第59話 鬼退治 了
鬼退治から3日後の満月の夜。
俺と親父は縁側で月光浴をしていた。
「身体大丈夫?」
「あぁ、治してもらったからな」
親父はあの後、日の大半を寝て過ごすようになった。
なんでも、親父の治療をしてくれた御剣家専属医からの指示らしく、見た目元気そうだし、自分でトイレも食事もできるのに、じっとして体力を回復する必要があるのだとか。
縁側に座布団を敷いて胡坐をかく親父の姿を見れば、申告通り健康そうに見える。
左腕のギプスだけが、親父が怪我人であることを示している。
だから、親父と2人で話すのはあの日以来初めてだったりする。
「くっ」
親父は右手を左腕に当て、何とも言えない辛そうな表情を浮かべた。
中二病ではない。ギプスの中が痒くなったのだろう。
「あれ取ってくるね」
親父の返事を待たず、俺は寝室に置いてあった細い棒を持ってきた。
親父は「ありがとう」と言葉少なに感謝し、ギプスの隙間に棒を差し込んで腕を掻き始める。
俺はギプスをつけたことがないので知らなかったが、傍目に見ても不便そうだ。
痒くなるわ、シャワーを浴びるのも準備に手間がかかるわ、寝返りが打てないわで、なかなかに大変そうな生活を送っている。
親父の横顔をちらりと覗く。
腕の痒みを解消して人心地ついたのか、相変わらずの不愛想な顔で月を眺めている。
息子との憩いの時間だっていうのに、話題を振ってくることもない。
いや、何を話そうか迷っているように見える。
住宅街は既に眠りについており、我が家の寂れた庭が月明かりに照らされて
会話が途切れたことであたりは静寂に包まれ、時折吹く夜風が体の熱を奪っていく。
吐く息が僅かに白く染まり、冬の訪れを感じさせる。
薄雲が一瞬月を覆い隠し、俺は1人考えに沈んだ。
考えるのは、隣に座る男のことだ。
こんなどうしようもないほど不器用な男が、体を張ってまで俺のために頑張ってくれたんだよな。
かっこいい父親であるために、峡部家の名が俺の足を引っ張らないように。
……そこまで期待をかけられると逆に尻込みしてしまうのだが。
転生の優位を最大限活用してスタートダッシュを決めただけで、将来的に同年代の子供達に追いつかれやしないかと内心びくびくなのに。
まぁ……うん……そうだな。
転生直後に死ぬような試練を突き付けてきたり、突然貯金を浪費したり、報連相できなかったり、愛想が悪かったり、ダメなところの多い男だが、クソ親父の称号は撤回してやろう。
正直なところ、俺は最近までこの男を父親として認め
同じ男として、前世の自分より遥か年下の男を父と認めるのは……なんというか……こう、抵抗感を抱かせるものである。これは理屈というより本能のようなものかもしれない。
前世の父の偉大さを胸に刻んでいるので、なおさらだった。
しかし、しかしだ。
不器用なりにもこの男は俺への愛情を示してくれた。
父として恥ずかしくないよう、男を見せてくれた。
次代へ繋ぐため教え導いてくれた。
物理的に俺より大きい背中が、今になって本当の意味で大きく見える。
育児をしたことのない俺には分からない、様々な葛藤を乗り越えてきたのだろう。
だから、まぁ、うん、そろそろ認めてやってもいいだろう。
「お父さん」
「……なんだ」
わりと頻繁に伝えているけれど、こうして改まって言うのはちょっと気恥ずかしいな。
でもまぁ、頑張った父親にはご褒美があるべきだろう。
「いつもありがとね」
「……あぁ」
再び静寂が訪れる。
薄雲はいつの間にか流されており、天高く昇った満月が夜闇を払い、風流とは程遠い我が家の庭を照らし出す。
言いづらいことを言い終えたからか、先ほどと景色が違って見える。
普段は栄枯盛衰を感じさせる物悲しい庭も、月明かりによって生まれた陰影が芸術的な風景を作り出し、とても興味深い。
ボーっと眺めているだけでも右脳が活性化しそうな気がする。
1人ならそれでも良かったが。
「ところで、
「マグネシウムという金属の一種だ。あの陣は、大地にその特性を疑似的に付与する効果があり――」
やはり、俺達
こういう関係もまた、いいのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます