第102話 初日/キャンプ場/お告げ、容疑者、蠢動、そして

 駐車場に戻ると、ミフユが俺の腕を引っ張ってきた。


「何だよ……?」

「ちょっとこっち来て」


 言われるがままついていった俺は、バスの中へと連れ込まれる。

 え、何々? 誰もいないバスの中で二人っきりって、ミフユさん、大胆よ?


「これ」


 しかし、ちょっと湧きかけた期待とは裏腹に、ミフユは俺にメモを渡してくる。

 何だこれ、と思って四つ折りにされたそれを開いて中を見ると――、


「こいつは……」

「そうよ、七星句。さっきシイナが見てくれたのよ」


 俺とケント達があの三人に仕返しをしに行っている間に、か。


「今回の件、発端はあの子が未来を見たからでしょ。ちょっと責任感じてるみたい」

「シイナが気にすることなんて、何もないんだがな……」

「仕方がないでしょ、あの子はそういう性分だもの」


 ミフユも俺と同意見だろうに、小さく肩をすくめて息をつく。

 まぁ、それについては今言っても始まらない。俺はメモの中身に目を落とす。


 ――狩間湖。

 ――キャンプ。


 やっぱり、今回のキャンプ中に何かが起きるのか。

 しかし、何が起きるんだ。その辺りの情報が全くないのが、非常に怖い。


 ――竜人。

 ――ゼルケル。


「オイオイ、こいつは……」


 何が起きるかはわからない。

 しかし、そこに誰が関わってるかはこの二つのワードで明確になった。


 竜人でゼルケルと来たら、思い当たるのは一つしかない。

 異世界で、タマキを拉致した二人組の竜人の傭兵――、『人竜兄弟』。


 俺の脳裏に、前にブチ殺したカイト・ドラッケンの顔が浮かぶ。

 そうかよ、今回の一件には『人外の出戻り』が関わってる。そういうことか……。

 そして、残る三つのワードは――、


 ――大雨。

 ――岐路。

 ――熾靭。


「これは、何だろうな……?」


 大雨はわかる。きっと事態はそういう天気のときに生じるってことだろう。

 だが後の二つは何だ。『岐路』に『熾靭』。これは何を意味しているのだろう。


「わかるか?」


 と、俺はミフユに目配せする。

 だがミフユは静かにかぶりを振る。やっぱり、心当たりはないようだ。


「ちなみにこの最後のヤツ、どんな意味の漢字?」

「ああ、そうね。あんただモンね。説明は必要よね……」


 クッ、何かその納得のされ方は悔しいッ!


「この『熾』は激しい炎とか、そういう意味よ。『靭』は強くて丈夫、って意味」

「う~ん、意味を聞いても一向にわからんぞ。何だこれ……」


「わたしだってわからないわよ。――でも、これで手掛かりは掴めたわよね」

「そうだな。何もないよりは随分マシになった……」


 と、俺が言いかけたところで、外から何やら大声が響く。


「わはぁ~! センパ~イ! こんなところで会えるなんて、奇遇ですね~!」

「え、あれ……? 何で颯々るるちゃんがここに!?」


 聞こえたのは、やけに高い知らない女の声と、菅谷真理恵の声。

 何だァ、と思いながらメモをポケットに突っ込み、俺はミフユと外に出る。


 するとそこには、小柄な菅谷よりさらに小さな、小学生みたいな少女がいた。

 どういうワケか菅谷の手をとって、楽しそうにブンブン振っている。


「私は今日から数日お休みで~、ソロキャンに来たんですよぅ~!」

「あ、そ、そ~なのね……」


 グイグイ来るその少女に、菅谷も圧倒されている。

 他の面子も、いきなりすぎるせいか、皆が言葉を失っているようだ。


「あの、誰です、あんた?」


 そこで尋ねたのは、ケントだった。

 菅谷が流々と呼んでいた少女は、途端にムッとした顔になってケントを睨む。


「何です、このガキ。年上に向かってあんたとか、失礼な!」

「うぇえッ、と、年上!?」

「あ、うん……。この子は橘颯々たちばな るるっていって、私の高校の後輩なの」


 菅谷の後輩、ってコトはもしかして成人? このナリで!?

 身長は俺やミフユよりは高いけど、それも『若干高い』程度でしかないぞ。


 ケントよりは確実に低い。

 そして体型も子供っぽいっていうね……。


「何なんですかセンパイ、この連中。もしかして何かの事件の容疑者グループですか? え、詐欺? オレオレ詐欺ですか!? ヤダ、センパイが詐欺られちゃう!」


 失礼。この女、すっごい失礼!


「ちょっと、颯々ちゃん。それはさすがに暴言よ。この人達は私のお友達よ。今日から三日間、狩間湖でキャンプをしに来たの。ダメよ、謝りなさい」

「うう、ごめんなさいですぅ~……」


 菅谷に叱られ、颯々とやらは露骨にションボリした。

 う~ん、菅谷もだいぶ押しが強いけど、この颯々ってのも相当前のめりだな。


「でもでも、ここでセンパイにお会いできたのも縁ですよね~!」

「それは、そうかもしれないわね……」


「じゃあ、そういうことでよろしくお願いしま~す!」

「…………何が?」


 いきなり挨拶してくる颯々にキョトンとなる菅谷、そして俺達一同。


「え~? だからぁ、ここでセンパイとお会いできたじゃないですか~?」

「そうね」

「だから三日間、ご一緒させていただきま~す!」


 待て、何でそうなる!?


