第42話 源家の才媛


 弟の分まで羊羹を平らげ、最後にお茶でお口直し。


「ごちそうさまでした」


 ふぅ、美味しかった。

 さてさて、優也は何をしているのかな。

 俺が振り返れば、そこには女の子と一緒に遊ぶ弟の姿があった。


「ゆーやくんはしょうらい何になりたい? わたしはねー、お花やさん」


「ぼくはひこーき!」


 精神面の成長に著しい差が出ている。

 そうか、女の子はもう将来の夢を持っているのか。


「優也は自力で友達作ってるし、俺は俺で交友を……と、その前に調査しよう」


 安倍家の懇親会で触手をこっそり振ってみたが、誰にも気づかれなかった実績もある。

 ちょっと触手を這わせるくらい問題ないはず。


 俺は触手に髪の毛を1本掴ませて遠くへ伸ばしていく。

 最大限まで伸ばしたところで罠を設置し、しばらく放置———


「すごい、たくさん居る」


 罠を設置してから1分と経たず、不思議生物が一気に2匹もかかった。

 擦れていない魚のような警戒心の無さ。

 やはり陰陽師の家には不思議生物が多くいるのだろう。もしかしたら権力を持つ陰陽師はそういう土地や家を占有しているのかもしれない。結果として赤ん坊の頃から霊力に差がつき、実力の差が実績の差に繋がり、さらに権力を得る……。

 どこの社会も厳しい現実が聳えているのは変わりないか。


 となると、安倍家にはもっとたくさん居たのかな。

 あの時は現役陰陽師が多すぎて罠を張るのはさすがに躊躇われたが、試してみればよかった。


「何か考え事ですか?」


 そう問いかける幼女の声が右耳に届く。

 俺の触手を踏みつける感触から、子供が近づいて来ていることには気づいていた。


「いえ、何で遊ぼうかと悩んでいました」


 誤魔化しながら声の主と相対する。

 そこには俺より少し背の高い着物幼女が立っていた。

 その着物はついさっき見たものと同じデザインで、顔立ちもまたついさっき見た人にとても似ていた。

 ただ、表情筋が全く仕事をしていないため、受ける印象は大きく異なる。


「懇親会以来ですね。源さんはお元気でしたか?」


 彼女こそ源家の長女、源……源……あれ、しずかじゃなくって、それに近い名前の……なんだっけ。しずかが頭の中から離れてくれない。

 えーと、名前何だっけ。見た目に合ったクールな印象の名前だったような。


「はい、峡部さんもお元気そうで何よりです」


 お手本のようなやり取り。

 けれど何か違和感を感じる。

 そう、それは子供2人がこんな会話をしている事実がまずおかしい。


 俺は前世で爺さんになるまで生きてきたが、この子は確か俺と同い年。

 4歳にしては随分理知的な話し方をする。

 幼稚園の同級生たちはもっとひらがな多めな発声をするぞ。


「本日はご招待いただきありがとうございます」


「いえ、私は何も。全て両親が準備したものですから」


 ほらやっぱり。この子、他の子と比べて随分賢い。

 久しぶりに同じ背丈の相手とまともな会話をした気がする。


 彼女の淡々とした話し方は、同僚の女性が仕事の事務連絡をしてくるようで懐かしい気分になる。

 ちなみにその女性はイケメンに対してだけ声がワントーン上がる。


「突然ですが、峡部さんに1つお尋ねしたいことがあります」


 というか、彼女の話し方につられて自然と大人対応してしまった。

 普段は4歳児らしく振舞っているつもりだが、今更幼児モードへ変えても違和感が出てしまう。今はこのままでいくしかないか。


「なんでもお聞きください」


「では、遠慮なく」


 テーブルとおもちゃ箱の間、他の子供の邪魔が入らないこの位置で、突然話しかけてきた彼女の意図はいったい?

 招待客をもてなすなんて子供の仕事じゃないだろうし……まさか、陰陽術を使って俺の触手が見えたとか?


「ここにいる子供達をどう思いますか?」


「………」


 質問の意図が読めない。

 というか、4歳児のする質問じゃないんだが。

 まさかこいつも、俺と同じ転生者か?


