救われた三人
「ということで、今後のこともあるのでクリスにはしばらくブルックスバンク家に滞在してほしいのだが……」
クリスと握手を交わした後、僕はそう提案してみる。
アンダーソン家の冤罪事件を晴らすために、いちいち貧民街に来る手間を省きたいからね。
「も、もちろん、それは構わないんだけど……その、いいの……?」
上目遣いでおずおずと尋ねるクリス。
それにしても……僕は原作の彼を、こんなにも女の子っぽくしただろうか……って、い、いや、確かにビジュアル的にはショタクールっぽくしたかもしれないが、それでも、こんな口調でもこんな性格でもなかったはず! はずなんだ!
……深く考えるのはよそう。
クリスはアンダーソン家の末裔、クレイグ=アンダーソンで、小説に登場するヒーローの一人。それでいいじゃないか。
「それこそもちろんだ。ブルックスバンク家は、
「あう!? き、き、気が早すぎるよ! でも……ありがと……」
……うん、僕にはシアがいてよかった。
じゃないと、間違いを犯していたかもしれない。
「よし、そうとなればすぐに屋敷……の前に、エイヴリル夫人のブティックが先だな」
「そうですね。クリス様のお召し物をご用意いたしませんと」
僕の言葉に、シアとモーリスが頷く。
ということで。
「わああああ……!」
「クリス、こっちだ」
「う、うん!」
クリスを連れ、エイヴリル夫人の店の中へと入ると。
「小公爵様、フェリシア様、ようこそお越しくださいました」
エイヴリル夫人が、従業員と共に一礼して出迎えてくれた。
シアが来てからというもの、今ではこの店はブルックスバンク家御用達だからね。何なら、うちの使用人達の服装も手掛けてもらっているくらいだ。
「急に押しかけてしまい、申し訳ない。実は、取り急ぎ彼の服を用立ててもらいたいのだが……」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
「は、はい……」
恐縮するクリスが、エイヴリル夫人に連れられて衣装室へと入っていった。
「さて……シアもそろそろ、新しいドレスなんていかがですか?」
「ふふ、既にたくさんありますので、大丈夫です。また別の機会にお願いします」
ううむ、あっさりと断られてしまった。
せっかく普段とは違うシアの綺麗な姿を拝みたいと思ったんだけどなあ……。
それから、僕達は談笑すること一時間……なんだけど。
「……やけに騒がしいね」
「そうですね……」
先程から、衣装室の中からクリスやエイヴリル夫人、それに従業員達の声が聞こえてくる。
ただ、悲鳴に近いクリスの声に対し、何やらエイヴリル夫人達の声が黄色いものに聞こえるのは気のせいだろうか……。
「お、お待たせしました……」
疲れた様子ではあるものの、どこか興奮気味のエイヴリル夫人が出てきて、その後には……おおお……。
「あうう……ど、どうかな……おかしくないかな……?」
続いて現れたクリスは、一言で言ってしまえば僕などよりも余程貴族服が似合っていた。
何というか、その……眩しすぎてエフェクトがかかっているんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
「そ、その……よく似合っているぞ」
「ほ、本当! えへへ……嬉しいなあ……」
そう言って、嬉しそうにはにかむクリス。
その姿は、まさに女子のそれだった。
「……ギル。改めてお尋ねしますが、クリス様は男性、ということでよろしいんですよね……?」
「そ、そうです……が、すいません、僕も自信がなくなってきました……」
僕とシアは、男装した令嬢にしか見えないクリスを眺めながら、何とも言えない表情を浮かべた。
◇
「ク、クリス様、どうぞ……」
「あ、ありがとうございます」
屋敷に戻って来た僕達は、早速クリスの歓迎会を催すことにした。
それで、みんなで楽しく食事をしている、んだけど……こらこら、アンもリズも、クリスを見すぎだろう。
「クリス、今日の料理は君の口に合っているだろうか?」
「う、うん! 本当に美味しくて、綺麗で、楽しくて……っ」
「お、おい!?」
感極まって涙ぐむクリスに、僕は思わず声をかけた。
いや、ずっとあの貧民街で悔しい思いをしながら暮らしてきたクリスにとっては、確かにそんな反応を示してもおかしくはないんだけど、とはいえ対応に困る。
「クリス様……そのお気持ち、すごく分かります。私も、ギルと出逢ったおかげで、今でこそこうして幸せに過ごしていますが、それまでは……」
「グス……フェ、フェリシアさんもそうなんだ……」
「はい……」
お互い似たような境遇だからか、二人が見つめ合いながら何度も頷き合う。
いや、僕としては色々とむず
「そ、そうなんです! 私も、フェリシア様の解毒魔法で救っていただいて、こうしてこのお屋敷で働かせていただいて、美味しいものもたくさん食べさせていただいて、それに、それに……!」
張り合うようにリズまで参戦して、これは一体何の会話なんだ……。
ま、まあ、別に三人が喧嘩をしたり仲が悪かったりするわけではないから、その……うん、放っておこう。
「(……坊ちゃまも、これから大変だな)」
「(はい……)」
モーリスとアンが何か言っているようだが、気にしないでおこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます