第二部 俺の家族がやり返しすぎる

幕間 『出戻り』達のサマーデイズ

第91話 月曜日/御対面、長男vs育ての母!

 原因、俺だってさ!


『ミーシャ・グレンは金鐘崎美沙子の転生した姿ではあるけれど、両者は存在として非常に遠いのよ。きっと美沙子の自己に対する嫌悪と憎悪がミーシャという人物に繋がったからだと思うのよ。だから本来、美沙子は『出戻り』しないはずだったのよ』


 と、冥界の神カディルグナ様も仰っておられます。

 じゃあ、なんで『出戻り』したのかっつーと、


『美沙子が心底から『こんな自分はもうイヤだ』と思っているところに、よりによってアキラがミーシャから譲られたダガーで美沙子を殺しちゃったから、本来繋がるはずのない美沙子とミーシャの間に繋がりができちゃったのよ。それが原因』


 ――だってさ。やっちまったねー、俺!


「……そんな偶然、あるモンなんだねー」

「アッハッハッハッハッハ! なっちまったモンは仕方がないっての! それよりほら、部屋の隅っこで黄昏てないで、そろそろご飯だよ。今日はそうめんさね!」

「ヘ~イ」


 部屋中に響き渡る、ミーシャ・グレンのデカイ声。

 以前のお袋が普通にしてても声が小さかったのを考えると、本当に対照的だ。


「おそうめんと聞いて、馳せ参じましたわ、お義母様!」

「おとしゃんとおとしゃんのおかしゃん、こ~んにちは~!」


 そして、もはや毎日の如く昼飯をタカりにやってくるウチのカミさんと長女。

 お袋が『出戻り』してから三日。

 こんな感じで、昼と夜は四人で食卓を囲うのが普通になりつつあった。


「……くっ、ただのおそうめんなのに、何でこんなに美味しいの? 茹で加減? それともツユの割り方? わからない。わからないけど、美味しい! チュルルン!」

「おまえ、毎食毎食悔しがってるよな。何がそんなに悔しいの?」


「フン、これはアキラにはわからない問題よ。主婦としてのプライドにかかわるものだからね。お義母様のお料理はそれこそ極上、まさに毎食天国の如き至福よ。でもね、わたしにも十五人の子供を育て上げた母親としての矜持ってモノがあるのよ!」

「……はぁ、そっすか」


 本当に俺にはわからん問題だった。

 うん、いや、十五人育て上げたのは素直にすごいと思うし感謝もしてるけど。


「アッハッハ! ミフユちゃんは、子供達やアンタにもっと美味しいものを食べさせたいんだよ。だからアタシに対抗心を燃やすのさ。そうだろ、ミフユちゃん?」

「むっ! そ、それは、その……、子供達には、美味しいって言ってもらえたら、嬉しいですけど。別に、アキラには、その、べ、別に……、うぅ~……」


 やめろよ、その頬赤くして視線を右往左往させる反応。

 何かこっちまで気恥ずかしくなっちゃうだろー! やめろよー!


「でもねぇ、ミフユちゃん。アンタはやたらアタシを持ち上げてくれるけど、アタシからすりゃあアンタの方がよっぽどとんでもないモンさ。何せ、アタシは一人育てるだけでもヒィヒィ言ってたのに、アンタは十五人だろ? いやはや尊敬しかないね」

「え、そんな、お義母様。そうですか? ウフ、グフフフ……」


 本気で嬉しいときの気持ち悪い笑い方は控えてくれると助かるんですが……。


「おとしゃんのおかしゃん、おかわり~!」

「って、ああああああ、そうめん全部なくなっとる~!?」

「ちょっ、タマキィ~!」


 真昼の部屋に響き渡る、俺とミフユの悲鳴であった。

 お袋が多めに茹でてなかったら、どうなっていたことやら……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タマキがトドになっておる。


「おなかいっぱ~い」

「だからって、パパの家でゴロゴロしてんじゃないわよ……」

「いいじゃ~ん。いいじゃ~ん」


 ゴロゴロゴロゴロ。


「全く、本当に信じられない子だわ……」


 ゴロゴロゴロゴロ。


「あのさ、ミフユ」

「何よ、アキラ」


 ゴロゴロゴロゴロ。


「そういうおまえもくつろいでる猫みたいになっとるやんけ。俺の膝の上で」

「気持ちがいいんだもん。仕方がないでしょ!」


 ミフユちゃん(7)、俺に膝枕されてご満悦です!

