第44話 期間限定霊力激増イベント延長戦 終了


 真守君へアドバイスをしたあの日から1ヵ月が経った。


 結果から言うと、真守君は授業を抜け出さなくなった。

 感覚派な彼には印を結ぶ効果が大きかったようだ。我ながらいい仕事をしたと思う。

 その甲斐あってか、真守君の俺に対する友好度がアップした。


「ひじり、それ取って」


「はい」


 無言の時間が続く……。

 依然会話内容は事務的だが、これは大きな進歩だ。

 何せ、俺の名前を呼ぶようになったのだから。

 だいたい人の名前など覚えなくとも、「ねぇ」と呼びかけて、二人称を使えば会話は成り立つ。人の名前を覚えるのが苦手だった俺は、親しい人以外そうやって名前を覚えずに生きてきた。

 それにもかかわらず、真守君は俺の名前を呼んでくれるのだ。大いなる進歩である。


「見てひじり」


 真守君がそわそわしている。

 俺に声を掛けた真守君は、おもむろに鞄から画用紙を取り出し、新作の絵を見せてくれた。


「おぉ、水族館に行ってきたのか。すごい、綺麗」


 先週の日曜日に家族と水族館へ行ってきたらしく、絵の中には両親と兄の後ろ姿があった。

 人や魚はリアルかつ光源を意識した陰影まで描き込まれている。背景も遠近法を用いて正確に、彼が見た美しさそのままを落とし込んでいた。

 まだ拙さを感じるが、この年齢にしては破格の表現力だ。少なくとも人生2度目の画伯が描いた家族の絵よりずっと秀逸である。


「……ありがとう」


 はにかむ彼の姿は、数か月前からは想像できなかった。

 共に問題を乗り越え、友情を育む……王道である。


「幼稚園では描かないの?」


「見られるの、やだ」


 こんなに上手くて大好きな絵を休み時間に描かないのはどうしてか尋ねれば、彼はいつもそう答える。

 彼はわずか4歳にして、もう既に一端の芸術家となっていた。


「絵の描き方、誰かに教わってるの?」


「毎日おえかききょうしつ行ってる」


 4歳で習い事?

 ちょっと早いような、でも今時普通なのか?

 オリンピック選手は子供の頃から英才教育を施されるっていうし。なにより陰陽術習っている俺が人のこと言えない。


「楽しい?」


「たのしい」


 先生に恵まれたのか、本人の才能か、彼の絵は見るたびに成長している。

 俺も負けてられないな。


 呪文の暗記と陣の練習、祭具の勉強などなど、陰陽術教育は順調に進んでいる。

 この調子で頑張っていけば、きっと立派な陰陽師になれるだろう。

 ただ1つ懸念があるとしたら、それは不思議生物の捕獲量減少である。


「今日も1匹だけか」


 幼稚園から帰ってきた俺は、リビングで呪文を書き写しながら触手罠を張っていた。

 だが、3時間経っても1匹しか掛からない。少し前なら6匹くらいは手に入ったのに。

 この現象はおんみょーじチャンネルを見始めた頃と似ている。

 俺が強くなりすぎたか、大人に近づいたせいか。そろそろ彼らへの干渉、もとい期間限定霊力激増イベントが終わるのだろう。


 生まれたばかりの頃ならいざ知らず、現状俺が保有する霊力と比べれば、不思議生物1匹で増える霊力なんて微々たる量だ。だが、4年以上続けていた不思議生物吸収はもはや習慣と化していた。


「お腹が空いたのですか? 夕ご飯はもう少し先ですよ」


「お腹は空いてないよ。どうして?」


「お口がもごもごしていましたから」


 俺も気づかぬ間に口寂しくなっていたのだろうか。

 あの言葉にできない歯ごたえや舌ざわり、霊力が増えてゾワゾワする感覚———気持ち悪いと思っていたそれらが、今では馴染み料理の如く思えるのだから不思議だ。

 トリュフ・フォアグラ・不思議生物。世界三大珍味に加えていいと思う。


「にぃ、ぼくのボーロあげる」


「ありがとう優也。お兄ちゃん嬉しいよ。よーしよし」


 優しい弟の頭を撫でれば、きゃっきゃと声をあげながら俺の手を掴んでくる。

 うん、不思議生物よりこっちのお菓子の方が美味しい。家族の愛は最高の調味料である。


 3歳になった優也は完全に不思議生物の脅威から逃れた。

 1歳を過ぎたあたりで激減し、2歳になったら3回もなかったっけ。

 もう弟が突然死することはないだろう。


 ひな鳥のように俺の後ろを追いかけてくる弟は優しい子に育ち、こうして他者を思いやれる。

 お兄ちゃん頑張った甲斐があったよ。不思議生物も捕まえられたし、一石二鳥。


「おふだビューンってとばすやつ、やって!」


「こら、お兄ちゃんは勉強中ですよ。邪魔してはいけません」


「大丈夫だよ、お母さん。ちょっと手が疲れてきたし、札飛ばしの練習してくる」


 可愛い弟にお願いされては断れない。

 俺はひな鳥を引き連れ、自作の札を片手に中庭へ向かう。


「いくぞ、ビューン!」


「びゅーん!」


 俺が札を飛ばすのに合わせ、優也は紙飛行機を投げた。

 面白そうなものを操っている兄を見て、弟が「自分も飛ばしたい」と言い出すことは分かっていた。

 霊力の無い優也に札は操れない。なので、苦肉の策として紙飛行機の作り方を教えてあげた。

 素直な優也はそれで満足してくれた。

 まさか将来の夢になるとは思わなかったが。


 プロの投げた紙飛行機ならいざ知らず、3歳児の投げる紙飛行機などすぐに落ちてしまう。それに対して、俺の豊富な霊力を込めた札が延々と飛び続けたら優也が拗ねてしまうだろう。


「さぁ~、行くぞ~。そろそろ行くぞ~……ビューン!」


「びゅーん!!」


 もちろん、そこは俺がフォローする。

 札に描いたもう1つの陣から風を発生させ、紙飛行機を再度空へ飛び上がらせるのだ。

 掛け声を上げれば弟はテンション爆上げでノッてくれる。

 サービスのし甲斐があるというもの。


 もちろん俺にとってもいい練習になる。

 陣の描き方ひとつでその効力は変わってしまう。この描き方は正解なのか、どの程度霊力を使用すればどの程度の出力を得られるか、札飛ばしと風の陣の並行起動などなど、遊びながらトライ&エラーで学んでいるのだ。


 特に、込める霊素の種類によって陣の効果が激変するから、しっかりと把握せねばならない。

 第陸精錬宝玉霊素を使ったあの初戦闘時、俺はがむしゃらに霊素を込めて起動しただけだった。体調が最悪だったとはいえ、今思えばあれは酷かった。

 正しく陣の効果を発揮するには、しっかりと霊素の性質を考えて選び、陣を制御しなければならない。


 いずれ来る戦いの時に備えて、俺は今日も陰陽術を鍛えるのだった。


「ねぇねぇ、もういっかい! もういっかい!」


「仕方ないな……それビューン!」


「びゅーん!」

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