「ご安心ください! こう見えて私、ソロキャンの手練れなので、センパイ達の邪魔はしません! ただ自分で勝手にセンパイにコバンザメするだけです!」

「何て威風堂々としたストーキング宣言……ッ」


 っていうか、待って、さすがに関係者が増えるの、予想してなかったんだけど。

 え~と、シイナが予言した内容には『人外の出戻り』が関わってるっぽい。


 容疑者は『人竜兄弟』と呼ばれた竜人の傭兵。

 名前は、ドラゴ・ゼルケルとドラガ・ゼルケル。どっちも男だったはず。

 じゃあ違う……、か?


「あの、どうしましょうか……?」


 菅谷が、お袋に判断を求める。

 今、この場にはシンラとタクマがいない。この手の判断はお袋に委ねられている。


「別にいいんじゃないかい? ただし、一緒に来るなら、おチビちゃんにも色々手伝ってもらうからね。それで構わないなら、このままついてきな」


 言って、お袋はこちらを見た。

 ひとまず目が届く範囲に置いておく腹積もりか。それは了解した。


「お、おチビちゃんじゃないです! けど、わかりました~! センパ~イ!」


 お袋の許可を受け、颯々が再び菅谷に引っ付こうとする。

 しかし、その前に彼女はピタリと動きを止めて、いきなりケントの方を向いた。


「ねぇねぇ、そこの失礼なガキさん」

「ガキさんて……、何すか。さっきのことなら謝りますけど?」

「別にいいでぇ~す。それよりもぉ~、お名前、聞かせてもらっていいです?」


 いきなり問われ、軽く戸惑いを見せるケント。

 しかし名乗らない理由もない。颯々に向かって「郷塚賢人ですけど」と名乗る。


「賢人君、そうですか、けんとくん、ですか~。わかりました~」

「……何なんすか?」

「何でもないですよ~。ンフフ。ね、センパァ~イ!」


 うわぁ、怪しい。超怪しい。何今の一連の挙動。

 名前を聞いて、確認するように繰り返して、そしてニマニマしおったぞ。

 まるで『怪しい』という言葉を体現しているかのような、迸るほどの怪しさッ!


「すいません、遅くなりました~!」

「いッや、時間かかッたわ~、マッジすまんス!」


 そこに、やっとシンラとタクマがやってくる。

 そして俺達は、新たな参加者を伴って、テントを張る場所へと向かうのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――連中の案内を任されたのは、国府津隆我だった。


「じゃあ、テント三つとその他の必要道具を荷車に乗せてください。運びますので」

「いいんですか、ありがとうございます」


 隆我はシンラとそう会話をして、大型のテントを三つ、荷台に乗せる。

 狩間湖キャンプ場にはテントを立てるエリアが三つほどある。

 草原エリア、山間エリア、湖畔エリアだ。今回は、湖畔エリアにテントを運ぶ。


 シンラとタクマが同行者を呼びに行ったので、隆我はその間にスマホを取り出す。

 兄の柳吾にも連絡をしておくのだ。兄もまたここでスタッフをしている。


「兄貴か。もうすぐ湖岸に行くぞ」

『そろそろか。わかった』


「ところで、いつ仕掛ける。どこでケント・ラガルクをヤる?」

『はやるな隆我。一緒にいるのはアキラ・バーンズとその家族だ、さすがに厳しい』


 何を臆病なことを、と、隆我は思う。

 自分達は誇り高き竜人ドラグーンだというのに、たかが人間にビビるなど。

 そんな彼の思いに気づいたか、柳吾が静かにたしなめてくる。


『隆我、転生してなお尽きないその覇気はおまえの美点だが、しかし、決して侮るなよ。我らがどうしてこのような目的で動いているか、忘れてはいまい?』

「……もちろんだ、兄貴。ありがとうよ、おかげで冷静になれた」


 フゥ、と隆我は息をつく。

 そうだ。自らを信ずれども自惚れるべからず。過剰な自信は隙にしかならない。

 自分達はそれを、異世界で屈辱と共に学んだはずだ。


「すいません、お待たせしました!」


 と、シンラの声が聞こえてくる。


「兄貴来たぞ、切る」

『ああ、健闘を祈っている』


 電話を切って、スマホをポケットにしまう。

 しばらく、ケント・ラガルクへの恨みは胸の内にしまい込もう。

 ますは連中の様子を見て、襲撃を仕掛けるのに最適のタイミングを見計らうのだ。


「こんにちは~! よろしくお願いします~!」


 と、隆我に挨拶をしてくるキャンプ参加者達。その中に、いた。郷塚賢人。


「あれが、この世界での……」


 ケント・ラガルク。

 ケント・ラガルクゥゥゥゥゥゥゥ~~~~ッ!


 兄に忠告にもかかわらず、彼を目にした瞬間、隆我は逆上しそうになった。

 隠している額の角が、興奮のあまり露わになってしまいそうだ。

 しかし我慢、我慢、と、内心に自分に言い聞かせて怒りの内圧を下げていく。


「あの~、お兄さん?」


 そこに、小さな男の子が話しかけてきた。七歳くらいの少年だ。

 隆我を見上げて、少年は何かを聞きたそうにしている。


「あ、な、何かな?」

「お兄さん、このキャンプ場のスタッフの人~?」

「ああ、うん。そうだよ~」


 必死に愛想笑いを浮かべながら、隆我は怒りの熱を外へと逃がしていく。


「お兄さんの名前は何ていうの~?」

「ああ、俺の名前かい? 俺はね、国府津隆我っていうんだよ」


「りゅうが、お兄さん?」

「ああ、そうだよ。俺は隆我お兄さんだ」


 そこまで答えたところで、少年の顔つきがまるっきり一変する。


「じゃあ、おまえがドラガ・ゼルケルだな」


 ――――え?

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