一人目のヒーロー、王太子殿下

 プレイステッド侯爵とソフィアから離れ、僕はチラリ、と後ろを見やる。


 はは、僕が相手にしなかったものだから、ソフィアはおろかプレイステッド侯爵も不機嫌そうだったな。

 というか、フェリシアだって自分の娘なのに、この扱いの違いはなんだよ。本当に、腹が立つ。


「ギルバート様……」

「? どうしました?」


 幕舎に向かう途中、僕の手を強く握りながらフェリシアがおずおずと声をかけてきた。


「ほ、本当のことを言うと、ソフィアに会った時、ギルバート様はソフィアに心を奪われてしまうのではないかと不安に思っておりました……」

「あ……」


 そうだった、ここにいるフェリシアは二回目・・・の彼女だから、この時のやり取りを経験済みなんだったな。

 つまり、僕がソフィアに一目惚れする瞬間を。


「前にもお答えしましたが、僕は一度目・・・のギルバートとは違います。なので、あのような節操のない“聖女”とは名ばかりの女性には……おっと、すいません。一応は・・・あなたのご家族なのに、つい本音が出てしまいました」

「プ……ふふ!」

「あはは!」


 僕の言葉で吹き出してしまったフェリシアを見て、同じく僕も笑い出す。


「それで、はっきりと断ったにもかかわらず、夜になれば性懲りもなく僕達の幕舎に姿を現すと思いますので、出くわさないようにするために今夜は僕とフェリシアで夜の散歩にでも出かけませんか?」

「それは素敵なご提案ですね……」

「では……?」

「はい。是非ともお願いします」


 微笑みながら頷くフェリシアのサファイアの瞳は、先程まであった不安の色が全て消え去っていた。


 ◇


「すいません、お待たせしました」

「ふふ、大丈夫です」


 明日の狩猟本番に向け、狩りの場所の範囲などの説明を受けてから幕舎に戻った時には、既にかなり夜も更けてしまっていた。


「ゲイブ。僕が不在の間、変な客は来ていないだろうな」

「はっ! 何人かの貴族の使いがまいりましたが、全て丁重にお引き取りいただいております」

「分かった」


 ふむ……貴族の使い、ねえ……。


「それはどの家だ?」

「“スペンサー”公爵家と“モーガン”伯爵家の者です」


 家名を聞き、僕は眉根を寄せる。

 ゲイブが告げた二つの貴族家は、いずれも二人の王子の従者である子息の実家だ。


 つまり……王太子と第二王子が、フェリシアに興味を持ってしまったか……。


「そうか……ゲイブ、この狩猟大会が行われている間、貴族家からの面会希望は全て追い払い、王族からの使いの場合は全て僕が応対するので一旦引き取らせてくれ」

「はっ! 承知しました!」


 僕の言葉を受け、ゲイブは敬礼した。


「ではフェリシア殿、行きましょうか」

「はい!」


 僕はフェリシアの手を取り、夜の散歩へと出かける……んだけど。


「ええと……フェリシア殿、その手に持っておられるバスケットは……?」

「その……ギルバート様は狩猟大会の打ち合わせをされておられましたので、お腹がお空きになられているかと思い、使用人に頼んで軽食を用意してもらったんです」

「あ……ありがとうございます!」


 彼女の気遣いに嬉しくなり、その細い手を握りしめて身を乗り出した。


「そうと決まれば、早く行きましょう!」

「あ……ふふ! はい!」


 僕は人目もはばからず、フェリシアの手を引きながら駆け出す。

 フェリシアも、笑顔で僕の後に続いて走ってくれた。


 そんな楽しい散歩が始まると、そう思っていたのに。


「そこの二人、待つのだ」


 突然、後ろから声をかけられた。

 僕とフェリシアは振り返る。


 そこには。


「こんな夜更けに、どこに行こうというのだ?」


 マージアングル王国の王太子、ニコラス=オブ=マージアングルがいた。


「……王太子殿下」

「あ……お、王国の星、王太子殿下にご挨拶申し上げます」


 僕が不本意ながら恭しく一礼するのに合わせ、フェリシアもカーテシーをした。


「それで、王太子殿下こそ、こんな時間にどうしたのですか?」

「いや、たまたま夜風に当たろうと幕舎から外に出たら、楽しそうに走っている二人の姿が見えたのでな。つい尋ねただけだ」

「そうでしたか」

「それで小公爵・・・、次は君が答える番だ」


 僕とフェリシアを値踏みするように見やりながら、王太子がまた問いかける。

 だが……少し高圧的というか、言葉にとげがあるに感じるのは気のせいか?


「僕達もせっかく気持ちのいい夜ですので、散歩に出かけるところでした」

「そうか……明日はいよいよ狩猟大会の本番だというのに、余裕だな」

「そうですね」


 王太子の皮肉に、僕は素っ気なく返事した。


「ところで、そちらの令嬢が小公爵の婚約者か?」

「……プレイステッド侯爵家の長女、フェリシアと申します」


 ジロリ、と見た王太子に向け、フェリシアが自己紹介した。

 そんな王太子の態度が気に入らず、僕は彼女を背に庇うように立つ。


 本当にどうしたんだ? 王太子はこの狩猟大会でフェリシアに興味を持つが、あくまでも好意的・・・にだ。

 なのにこれでは、フェリシアを敵視しているみたいじゃないか。


「ふむ……色々と聞いているぞ。今は小公爵の屋敷で暮らしているが、実家では“聖女”である妹をいつもいじめていた・・・・・・とな」

「「っ!?」」


 王太子の言葉に、僕とフェリシアは息を飲んだ。

 そんなでたらめを言うなんて、どういうつもりだ。


「……王太子殿下、今のお言葉はさすがに聞き捨てなりません。わざわざ僕達を呼び止めたのは、僕の大切な婚約者を侮辱するためですか?」

「そんなつもりはない。ただ、事実・・を言ったまでだ」

事実・・? そんな事実がどこにあるというのですか」

「っ!?」


 僕は相手が王太子であることもお構いなしに、ゲイブ直伝の殺気を放った。

 すると王太子が一歩たじろぐと共に、どこからともなく複数の人の気配が現れる。


 どうやら危険を察知した王太子の護衛が、僕に向け警告をしているようだ。


「……とにかく、今の言葉についてはブルックスバンク公爵家として、王室に正式に抗議いたします」

「………………………」

「フェリシア殿、行きましょう」

「は、はい……」


 改めて彼女の手を取り、僕達はその場から立ち去る。

 剣の柄に手をかけながら、忌々しげに睨む王太子を無視して。


 だが……なるほど、そういうことか。


「ははっ」


 僕は思わず、嘲笑ちょうしょうを浮かべてしまった。


「あ……ギ、ギルバート様、どうされたのですか……?」

「はは……いえ、どうやら王太子殿下というのは、存外素直というか、騙されやすい性格なのだと思いまして」

「え……?」


 そんな僕の言葉に、フェリシアの表情が変わった。

 なるほど……確かに、彼女ならそんなこと、日常茶飯事・・・・・だったか。

 だからこそ、すぐにその意味を悟ったんだろう。


「とりあえず、僕はお腹が空きました。早く綺麗な月を眺められるような場所を探しましょう」


 とはいえ、せっかくのフェリシアとのピクニック。

 少しでも雰囲気を変えようと、僕はおどけながらそう言った。


「あ……もう、ギルバート様は……」


 フェリシアは、ほんの少しだけ口を尖らせるけど、すぐに口元を緩め、僕の手を握り返してくれた。


 そんな彼女の手の温もりを感じながら、僕達は良い場所を探して歩いた。

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