 今のくつろぎ猫なおまえに、トドになってるタマキを叱る資格など、ないッ!


「ね~ね~、アキラ~、アキラ~」

「人の太ももを指でグリグリするのやめんか。で、何よ?」


 微妙にくすぐった痛いんですよ、それ。

 で、俺が問い返すと、ミフユは上目遣いにこっちを見上げてくる。


「お義母様とはうまくやっていけそうなの? 結構心配してるのよ?」

「あ~、それね。うまくやってるっつーか、これまでと変わらないっつーか……」


「そうなの?」

「お袋が『出戻り』した直後は、それこそ、どう接すりゃいいかわからなかったけどな。百回殺したあとだし、でももう『美沙子』じゃなくなったワケだし……」


 俺がそう語ると、ミフユはにわかに表情を硬くする。


「あんたは、結局『美沙子』お義母様を許せたの……?」

「わからない。――でも、少しだけ変わった部分もあるんだ」


「それって?」

「お袋は、俺の母親だったよ」


 そう、その認識は明確に変わった。

 あの百回殺しの前は、ただの人間の形をしたゴミとしか思えなかった。


 けれど今は、そういう思いはなくなってしまった。

 金鐘崎美沙子は金鐘崎アキラの母親だった。俺を抱きしめて死んだ、あの人は。


「それは、許せたってことじゃないの?」

「そうなのかな? でも、きっと俺の中にはまだ、あの人への恨みが残ってる……」

「あんたは情が深すぎるのよ。良くも悪くも。でも、一歩進んだのは確かよ」


 ミフユがそっと手を伸ばし、その指先で俺の頬を撫でる。

 それは少しくすぐったかったが、不思議と気持ちが安らぐのを感じた。


「あの人は俺の母親だ。どう変わっても。だから、これまでと何も変わらないんだ」

「そう、それがあんたの結論なら、それでいいんじゃないかしら」


 ミフユがにっこりと笑ってくれる。

 その笑顔に、俺は何だか心が救われた気がして、ついつい見惚れて――、


「シンラ、あれキスすると思う? ねぇ、どうかな?」

「シッ、お静かに、姉上。ここは背景の一部と化し、観察するが常道ですぞ」

「「コラァ~~~~!?」」


 少し離れた場所でタマキと、いつの間にかいたシンラがこっちを覗いていた。


「そこの長男長女、ちょっとここに来なさい。パパ、怒らないから」

「本当? 本当に怒らない?」


 ビクビクしつつもこっちの様子を窺うタマキ。


「なりませぬぞ、姉上。あれは古来より伝わる父親の懐柔戦術にほかなりませぬ!」

「うるせぇよ、おまえも将来的にはこれを使うことになるんだよ、シンラァ!」


「ひなたはそのような悪い子にはなりませぬッ!」

「ええッ、オレ、悪い子なの!?」

「そりゃあ人のことを勝手に覗く子は悪い子でしょ……」


 ハァ、と、ミフユが深く息をついたのが、印象的だった。


「で、シンラ、あんたいつ来たのよ?」

「ついさっきだよ。アンタらがイチャコラしてる間さね」


 ミフユの質問に答えを返したのは、シンラの隣にいるお袋だった。


「何の用事で来たかまでは、アタシも聞いちゃいないけどね」


 そう言って、お袋は肩をすくめる。

 そんなお袋の様子を、シンラは神妙な顔つきで眺めていた。


「本当に、お変わりになられたのですね、美沙子殿」

「おや、もしかして用事があったのはアタシにかい? 言ってくれりゃいいのに」


 カラカラ笑うお袋に、シンラは表情を変えない。


「集殿より、連絡をいただきました。美沙子殿が『出戻り』をした、と……」

「ああ、したとも。今のアタシは金鐘崎美沙子であると同時に、一人でアキラ・バーンズを育て上げた女傭兵ミーシャ・グレンさね。どうだい、驚いたかい、色男」


 これまでのようにスルーするでなく、シンラを前にニヤリと勝ち気に笑うお袋。

 もうこの時点で、これまでの反応とは対極すぎる。


「はい、ただただ驚嘆しております。そして同時に、感じてもおります」

「感じてるって? 何をだい?」

「機は熟したり。今こそ、美沙子殿に正式に交際を申し込むべきときである、と」


 な、何ィィィィィィィィィィィ~~~~ッ!?


