第43話 凹凸な才媛 side 雫
「しずくちゃん、あのね、おかあさんがね、このシールをね、かってくれたの」
「そうですか。私に報告する必要はありませんよ。それと、もっとハキハキと話してもらえますか」
「しーちゃん、いっしょにおままごとしよう」
「遠慮させていただきます」
「うわぁぁぁん、うわぁぁぁぁ」
「どうして泣いているのですか。理由を説明してください。説明してもらわねば対応しかねます」
両親や我が家で働いてくれている使用人たちとは会話が成り立つのに、同年代の子供達の支離滅裂な言動が理解できない。
「
周りの大人たちから学んだ話し方も、子供達からすると「変」なのだそうだ。
それはおかしい。
子供達が最終的に目指すべきは大人のような言動のはず。
なぜ、大人からかけ離れた言動をする子供達の方が、自分は正しいという確信を得ているのか。
「……理解できません」
両親や使用人たちは私の行動を褒め、肯定してくれます。
間違いなくこの選択は正しいはず。
ですが、どうしても彼らの「変」という言葉が気にかかります。
そんなときに出会ったのが、峡部さんでした。
「はじめまして、峡部 聖です」
彼の話し方は、他の子供と違って大人のそれと同じものでした。
本人は演技をしているつもりのようですが、一目見れば分かります。
峡部家の皆さんと別れてすぐ、お母様が私に言いました。
「雫さん、先ほどご挨拶した聖さんと仲良くしてくれませんか。彼は陰陽師界の次代を動かす人物になり得ます。ぜひとも源家、ひいては安倍家に助力していただかねばなりません」
私も母のおっしゃることはよく理解できます。
私も最近札飛ばしを出来るようになりましたが、あの速度と精度は異常です。
生まれた瞬間から昼夜関係なく人生を全て陰陽術に費やさねば、この年齢であの領域にたどり着くことは出来ないでしょう。
そんなことはあり得ません。となれば、彼は間違いなく陰陽術の天才ということ。
安倍家のような特異な環境以外では発生し得ないイレギュラーです。
「今度のお茶会に招待するので、その時は頼みますよ」
「はい、お母様」
峡部さんなら、あるいは———
「やはり、同類ですね」
お茶会当日、遠目から観察しただけでも分かりました。
彼の言動は大人と同じものです。
弟の面倒を見る様子は、私のお世話をしてくださる使用人さんと同じものを感じました。
ただ、なぜあそこで1人立ち止まっているのか、理解できません。
直接聞いてみましょう。
「何か考え事ですか?」
「いえ、何で遊ぼうかと悩んでいました」
嘘ですね。
峡部さんの眼は子供だましのおもちゃに微塵も興味を抱いていない。
何かを誤魔化している……。
「懇親会以来ですね。源さんはお元気でしたか?」
「はい、峡部さんもお元気そうで何よりです」
今、私の名前を思い出せず、苗字を選択しましたね。
一瞬口調に揺らぎがありました。
「本日はご招待いただきありがとうございます」
「いえ、私は何も。全て両親が準備したものですから」
出来ている。
私が理想とする会話が成り立っている。
大人たちがするような、正しいやり取りができている。
彼は、同類だ。
「突然ですが、峡部さんに1つお尋ねしたいことがあります」
「なんでもお聞きください」
「では、遠慮なく」
今のワンクッションが、子供達には決して真似できない。
心地よい流れです。
「ここにいる子供達をどう思いますか?」
「………どういう意味でしょうか」
理解していただけなかった……いえ、質問が抽象的過ぎましたね。
これでは回答の選択肢が多すぎました。
2択に変更しましょう。
「ここにいる子供達、いえ、同じ年頃の子供達が、あまりに幼稚に見えませんか?」
今度は伝わりました。
やはり、彼も同じことを考えたことがあるのですね。
でなければ、今の表情は出来ません。
少し思案した後、峡部さんが答えを出しました。
「そうですね、貴女と比べたら幼稚かもしれませんね。でも、それでいいのでは?」
それでいい……つまり、諦めろということですか。
この疑問は解決する必要がないと?
ならば、私は最初から質問などしません。
「………貴方はおかしいと思わないのですか」
「おかしいのはどちらかというと私たちの方ですよ。だから、気にする必要はないかと」
………
…………
………………
彼の答えを聞き、私の考え方は変わりました。
同年代の子供達と会話が成り立たないといっても、それは今だけの話。2つの意味で
ならば、
「なるほど、確かに気にする必要はなさそうです」
「私の意見が源さんの役に立ったなら幸いです」
他者に変化を求めることは不毛ですね。
今思えば、何故私はこのような些事を気にしていたのでしょうか。
峡部さんのおかげで視点を変えることができました。
「ところで……私の名前は
「あっ……峡部 聖です。お気遣いありがとうございます」
いえ、問題ありません。
忘れたのならば改めて覚えていただけばよいだけですから。
その後、母の指示に従い、招待客全員の目の前で一緒に遊び、峡部さんと仲良くするという仕事を完遂しました。
驚いたことに、家族や身内の大人以外で初めてトランプの勝負が成立しました。
最後の指の動きは明らかに異常でしたが、イカサマを証明しようがありません。
ただ、次は負けません。
峡部さんと別れ、私は招待客の中で最も源家と関係の深い伊藤さんへ挨拶に向かいました。
「伊藤さん、ようこそいらっしゃいました。楽しんでいただけていますか」
「え? えーと、楽しいよ」
「それは良かったです。引き続きお楽しみください」
「え、なに?」
次の招待客へ向かいましょう。
先ほどの子も私と話しながら“変な子”と思っていたようですが、何も問題ありません。
気にする必要のないことですから。
彼らが伝えようとしてくることをこちらが理解できていれば、それで十分でしょう。
いつか彼らが大人になるまで、私は私のすべきことをすればいい。
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