第125話 二日目/湖岸/焼いたら食え、食ったら焼けの精神
菅谷真理恵には毒を盛りました。
はい、テントの中に呼んで『異階化』させて、ミフユのNULLでチクッと。
「……忘却毒だからね? さすがに殺しはしないわよ?」
そう、いつものヤツですね。さすがミフユさんだぜェ! 最強だぜェ!
忘れてもらうのは、橘颯々に関する部分だけだが。
橘颯々のテントなども、もうすでに処分済みだ。あいつがいた痕跡は全て消した。
だがその他、例えば『出戻り』なんかについては、もう隠し切れない。
こうなったら諸々ブッパでいこうということになった。
さすがにね、明かしていい部分に限り、ね。
やっぱ警察相手だと色々慎重にならざるを得ませんわ。それがよくわかった。
「ハハンッ、逆に言やぁ、警察が身内にいるとそれだけやりやすいってコトでもあるんだけどね、そこまでは求められないだろうねぇ、この子は普通の子だしね!」
眠る菅谷真理恵を前に、お袋がそんなことを言う。
そりゃね、別に菅谷は『出戻り』でもないし、身内にはできんわな。
「マリエ、マリエねぇ……」
「やめなさいよ、お袋。菅谷真理恵が『出戻り』するかもしれないとか考えるの。身内に同じ名前のヤツがいても試すなよ? 絶対試すなよ……?」
「前フリかい?」
「ちっげぇ~~~~! 本気でやるなよ? ケントの恩人なんだからな、この人!」
「アッハッハッハ! わかってるさね、その辺の道理はたがえやしないよ!」
そこは信じてるけど、色々言い方が怖いんですけどねぇ!?
まぁ、でもあとの世話はお袋に任せておけばいい。
その後、寝ている菅谷を注視しつつ、俺は『異階化』を解いてテントを出る。
時刻は、午後五時。
夏だけあって全然明るいが、そろそろ晩メシの準備が必要な頃合いか。
「……父様」
考え込んでいるところに、シイナが難しい顔をして近づいてくる。
何やら随分と深刻そうな様子だ。一体どうしたのか。
「今晩の夕飯、ビールは必要ですか? 不要ですか?」
「ガッチガチのシリアス顔で言ってくる質問がそれかよ、四女……」
「何ですか! いいじゃないですか! これは超重要な質問なんですよ!?」
「おまえ、ちょっと見ない間にすっかりおビール様の虜じゃねぇか!」
「当たり前でしょう! 夏の駅ビルでの占い館なんて、湿度も暑さも地獄ですよ!」
「え、そーなの?」
「口実です!」
「口実じゃねぇか!?」
「大義名分とも言います! つまり大義は我にあり!」
「大義もないし、事実無根な時点でアウトだわ!」
異世界でのこいつ、こんな酒飲みだったっけなぁ~?
いやぁ、結婚前はそんな飲まなかったし、結婚後も変わらなかった気がする。
「おまえさ~、シイナさ~」
「何ですか、父様。言っておきますけどノンアルコールビールは断固拒否です!」
「わかったから、そろそろビールから離れろや!」
叫びつつ、俺は大き~~~~く、ため息をつく。
「俺、小学二年生だからわかんないんだけどさ」
「はぁ、何です?」
「おまえってカレシのあてとかないの?」
「…………」
「うわぁ、顔がシームレスに鬼面般若と化しおったわ。もはや慣れてる感すらある」
美人なんですよ、シイナ。カドのない、穏やかな感じの美人さん。
それが、スス~って感じで鬼面になっていくの、もう一周回って面白い。笑うわ。
「何ですか、父様まで! 私にカレシのあてがないのがそんなに悪いんですか! そもそも何でビールの話からそっちにシフトするんですか! いじめです!?」
「割と本気で俺もミフユもおまえの生活習慣、心配してるからな」
「あ、はい。すいません。気をつけてはいます……」
「そこは素直に謝るんかい」
「家族のみんなに心配かけて本当にごめんなさい」
しかも深々頭下げるんかい。本当に素直だな!
