが……」
道真は一度そこで言葉を切って全員の顔を見回すと、ニコリと笑って誰も思いもよらなかった提案を口にするのであった。
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