第41話 お茶会



 幼稚園に通う日常にも慣れた頃、お母様から珍しく外出のお誘いを受けた。


「聖、今度の土曜日、みなもと様の御家でお茶会が開かれるのですが、一緒に行きませんか」


 源……その名字で俺が知っているのは、猫型ロボットの名を冠するアニメのヒロインと、長年にわたって安倍家を支えている御家だけなのだが……。

 えっ、陰陽師界における大御所中の大御所じゃないですか!

 子供番組のはずのおんみょーじチャンネルでも紹介しちゃうくらいのVIP。


「ほら、懇親会の最後にご挨拶した奥様がいたでしょう。あの方です」


「うん……。え、あの人?」


 懇親会の終わり際、お母様に連れられて沢山の奥様方と挨拶した。

 そのときお母様は息子をママ友にでも紹介するような気軽さで挨拶していた。

 てっきり峡部家と同じくらいの家格かと思っていたら、あの時の源さんが源様だったのか。

 大丈夫かな、失礼な事とかしてなかったっけ。


 そして、今回のお茶会……お茶会って実在するんだ……。


「お茶会って何をするの?」


「お茶やお菓子を食べながらお話する集まりです。子供たちは自由に遊んでいていいはずですが、陰陽師の御家となると少し勝手が違うかもしれませんね。でも、聖はとってもお行儀の良い子ですから、心配いりません」


 お母様から向けられる信頼が心地よい。

 えぇ、もちろんお行儀良くしますとも。


 懇親会で招待された奥様方とその子供たちが集まって、さらに交友を深めるということか。

 もしかしたら懇親会で話しかけた将来有望そうな子供達も来るかもしれない。

 将来のコネクションを得るためにも、行かない手はない。


「行く」


「分かりました。源様も是非にとおっしゃっていましたから、優也と3人で行きましょう」


 こうして次の土曜日、俺は源家に伺うこととなった。


~~~


 お茶会当日。

 俺はてっきり公共交通機関を乗り継いで向かうものだとばかり思っていたが、今回に限っては違うらしい。


「お待たせいたしました。どうぞ、お乗りください」


「お迎えありがとうございます。さあ、聖、先に乗ってください」


 今回はなんと、源家から送迎の車が出ていた。

 源家専属運転手と名乗る男性が俺達のためにドアを開けてくれる。

 こういうのって大会社の社長とか、そういうVIPが受けるサービスじゃないか。

 まさか、陰陽師のプロフェッショナルになる前に体験できるなんて。


 俺は感動しながら車に乗り込んだ。

 お母様からすれば、初めて自家用車に乗る俺が興奮しているように見えたことだろう。

 実際、優也は初めて乗る車に大興奮だ。お母様に座席へ上らないよう注意されるほど。


「それでは、源家へ出発します」


「お願いします」


 さっきから運転手に対するお母様の言動がやけに手馴れている。

 うすうす気づいていたが、お母様っていいところのだったりするのか?

 なぜかいつも丁寧語だし、ちょっとしたパーティー用の服を事前に持っていたし、常にお金持ち特有の余裕を感じさせるオーラを纏っている。我が家はボロいのに。


 父方の祖父母は天に召されたと聞いたが、母方の祖父母は会ったことも聞いたこともない。

 今度お母様に聞いてみるとしようか。


 車はリムジンでこそないが、静音性の高い快適な高級国産車。

 前世では中古車しか買わなかった俺からすれば縁遠い代物である。

 専属運転手を雇っていることといい、源家の財力が感じられる。


「くるま、はしってるよ。はやいはやい!」


「窓に顔を付けちゃダメだよ」


「はーい」


 優也も俺の真似をしているおかげか年齢の割に落ち着いている。

 粗相をしたりしないだろう。


 たとえ何かミスをしたところで「子供だから」という最高の免罪符を持っている今、恐れるものは何もない。

 恐れるのは社会人2年目になってからで十分だ。

 今は前進あるのみ。


「あちらに見える黒い屋根が源家の御屋敷です。もうすぐ到着いたします」


 運転手さんの声で前を向くと、山の麓に黒い瓦屋根の日本家屋が見えた。安倍家と同じく広大な敷地に手入れされた庭、歴史を感じさせる母屋、そのどれもが源家の権勢を表している。

 そんな安倍邸のダウングレードバージョンを目の当たりにしてふと思った。


「不思議生物たくさん居そうだな」


 今の俺には不思議生物は全く見えない。しかし、触手と霊力充填抜け毛を使えばそこに不思議生物がいるかどうかは分かる。

 その結果、幼稚園や公園には1匹もおらず、俺の家や殿部家には居ることが判明した。

 陰陽師の家には不思議生物がいる。もしかしたらその逆に不思議生物がいる場所に家が建てられたのかもしれない。とても興味のある疑問だ。

 お茶会中に罠を張ってみようかな。

 最大距離まで延ばして入れ食い状態なら、不思議生物が多いと判断できる。


 分かったからどうということはないが、陰陽師に関する謎は全て解き明かしたい。

 純粋な知識欲を満たすため、暇を見つけて実験してみることにした。


「ご乗車お疲れさまでした。到着です」


「ありがとうございます」


「「ありがとうございます」」


 とりあえずしっかりと挨拶が出来た弟の頭を撫でておいた。

 運転手さんにドアを開けてもらって車を降りれば、なんだか本当にVIPになった気分だ。


 開放されている玄関をくぐると、安倍家同様使用人が出迎えてくれた。俺達は彼女の案内に従い、日本庭園に面した廊下を渡り、お茶会会場へ。


「ようこそいらっしゃいました。聖さん、麗華さん、優也さん。またお会いできる日を楽しみにしておりました」


 俺達の前に来たであろう奥様との会話を切り上げ、お茶会の主催者である源家の奥様が歓迎の挨拶をしてくれた。

 明らかに質の良い着物を身に纏い、それを自然と着こなしている。気の強そうなつり目ときちっとまとめられた艶やかな黒髪が、仕事のできるOL感を醸し出す。

 お母様と同じくらいの年齢で、既に大御所の妻に相応しい品格を持っていた。


 そんな厳しい印象を抱きやすい外見なのだが、初めて挨拶したときから常に笑顔を浮かべており、高い地位に反して親しみやすい印象を抱かせる。

 気の強そうなつり目とのギャップで、男ならクラッときてしまいそうだ。

 源家の当主もきっと、この笑顔にやられたに違いない。


「聖さんが来てくださって嬉しいです。娘も、聖さんにお会いできるのを楽しみにしていたのですよ」


「は、はぁ……本日はお招きいただきありがとうございます」


 挨拶の後の第一声、源様はお母様じゃなくて俺に話しかけてきた。

 びっくりした。思わず4歳児とは思えない社会人挨拶しちゃったじゃないか。


「いたたきありがとうございます!」


「うふふ、懇親会でも思いましたが、峡部家は子供への教育が行き届いておりますね。娘にも見習わせなければ」


「いえいえ、私たちは何も。子供たちが自分の力で日々成長していて——」


 子供を会話のフックにして母親談議が始まった。

 さすがは大御所の妻、如才ない。


 ここまで連れてきてくれた使用人さんが「子供たちは隣の部屋へどうぞ」と案内してくれて、手持ち無沙汰から解放された。

 子供達の遊び場は奥様方の集う部屋と繋がっていて、襖を取り払うことで完全に視界が通る。何かあってもすぐに駆け付けられる状況だ。


 もっとも、使用人という名の保母さんが部屋の隅で目を光らせているから、そんな心配無用なのだが。


 俺達が到着したときには既に10人くらいの子供たちがいた。

 半数は座布団に座ってテレビを見ながら大人しくお菓子を食べ、半数はおもちゃを広げて遊びに興じている。

 優也と手を繋ぎながら、さてどちらに混ざるかと思案していると、使用人さんが声を掛けてきた。


「聖君と優也君ですね。おやつの時間なので、こちらへどうぞ。お菓子を食べ終わったら自由に遊んでいいですよ」


 お茶会に相応しいおやつ時。

 子供達も疑似お茶会といったところか。

 使用人さんの指示に従ってテーブルへ向かう。

 俺達が座布団に座れば、使用人さんがサッとお茶の入ったコップとお菓子を差し出してくれた。


「にぃ、これ何?」


羊羹ようかんだよ」


 子供に出すものなのか?

 俺が羊羹の良さに気が付いたのはだいぶ歳を取ってからだったぞ。

 このほのかな甘さと口いっぱいに広がる小豆の風味、うん……美味しい。これ絶対高級品だ。別の意味で子供に出すようなものじゃない。

 お茶も羊羹に合うようセレクトされている。たぶん高級品。

 これが金持ちのおもてなしか。


「おいしくない……」


 そうだよね。食べ慣れない味だよね。

 子供にはクッキーとかの方がいいよね。


「残りはお兄ちゃんが食べるから。遊んできていいよ」


 優也はごめんなさいの顔でおもちゃ箱へ歩いていった。

 食べ物は大切に、ってお母様から教わってるから。


 先に座っていた子供たちを見てみれば、テレビに夢中になって手を止めている子は居ても、羊羹を忌々しく見つめる子はおらず、みんな美味しそうに食べている。

 なんとなく食べ慣れているような印象。余所の陰陽師宅はどんな食生活をしているのか、ちょっと覗いてみたい。

 殿部家はうちと似たような一般家庭だったのだが……。



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