「でも、こんなに暑いと、どうしてもおビール様の誘惑が私を捕まえて放してくれないんです。汗をだくだくかいて、水分を失った熱い体に、凍る寸前まで冷やしたビールをキュッといっぱい……。シュワワと口の中に感じる、弾ける泡の刺激。舌に感じる冷たさ、苦みと甘み、そこに続くホップの風味が、混然一体となってのどを通り抜けていくときの爽快感、わかります? もう、もう、嗚呼……ッ!」
「嗚呼、じゃないが?」
とはいえ、ここまで表現力豊かに描写されると俺も影響受けそう。
う~む、炭酸欲しくなってくる。気分的にはビールよりコーラとかそっち系の。
「シイナって、好きなヤツとかおらんの?」
「だから彼氏のあてとかは――」
「じゃなくて、じゃーなーくーて、シイナ自身に好きなヤツはいないのかって話!」
俺が遮って言うと、何故か、途端にシイナは勢いをなくす。
急に、俺から目線を外し、何かを我慢しているかのような感じで、
「……いませんよ、そんな人」
おや、何だこの反応。ちょっと予想してたのといささか趣が異なるぞ。
何だか、この話は続けない方がいい気がしてきた。やれやれ、全く仕方がない。
「ちなみに、今日の晩飯はバーベキューの予定だからな」
「B・B・Q!?」
プロレスの必殺技の名前かな?
そして一気にテンションを切り替える、シイナのこの豹変っぷり。
「こうしてはいられません! BBQにはビール! それも冷えたヤツ! これは宇宙開闢以前から決まっている物理法則です! タクマさ……、君に頼んで、車出してもらって買ってこなければ、冷やすのが間に合いません! タクマく~ん!」
唖然とする俺をその場に置き去りにして、シイナは走り去っていった。
付き合わされるタクマは不憫だが、ま、あいつは付き合いがいいからな~。
「さて、そろそろ準備始めるか~?」
空の向こうに上がる月を見上げて、俺は小さく呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~~ッ!
肉の! 焼ける! 音! 匂い! 色! 想像してみなぁ!
――絶対ッ! 美味いッ!
「はい、野菜だよ」
肉が焼けるのを待っていた俺の前に、無情にも盛られる野菜の山。
「鬼ィ! お袋の鬼ィ~~~~!?」
「肉も野菜もどっちも食う! それが今のアンタの仕事さね、チビッ子!」
クソッ、お肉もちゃんと許されてるから反論もしづらい。
仕方がない。肉が焼けるまでにさっさとこの野菜の山を食べきって、
「ちゃんと噛むのよ?」
「ぐふぅ……」
隣のミフユがこっちをジッと見つめておるわ。無理です、逃げられません。
「……あ~、このピーマンうめぇな~」
泣きそうになりながら、俺は四分の一にカットされたピーマンを貪った。
本日のバーベキューはテントの近く、湖の岸辺で行われております。
そこに三つほど並べられたバーベキューコンロの上で、今も色々焼かれておるわ。
適度な大きさにカットされた肉と野菜がゴロゴロと。串には刺していない。
「ふむ、やや火力が物足りぬな」
バーベキュー奉行をしているシンラが、言って、弱い火属性魔法を炭にポン。
それだけで炭が一気に赤さを増して、網の上の具材が過熱されていく。
「……それも魔法、なんですか?」
「おお、これは菅谷殿。然様、最下級の火属性魔法にて、炭を焼いておりまする」
「そ、そうなん、ですね……」
大仰しい喋り方をするシンラに、菅谷真理恵も若干たじろいでいる。
まぁ、仕方ないよね。この令和の世に一人称が『余』だし、ウチの長男ってば。
「ひぃ~ん、お肉美味しいよぉ~、でもジュン君いないの寂しいよぉ~!」
こちら、ホームシックではなく旦那ロスで泣きが入っている三女です。
泣きつつ、肉食いつつ、カクテル飲みつつ、泣きつつ、って、忙しいヤツめ。
「ッハァ~! あ~、ビ~ル最高! 夏のバーベキューに、ビール! チューハイとかじゃこうはいきませんよ! でも、チューハイにはチューハイの良さがあります! ね、タクマ君。そう思いませんか? 思いますよね? そこどうなんですか!?」
「とりッあえず、俺への絡みッ酒、やッめてくんね? 食いにッきぃんだわ……」
おうおう、タクマのヤツも酔っ払いに絡まれておるわ。
すまんなタクマ。だってシイナを押しつけるのに最適なんだもん、おまえ。
「ぬぉ~~~~! 野菜食い終わったぞォ~~~~!」
「はい、お疲れ様~。お肉よ、あんたの念願のね!」
やったぁ~、念願のお肉だァァァァァァァァ~~~~! …………あ?