「これまでは、そうした話になるたびに逃げられていましたゆえ、今ならば余の話もキチンと聞いていただけるかと思いまして……」

「ああ、うん。それはそーね。今のお袋なら、逃げることはしないだろうしな」


 毎度毎度逃げられてたと考えると、それはそれでシンラも少し気の毒だな。


「わぁ~、告白!? シンラが? おとしゃんのおかしゃんに! 告白すんの!?」


 興味津々か、この長女。……そりゃそうか、現役JKだモンな。


「とりあえず、みんなで座って話さない?」


 というミフユの提案により、ひとまずみんなでテーブルを囲む。

 ミフユとお袋が麦茶を入れて、お茶請けはミフユが通販で買ったおせんべい。


 開け放たれた窓の向こうからチリリンと風鈴の音がする。

 首振り扇風機の風を皆で浴びながら、話は早速本題へと突入する。


「金鐘崎美沙子殿」


 シンラが、テーブル越しに向かい側に座るお袋に、真正面から切り込んでいく。


「余は、正式に貴女に交際を申し込みまする。どうか、この不肖、風見慎良ことシンラ・バーンズの伴侶となりて、共に人生を歩んでくださりませぬか?」

「ハハンッ、まっぴらごめんだね」


 お袋、一言でバッッッッッッッッッサリッッッッッッッッッ! 切捨御免!

 当然ながら、その場の空気は凍りつく。


「ぁ……」


 と、硬直したシンラの口から、小さく呻きが漏れる。

 それを見てた俺も、ミフユも、タマキも、何も言えない。本当に、何も言えない。


「何だい、この空気?」


 一人、お袋だけが場に漂う空気を不思議がって、キョロキョロしている。


「いやいや、まさか断るとは思わんくて……」


 頬を伝う汗を感じつつ、俺はその場にいる皆の気持ちを代弁する。


「何言ってるんだい、アキラ。どうしてアタシが受けると思ったんだい?」

「だって、お袋。明らかにシンラに惚れてたっぽいじゃん! 美沙子の方だけど!」


「そうだね。前の『あたし』はシンラさんに惹かれてた部分はあるね」

「じゃあ、何でだよ」


 俺は重ねて尋ねるが、お袋は俺の方ではなく、シンラへと視線を移す。


「それはこれから語るさ、ねぇ、シンラさん」

「……はっ、はい! 美沙子殿、何でありましょうや?」


 呆然としていたシンラが、ハッと我に返って姿勢を正した。


「これまで、どうして『あたし』がアンタと関係を深めることを避けていたか、わかるかい? 感じてたはずだよ。『あたし』がアンタから逃げていたことを」

「それは、然り。美沙子殿は余と世間話などはしても、将来に関する話題になるとすぐに離れてしまわれました。父上などの存在も考えねばならぬ繊細な問題であるためと解釈しておりましたが……、違うのですか?」


