お守りと女神の加護

「フェリシア殿、どうぞこちらへ」

「あ、ありがとうございます」


 池のほとりまで来ると、僕は早速ハンカチを地面に敷いてフェリシアを座らせた。当然、僕はその隣に座る。

 だけど……うん、水面みなもに映る月といい、ここはまさに絶景の場所だな。


「さてさて、では食べましょう」

「ふふ、慌てないでください。すぐにご用意しますので」


 はやる僕を見てクスクスと笑うフェリシアは、バスケットの中から手際よく軽食と水筒を取り出して並べてくれた。

 軽食は、薄く切ったバゲットと、クリームチーズとイチゴジャムを混ぜ合わせたディップだった。


「では早速……うん! 美味しい!」


 バゲットにディップをたっぷり塗ったものを思いきり頬張り、僕は顔を綻ばせる。


「ふふ……どうぞ、お茶です」

「ああ、ありがとう……はあ、落ち着く……」


 フェリシアからティーカップを受け取り、お茶を口に含む。

 程よい温かさであることからも、どうやら魔法で保温してあったようだ。


「うん……やっぱりあなたと一緒に食事をするのが、一番楽しいですね」

「あう……わ、私もです……」


 僕の言葉に、恥ずかしそうにしながらもそう答えてくれたフェリシア。

 それだけで、僕は胸が一杯になる。


 そして軽食をあっという間に平らげ、僕とフェリシアは肩を寄せ合う。


「……先程の王太子の件ですが、どうやらソフィア殿が何かを吹き込んだようですね」


 フェリシアも気になっていたであろうことを、まずは僕から切り出した。

 何故ソフィアの仕業だと気付いたかといえば、王太子の剣の柄にあった房飾り・・・


 あれは、ソフィアが王太子に渡したものだ。


 おそらくは、房飾りを渡した時にでも、フェリシアの悪口をあることないこと告げて、自分の味方になるように引き入れでもしたんだろう。


 で、馬鹿な王太子はまんまと騙された、と。

 本当にフェリシアのヒーローの一人なのかと、本気で疑ってしまう。


「あれで次の国王なのですから、いずれ公爵を継承する僕としては不安で仕方ないですね」


 なお、この言葉にはフェリシアが王太子に対して良い印象を持たないようにと、僕の悪賢わるがしこい思惑もあったりする。

 小さい男だと笑いたければ笑うがいい。


 ……彼女の優しさや温もりに触れてしまった僕は、もう絶対に手放したくないんだよ。


 すると。


「本当にそうですね……私も、あのような御方にギルバート様の上に立っていただきたくはありません」


 いつも優しいフェリシアにしては珍しく、いきどおりを見せた。

 そんな彼女が……怒る理由が僕のためであったことが嬉しくて……。


「あ……」

「すいません……嫌でしたら、押し退けていただいて構いませんから……」


 とうとう我慢できず、僕はフェリシアを抱きしめてしまった。

 もちろん僕は彼女の婚約者だし、こうする資格だってある。


 でも、元々がマイナスからのスタートなんだ。彼女に嫌われでもしたらと思い、いつも遠慮していた。

 それでも……僕は、フェリシアが愛おしくてたまらないんだ……。


「まさか……私はギルバート様に抱きしめていただいて、心から嬉しく思います……」

「ほ、本当ですか……?」

「はい……」


 彼女のその言葉だけで、僕は天にも昇る心地になる。

 ああ……本当に、僕はこの女性ひとのことがどうしようもなく愛おしい。


「フェリシア殿……既に一度目・・・の人生にてご存知だと思いますが、狩猟大会では一番の獲物を一番大切な人にプレゼントするのがならわしです」

「はい、存じ上げております」

「僕は明日、誰よりもすごい魔獣を仕留め、あなたにプレゼントいたします」

「あ……」


 僕はフェリシアのサファイアの瞳を見つめながら、そう約束した。

 だって、僕の一番大切な女性ひとは、あなただから……。


「その……ギルバート様のお気持ちはすごく嬉しいのですが……私はそれよりも、あなたが無事に狩りから戻って来てくださることこそが、最も嬉しいです。だから……」


 そう言うと、フェリシアはもぞもぞとしながら、僕の目の前に……っ!


「これは……」

「あ、あまり上手にできませんでしたが、アンに教わりながら心を込めて作りました。こちらを、どうかギルバート様の剣の柄に……」


 フェリシアから、僕の髪の色である黒と、瞳の色である灰色を用いて作られた房飾りを受け取る。

 これを……僕のために……。


「はい……僕は誓います。必ず無事な姿で、あなたの元に帰ってくると。あなたのために、一番の魔獣を持ち帰ると」

「ギルバート様……」

「ですので、その時は……僕のお願い・・・を一つ聞いていただけますでしょうか?」

「お願い、ですか……?」

「はい」


 不思議そうに尋ねるフェリシアに、僕は頷く。

 そう……もうフェリシアと一緒に暮らすようになってから二か月。それに僕達は婚約者でもあるんだ。


 だから、実は彼女との関係を一つ先・・・に進めたいと考えていた。

 何より、僕はもうフェリシアのことに関して遠慮することも、身を引くこともやめたから。


 僕こそが、フェリシアを幸せにするのだから。


「それで、どうでしょうか?」

「私にできることでしたら、何でもおっしゃってください。それに、そのような条件を付けなくても、私はあなたのためでしたら何でも……」

「あはは。あなたならそうおっしゃってくれることは分かっておりましたが、やはり報酬として受け取ったほうが頑張れますので」

「そ、そうなのですか?」

「はい。フェリシア殿、僕はこのように単純な男ですので、上手く手綱を握って手玉に取ってください」

「あ……ふふ!」


 そんな僕の軽口に、フェリシアは愉快そうに笑った。


「はい……でしたら、ギルバート様が無事にお戻りいただけたなら、あなたのお願いをお聞きいたします」


 あはは、一番の魔獣を条件にしないところが、彼女の優しさと気遣いだよな……。


「では、そのお願い・・・とは別に、無事に帰るために是非とも女神の加護・・・・・をいただけますでしょうか」


 そう言って、僕は両手を大きく広げる。


「あ、あう……女神、ではないですが、あなたが無事に帰れるのならば……」


 フェリシアは恥ずかしそうにしながら、夜空に輝く上弦の月の明かりに照らされる中、慈しむようにそっと僕を抱きしめてくれた。

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