第35話 主人公とライバルキャラ


「お兄様が負けた」


 その声は静かな大部屋にやけに響いた。

 いつの間にか女の子たちや母親たちも俺たちの戦いを見ていたらしい。

 女の子の中心にいた明里ちゃんが事実をぽつりとつぶやいたのだ。


 その声を受けて我に返った晴空くんが周囲を見渡し、問いただす。


「誰だ!」


 俺だ。


「はじめまして。峡部家の嫡男、峡部 聖と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 俺はどこぞのドラマで見た優雅な感じのお辞儀をする。

 狙い通りである。

 これで印象的な挨拶ができた。下手に集団に紛れたりしなくて正解だった。


 さて、自分を負かした相手に彼はどう出るか。

 今更ながら心の中で「嫌われたらどうしよう」とか囁く自分がいる。

 俺は頭を下げたまま反応を窺った。


「お前凄いな! 次は負けないぞ!」


 なん……だと……。

 最悪の場合、癇癪を起して走り去るかもと思っていたのだが、なんだこの主人公ムーブは。

 これでは完全に俺の方がライバルキャラじゃないか。あっ、それが狙いだったっけ。


「何をしている! みんなも早く紙に力を込めろ!」


 そして、周囲の子供達のことも忘れていない。

 この言動で理解してしまった。

 あぁ、有名人を目指す俺とは違うんだ。こいつは生まれた時から人の上に立つ存在なんだ、と。


 羨ましい限りである。

 この歳ですら人間性では勝てそうにないので、やっぱり俺は霊力を磨くほかあるまい。

 そろそろ精錬で次の段階へ行けそうな気がするんだ。負け惜しみじゃなく。


 晴空くんの号令によって再び鬼ごっこが始まる。

 俺は適度に他の男の子が操る人形代に捕まり、鬼になったら晴空くんを追うようにした。

 晴空くんは嬉々として逃げ、鬼になったら俺を追い、追いつけないと判断したら近くにいる相手を不意に狙う。


 さすがに精神的大人として、これ以上大人げないことは出来ない。

 全員が楽しめるように俺はゲームコントロールの方に注力した。


 その甲斐あって、みんな楽しそうな顔をしている。

 俺は俺で、楽に霊力操作をしている有望な子に近づいて話しかけたり、結構有意義な時間となった。


 だが、俺としてはそろそろメインターゲットにコンタクトを取りたいところ。

 どうにかして明里ちゃんと仲良くなれないだろうか。


 明里ちゃんが可愛いのは間違いない。テレビに出演している子役よりもずっと魅力的で、将来美人になることも確定的だ。なぜなら、彼女のお母さんも美人だから。

 ぜひともお近づきになりたい。恋は盲目というが、明里ちゃんとどうやって話すかで俺の頭はいっぱいだ。


 そんな盲目な俺でも目の前の光景くらいは映っている。

 人形代がビュンビュン飛ぶ光景にヒントを得た俺は、使用人さんにお願いする。

 そのお願いはすぐさま叶えられた。さすが安倍家の使用人、優秀だ。


「紙をどうされるのですか?」


「見ていてください」


 俺は30枚ほどの紙に霊力を込める。

 たっぷりと霊力を込めたところで目を閉じ、頭の中で望む結果を念じる。


「も、文字が浮かび上がって……!」


 霊力にはいろいろな使い方がある。

 エネルギーの塊である霊力を励起させれば、紙を焦がすことくらい簡単だ。クソ親父に教わった小技である。


 仕込みが完了した紙を霊力で操り、折り紙の要領で蝶々の形に折る。

 30枚が同時に折りたたまれる光景はなかなか目に面白い。


 完成した蝶々は本物の蝶々のようにひらひら舞いながら、女の子達の下へ舞い降りる。


「わぁ、なにこれ!」


「チョウチョだぁ」


 彼女たちの肩や掌に止まった蝶々を、霊力操作でゆっくりと開いていく。

 するとそこには、俺からの挨拶文が書いてある。

 自然と男女別れてしまった現状、女の子の方へ俺だけが挨拶すると男の子の間で浮いてしまう。

 これならば男子に知られることなく、なおかつオシャレに挨拶することが可能。飛び回る人形代が良いヒントになってくれた。

 果たして、その成果は上々であった。


「わぁ、おてがみになってるぅ」


「なんてかいてあるんだろう」


 蝶々から姿を変えたお手紙。手にした女の子たちは互いに見せ合いながら、口々に感想を交わしている。

 まぁ、全員同じ文面なんだけど。

 最後の1行だけ占い風に“ラッキーカラー<赤>”みたいなのを書いた。子供の頃女の子の間で占いが流行っていたのを思い出したのだ。


 ただ1人、本命のあの子にだけは文面をかなり凝った内容にした。

 彼女が食いつくだろう絵を添えて。


 その狙い通り、彼女は女子の輪から外れて1人俺の下へ来てくれた。

 あらかじめ傍に寄っておいて正解だった。


「この絵はなぁに?」


 あぁ、小首を傾げる仕草が様になっている。誰か写真撮ってくれないかな。

 手紙に描かれた卵の絵。

 これこそ俺が仕掛けた、彼女が気になるだろう代物。数少ない彼女との共通点と思われるもの。


「これは俺の霊獣の卵です。もう模様が付いたんですよ」


「うそ! だって、おとうさまがわたしが10さいになったらもようが出るっていってたもん」


 俺の予想は当たった。

 やはり、安倍家の子供には霊獣の卵が与えられていた。

 そして、俺の描いた霊獣の卵には模様がついている。これは卵のことを知っている者ならば違和感を覚える。逆に卵を持っていなければただの絵でしかない。

 5000万円のもとはこうして取り戻さねば。


「嘘じゃありませんよ。この絵のように模様が出ているんです。よろしければ、今度私の家に遊びに来てください。見せてあげますよ」


 ふっ、完璧な会話の流れだ。

 もしかして彼女が俺の脳内脚本を読んでいたのではないか、と疑うほどに。


 この一連の会話によって、彼女と次に会うきっかけを作れた上に、陰陽師界のトップへ俺の霊力が優れていると自然な形で分かりやすく伝わることだろう。

 我ながら完璧な展開である。


 こうして、俺はうまいこと安倍家の子供達と知己を得ることができた。




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