「ちょっと、ミフユさん?」
「何よ?」
「何、この皿、これ、何?」
「何って、お肉じゃない。あんたの念願の、トリ、豚、牛、三種揃い踏みよ?」
「わ~い、嬉しいな! ……で、その隣のお野菜は?」
「付け合わせ」
「お野菜8:お肉2の割合でお肉を主役と断言するか、おまえェ!?」
想像するがいい!
付け合わせという名の、キャベツ・人参・玉ねぎ・ピーマン・しいたけの山を!
お肉も少ないとは言わないよ?
言わないけど、これはないんじゃないかなぁ、さすがに!?
匂いが、匂いがお野菜!
お肉の匂い、何にもしないんですよォ~!
「うるさいわねぇ~。こうでもしないとお肉しか食べないでしょ、あんたは!」
「バーベキューってそういうモンでしょ~! お肉がメインのさ~!」
「つべこべ言わず食べる! お義母様から頼まれてるから容赦はしないわよッ!」
「ぬぁ~! 嫁姑問題っがないのは嬉しいけど、これは納得いかねぇ~!」
一方、ミフユにそれを頼んだお袋は、ひなたの相手をしていた。
「ピーマンにがい~、や~」
「ハハンッ、苦いのはイヤかい、お姫様?」
ベ~っと舌を出すひなたの頭を撫でながら、お袋はキャベツを取る。
「それなら、こいつで舌をお拭き。そのあとで、次はお肉を食べようかねぇ」
「お肉、かみきれないよ~……」
「任せておきな、ちゃんと食べやすくしてやるさね。アッハッハ!」
くっ、普通に母親っぽいことをしておるわ。
これは、シンラさえ頑張れば、案外本気で上手くいくんではないか?
「アキラ、よそを見て物思いにふけるのはいいからちゃんと食べなさいよ?」
「…………た、食べてますよ?」
「あッ、目線逸らしたでしょ、今! あとでお義母様に言いつけてやるわよ!」
「や、やめろ~! やめろ~!」
と、このようにキャンプ場二日目の夜も、俺達は楽しく賑やかに過ごしていた。
このときまでは確かにいたんだよなー、あの二人。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バーベキューが始まって一時間ほど経過した。
時刻は午後八時近く。
だが、今もキャンプ参加者達はワイワイと楽しそうに過ごしている。
そんな中、ケント・ラガルクは箸を置いた。
空になった紙皿と割り箸は、ゴミを入れるために用意されたビニールに突っ込む。
そして彼は、チラリと一方を見て、まずは水を飲んだ。
その視線の先には、タマキ・バーンズの姿がある。
さて、いつ話しかけようか。
そんなことを思うと、タマキがこっちに気づいた。
いやいや、さすがに気配察知すごすぎだろ、と、笑いそうになってしまう。
ケントは意を決し、タマキの方に歩いていく。
そして、すれ違いざま、彼は小さな声でこう告げる。
「泉のところで待ってます」
タマキは、彼の方を向かなかった。
ただ、軽く身じろぎしたのは、見えたような気がした。
そのまま彼は、散歩と称してバーベキューが行なわれている場を離れ、空へ。
彼が見据える先には、昼間も行った、湖の中の小島があった。
――心臓が、ドクンと高鳴った。
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