「そいつは、ある程度は合ってるね。でも、ある程度さ。今の答えではっきりしたよ。シンラさん、アンタやっぱり、自分の致命的な欠点に気づいてないんだね」

「致命的な、欠点……? 余自身の、でありますか……!?」


 え、何それ。俺初耳なんだけど。

 ミフユの方を見てみると、視線がぶつかった。そしてお互いにかぶりを振る。


「今の時点で気づけないなら、誰かが教えてやらなくちゃアンタは一生気づけないだろうね。でも、その欠点に『あたし』は気づいたのさ。それが逃げてた原因さね」

「美沙子殿、一体、その欠点とは何なのです? 余には、何が欠けているのです!」


 テーブルに身を乗り出して、シンラは叫ぶ

 その顔は見たこともないくらいに必死で切実だ。俺達も知らない、シンラの欠点。


「アンタの欠点はね、皇帝であることだよ。シンラさん」


 果たして、お袋が告げた答えが、それだった。


「皇帝である、こと……?」

「ちょっと抽象的でわかりにくいか。なら言い換えてやるよ。シンラさん、アンタは皇帝としての考え方が心に根付き過ぎてるのさ。だから

「道具や、手段として……ッ」


「前に豚野郎に利用された経験がある『あたし』は、その辺には至極敏感でね。だから感じ取ったのさ。アンタは『あたし』を道具として利用できる人だ、ってね」

「お、お待ちくださりませ、美沙子殿! それは幾ら何でも話が極端過ぎまする!」


 シンラが、縋るように叫ぶ。

 だが、お袋が言った話は、聞けば『なるほど』と思えるものだった。


 確かに、シンラは皇帝として国のため、民のため、己を道具としてきた男だ。

 いや、自分だけではなく、自分に使えるもの、仕えるもの、その全てを。

 皇妃も、後宮に住まう女達も、国という大切なものを守るための道具に過ぎない。


 守るべきもののため全てを利用できるもの。それが、皇帝という生き方。

 そしてそれは、金鐘崎美沙子にとって鬼門に等しいものだった。相性が悪すぎる。


「シンラさん、アンタがアタシとの交際を望む理由は、ひなたちゃんだろ?」

「そ、それは、その通りにてございまする。ひなたは幼く、母親が必要と考えればこそ、それに最善と余が考えうる美沙子殿に、こうして交際の申し込みを――」

「オンナ、ナメてんのかよ、アンタ」


 これまた、お袋による気持ちいいくらいの真正面からの切り捨てであった。


「今の話のどこに、アンタからのアタシに対する感情があったんだい? アンタは結局『ひなたちゃんのために最高の道具を用意しようとしてるだけ』じゃないかい。アタシへの求愛だって『最高の母親を確保するための手段』でしかないだろ?」

「そ、それは……」


 シンラが言葉を詰まらせている。

 お袋に真っ向から指摘され、今さら自分の欠点を目の当たりにした、か。


「そういう割り切りはある程度は必要さ。でも、割り切れないから人間なんだよ。アンタはそこを割り切れちまう。自分まで道具にしちまえるんだ。だけどアンタのその姿勢は、アタシにも、そして風見慎良にも無礼なだけなんだよ!」

「う、く……」


 凄まじい迫力を見せるお袋に、シンラは完全に押し黙ってしまった。

 完全に勝負ありだ。皇帝シンラ・バーンズは、女傭兵ミーシャ・グレンに屈した。


「すごいわね、お義母様……」

「そうだな。これが『竜にして獅子』って言われた、ミーシャ・グレン、なんだよ」

「おとしゃんのおかしゃん、カッコイイ~!」


 俺達が口々に騒いでいると、ちょっと半眼になったお袋がこっちを見てくる。


「さっきから聞こえてるよ。やめとくれよ、恥ずかしい……」

「あ、お義母さんがほっぺ赤くしてる。可愛い~!」

「ミフユちゃん、やめてって言ってんだろ、やめておくれったら!」


 お袋とミフユが騒ぎ始める。

 俺は、未だ口を閉ざしたままのシンラの方を見る。


「――わかりました」


 すると、シンラはその場からスックと立ち上がった。


「今日は、これにて失礼します。しかし美沙子殿。余はいつか、必ずや貴女に交際を申し込み、これを受けていただきまする。それを、お忘れなく」

「へぇ、いつかっていつなんだい、色男」

「決まっておりまする――」


 そこでクワッ、と、シンラが目を大きく見開いた。


「余が、貴女の心を奪い取った、その暁に!」


 ウオオオオオオ! シンラの『俺に惚れさせてみせる宣言』キタァァァァァッ!


「キャー! 告白した~! シンラが告白しちゃった~!」

「ち、ちょっとドキドキするわね、こういうの。何となく……」


 騒ぐタマキ。赤面するミフユ。もはや家の中、大騒ぎである。


「へぇ」


 シンラから睨むほどに強く見つめられ、お袋が口角を吊り上げる。


「ハハンッ、やってみな、色男。前の『あたし』と違ってアタシは逃げないからさ」

「余は本日、美沙子殿により蒙を啓かれました。そう、ここは令和の日本。余は皇帝などではなく、ただの一介の宙色市民。ならばこの身、この心、その全てをもって、自分が見初めたオンナを振り向かせてみせましょう!」


 かくして、シンラとお袋による別に頭脳は使わない恋愛肉弾戦は始まった。

 これは仮に名付けるなら『シンラ様は娶りたい』にでもなるんかな。


 ――親父に話したら、どんな反応をするんだろ、これ。

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