「どういう意味でしょうか」


「ここにいる子供達、いえ、同じ年頃の子供達が、あまりに幼稚に見えませんか?」


 俺も貴女も十分幼稚な外見をしてますよ。

 なんて答えは期待していまい。


 幼稚か……幼稚園に通う年頃の子供なんだからそれで正しいのだが、彼女にとっては異質に見えるのだろう。

 お花屋さんの幼女とは比較にならないくらい、精神面の成長が早いのかもしれない。


 彼女の力強い目を見ればその予想が一番しっくりくる。

 俺みたいな前世持ちというチートではなく、彼女は生まれながらの天才なのだ。


「そうですね、貴女と比べたら幼稚かもしれませんね。でも、それでいいのでは?」


「………貴方はおかしいと思わないのですか」


「おかしいのはどちらかというと私たちの方ですよ。だから、気にする必要はないかと」


 とか言ってみたが、この答えで良かったのだろうか。凡人には天才の求めるものが理解できない。

 俺の答えを聞いた彼女は、無表情なまま俺を見つめてくる。

 母親譲りのつり目がきつい印象を与えるが、もっと成長して顔立ちが変われば美人になるだろう。

 今は子供特有のぷっくりした顔だからつり目が似合わないが、頭身の変化と共に顔もほっそりしてくるはず。

 明里ちゃんがたぬき顔な可愛らしさを秘めているのに対し、この子はきつね顔でクールな美女へと成長する可能性を秘めている。

 彼女のお母さんも美人だったし間違いない。女優だったら極道の妻役とかが似合いそうな感じ。


 母親と同じく後頭部で黒髪をまとめているので長さは分からないが、俺と同じく伸ばしているだろう。陰陽術において髪は切り札となるから。


 俺が観察している間に何らかの結論を出したようで、彼女は1度小さく頷いて話し始めた。


「なるほど、確かに気にする必要はなさそうです」


「私の意見が源さんの役に立ったなら幸いです」


 彼女の頭の中はいったいどうなっているのやら。

 どんな頭脳を手に入れれば4歳で自分と他者の差異に悩むんだ。

 そういう疑問は中学2年生か高校生の頃に生まれるものだろう。


「ところで……」


 凡人な俺とは違う、前世でも巡り合わなかった天才との邂逅に驚く俺へ、彼女は言った。


「私の名前はしずくです。覚えていらっしゃらないようなので、改めて名乗らせていただきました」


「あっ……峡部 聖です。お気遣いありがとうございます」


 恥ずかしさのあまり意図せず声が小さくなる。

 待って、なんでバレた。

 俺の心読まれてる?

 それとも天才なら読心術標準装備なの?


 上には上がいる。

 人生2周目でも勝てそうにない天才とこんなところで会うとは思わなかった。

 しかも相手は生まれながらにして金と権力を持っている。

 ついさっき、周りを気にするなとか言っておきながら、俺はひしひしと格差を感じていた。


「峡部さん、手持ち無沙汰なら、あちらで一緒にトランプをしませんか」


「喜んで。……といいたいところですが……私に構っていていいのですか。他にもたくさんお客さんがいるのに。源さんはお忙しいのでは?」


 もうこの幼女は幼女だと思わない。

 大人と思って対応しよう。大人なら招待客を接待しなければいけないはずだ。

 ここにいる子供達は峡部家よりもずっと金持ちで権力のある家の出身である。

 彼らの方が優先順位は高いに決まっている。


「いいえ、問題ありません。では、こちらへ」


 俺の発言をバッサリ斬り捨て、彼女は大人たちのいる部屋に近い位置で座り込んだ。

 使用人さんがいつの間にか座布団を用意し、俺も正座で向かい合う。

 お茶会に来ている有望そうな子との交流は後回しになりそうだ。


「では、何をしましょうか。2人だと出来るものが少ないですね。他の子も呼んで——」


「いいえ、2人でやりましょう。スピードはいかがですか」


 源さんは強かった。

 脳みそのスペックが桁違いで、俺よりも判断スピードが明らかに早い。

 俺がこのカードを出そうと思った時には、既に源さんのカードが投げられている。


 最後には意識的身体強化でゴリ押ししなければ勝てなかった。

 完全に大人げないことをしてしまった。

 誰だよ、遊びに勝ち負けなんて関係ないって言ったやつ。


「同年代の子とトランプをして、初めて楽しいと感じました。お付き合いいただきありがとうございました」


「いえ、私の方こそ楽しませてもらいました」


 こうやって遊びに全力を出すのも久しぶりだ。悪くなかった。

 彼女は「失礼します」と挨拶をし、近くにいた女の子へ話しかけていた。

 恐らく、挨拶回りでもするのだろう。


 みなもと しずくの名を頭に刻み、俺も懇親会で出会った有望株に近づくのだった。



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