思わぬ来訪者

 クラウディア皇女と共に入国したヘカテイア教団の連中によるテロ事件から今日でちょうど一か月。

 王都もようやく復旧が完了し、国民は落ち着きを取り戻し始めた。


 そして。


「小公爵様、皆様、大変お世話になりました」


 そう言うと、クラウディア皇女は優雅にカーテシーをした。


「あ、あはは……といっても、すぐにお会いすることになりますが……」


 クラウディア皇女を見ながら、僕は乾いた笑みを浮かべる。

 そう……ようやく彼女はこの屋敷を出ていくことになったんだけど、結局、ブリューセン帝国へは帰らないことになった。


 というのも、ブリューセン帝国におけるヘカテイア教団の排除がまだ終わっておらず、まだ帰国できる状態ではないとして、クラウディア皇女は王国内に引き続き留まることになったのだ。


 ただし、マージアングル王国が誇る王立学院に留学するという形で。


 そのため、彼女はこのブルックスバンク家の屋敷を出て、これからは王立学院の寮に移り住むことになった。

 引き続きこの屋敷で……という王室からの要請もあったけど、そんなものは当然断った。


 第一級の要人の世話に加え、第一王子という余計なオマケまでついてくるんだ。どんな罰ゲームだよと言いたい。


 それに。


「クラウディア殿下、またいつでも遊びにきてください!」


 僕と同様、最高の笑顔で見送るシア。

 シアもまた、ようやく僕と二人になれる時間が増えることに、嬉しさを隠せないみたいだ。はあ……尊い。


「アハハ。ボクも同じく学院に通うことになるから、クラウディア殿下と同じですね」


 そう言って苦笑するクリス。

 彼女もまた、クラウディア皇女と同じタイミングで王立学院に入学することになった。


 本当であればもっと早くに王立学院に入るはずだったが、クラウディア皇女と第一王子の縁談のための準備や調整、それに教団による王都へのテロ行為の後始末……まあ、クリスも僕達と一緒で、死ぬほど忙しかったから、そんな暇がなかったんだよなあ……。


「フフ、ですがクリス様は入寮せずにこの屋敷から通われるのですよね?」

「ア、アハハー……」


 クスクスと笑いながら尋ねるクラウディア皇女に、クリスは僕をチラリ、と見てから苦笑した、

 はは、この僕が馬車馬のように働いてくれる大切な友人を、そう簡単に手放すわけがないじゃないか。

 というか、今やクリスがいないと僕の手が回らないんだよ。


「さあ! クラウディア殿!」


 馬車の扉の前、笑顔を浮かべながら威勢よく声をかける第一王子。

 ようやくコイツからも解放されるかと思うと、僕は嬉しくて仕方がない。

 それは、シアやクリスも同じみたいだ。だって二人共、口元がゆるっゆるだし。


「では、失礼いたします」

「はい……では」


 僕は胸に手を当てて深々とお辞儀をした。


 クラウディア皇女を乗せる馬車が、見えなくなるまで。


 ◇


「あはは! みんな! 今日は無礼講だ! 思う存分楽しんでくれ!」


 クラウディア皇女が出て行ったその日の夜、僕は盛大にパーティーを催した。

 もちろん、あの二人から自由を勝ち取った喜びを祝うためにだ。


「ふ、ふふ……本当にギルは仕方ありませんね……」


 そんな僕を見て、シアは苦笑する。

 はあ……そんな表情も仕草も、とんでもなく可愛い……。


「フェリシア様! こちらで一緒に魔法談義でも……!」


 僕の至福の時を邪魔するかのように、マリガン卿がシアの手を取って詰め寄る。

 当然、僕とシアの間に入って。


「え、ええと……すいませんマリガン先生、今日はギルと一緒に過ごしたいと思いますので……」

「そ、そうですか……」


 申し訳なさそうな表情を浮かべながら、シアはペコリ、と頭を下げた。

 マリガン卿は、肩を落として悲痛な表情を浮かべながら、フラフラとシアから離れていく。


 う、うわあ……すごく悪いことをした気分だけど、シアと一緒にいたいからしょうがないよね。

 というか、シアが僕と一緒にいることを選んでくれて、天にも昇る心地なんだけど。


「あらあらシアちゃん、マリガン卿をフッたのね」


 すると今度は、ワインボトル片手に上機嫌のサンプソン辺境伯が絡んできた。

 お、おおう……酒がかなり入っているせいで、顔が思いっきりニヤけているぞ。


「こ、これはこれはサンプソン閣下、楽しんでいただけているようで何よりです」

「ええ、最高よ! これで、心おきなく領地に戻れるわ!」


 そう言うと、サンプソン辺境伯は満面の笑みを浮かべた。

 だけど、そうか……彼女もブリューセン帝国との国境を預かる領主、戻らないわけにはいかないか……。


「寂しく、なりますね……」

「ウフフ、そんな顔をしないで。できれば次は、小公爵様とシアちゃんの結婚式だと嬉しいのだけど」

「ふああああ!?」


 隣にいたシアが、彼女の言葉で可愛らしい声を上げた。

 サンプソン辺境伯、ナイス。


「はい、その時は是非」

「ええ!」


 そう言うと、サンプソン辺境伯はニコリ、と微笑んだ。


 その時。


「坊ちゃま……」


 いつの間にか僕の背後に来ていたモーリスが、そっと耳打ちした……っ!?


「へえ……」

「いかがなさいますか?」

「いいよ、会おう」


 そう言うと、僕はシアに断りを入れてホールを出る。


 そして。


「こんな夜更けに、どのような御用で? ソフィア殿・・・・・


 応接間のソファーに掛けるソフィア……エセ聖女が、口の端を吊り上げた。

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