第86話 その報酬は最高すぎる!

 壊せませんでした。


『すごい怖かったのよォ~~~~!』


 そして、体力使い果たして座り込んでる俺達の耳に届く、子供のギャン泣き。

 これ、神様の泣き声です。


「カディ様、大丈夫でした?」

『全ッ然、大丈夫じゃないのよ、集! 何で止めないのよォ~!』

「止めましたよ? でもほら、僕は『出戻り』じゃないので~……」


 言いつつも、しっかり目は逸らしている親父である。

 ちなみに大声で騒いでいるのは、見た目五歳くらいの幼女だ。


 銀色の髪と透けるほど白い肌と金色の瞳の、人間離れした超然たる容貌の持ち主。

 その幼い体には、薄布を一枚巻きつけているだけという危うさだが問題はない。

 だって、鏡の中にいるし。


「おめぇ、神様よ、いるならいるって言えやぁ!」

『ひぃん! 集、集、おまえの息子、すごい怖いのよぉ~!?』


 冥界の神カディルグナ様、完全に泣きが入ってます。


「怖いでしょ? 強いんですよ? いや~、さすがは僕の息子ですよね~!」

『この、バカ親バカァ!』


「人の親をバカたぁ、言ってくれるじゃねぇか。泣くか、もっと泣くか、オイ?」

『ひぃ~~~~ん、ごめんなさいなのよぉ~!』

「どうしよう、わたし、あの神様ちゃんの方に感情移入しそうだわ……」


 泣きわめく神様に、ミフユが同情の視線を向ける。

 別にそこまで凄んでるつもりないんだけどなぁ、俺……。


「いや~、しかし壊れねぇな、この鏡。何で出来ててどういう構造してんだよ……」


 殴っても蹴っても、何をしても傷一つつきやしねぇ。

 途中でムカつき過ぎて異能態カリュブディスになったのに、それでもダメでした。


『こ、これでも我はマジモンの神様なのよ~だ! いくら『出戻り』でもこの鏡は人間なんかに壊せるシロモノじゃないのよ~! 永久不変、不朽不滅なんだから!』

「そのおかげで怪獣生まれそうになってるんじゃろがいッ!」

『それは本当にごめんなさいなのよ……』


 冥界の神カディルグナ、灼熱の土下座!


『神隠しのせいとか、責任転嫁はしないのよ。全ては我が原因であり、元凶なのよ。でも、神である我に死はないの。だから、死んでお詫びすることもできないのよ』


 鏡の中にいる神は、そう言ってうなだれる。

 その顔に浮かぶのは罪悪感。そして深い深い、悔恨の情だった。


「だったら、できることをするしかねぇだろ」


 神は死ねない。鏡も壊せない。このままだと『鬼詛』は溜まり続ける。

 それならやるべきことは決まってる。


「何かあるんだろ、神様。わざわざ俺達を招いたんだ。依頼したいんだろ?」

『そうなのよ、アキラ・バーンズ。あなたのことは、世界を隔てても見えていたのよ。『勇者にして魔王』と言われたあなたに、一つ、依頼があるのよ』


 親父に『ツリーマン』とか名乗らせてまで、俺をここまで導いた理由。

 それは、何か依頼したいことがあるからだろうと思っていたが、当たってたか。


『我からあなたへの依頼内容は『『鬼詛』の浄化方法を見つけること』なのよ』

「『鬼詛』の、浄化方法……」

『冥界の神という性質上、我には死せるモノの情念を溜め込むことはできても、それを浄化することはできないのよ。冥界とは、そういう場所だから』


 話はわかった。鏡を壊さずとも『鬼詛』が浄化できれば、様々な問題が解決する。

 それは根本的な解決ではないのだろうが、その次くらいには安心できる方法だ。


「わかった。その依頼は受けてもいい。だが――」

『報酬ならちゃんと用意してあるのよ』

「違う。そうじゃない。その前に質問したいことがある」


 俺は親父の方を流し見ながら、鏡の中の冥界の神に尋ねる。


「親父に制約しばりをかけたのは、あんたか?」

『……なるほど。それ、かぁ』

「その反応。あんたも制約については知ってるようだな、神様よ」


 俺をこの場に導く必要があるというなら、直接それを教えればいい。

 だが、親父はそれをしなかった。

 できなかったからなのはわかるが、その理由について、未だに聞けていない。


「俺に直接教えたら親父は死ぬ。どうせ、そんなところだろ?」

『正解なのよ。でも、我が施した制約ではないのよ。信じられないかもだけど』


 まぁ、そうだな。簡単に信じられる話ではない。

 この神様じゃなきゃ、一体だれが親父にそんな呪いをかけるというのか。


「おばあちゃんだよ」


 と、親父は言った。


「は?」

「パパに制約をかけたのは、おまえのおばあちゃんだよ。アキラ。おまえが三歳にのときに亡くなったから、覚えてはいないだろうけどね」


 軽いため息と共に、親父は肩をすくめる。

 え、何だって? 死んだ俺のばあちゃんが親父にそんな呪いを? 何で!?


『秘密の漏洩を防ぐため、なのよ』


 答えたのは、神様の方。

 しかしそんな答えだけでは、こっちはますます混乱を増すだけだ。


「僕達の先祖は、カディ様と一緒に一族丸ごとこの世界に来てしまった。それは、さっき語ったね、アキラ。――じゃあもしも、敵対勢力にも同じことが起きたら?」

「……この世界に、自分達の敵がいないとも限らない、ってことか」


 実際に宙船坂の一族は日本に転移した。

 敵対する勢力がいるとして、そいつらだってこっちに来るかもしれない。


「この世界に来たばかりの一族にしてみれば、カディ様を守ることが第一。だから自分達に他言無用の呪縛をかけたんだよ。そしてそれは、子々孫々にまで及んだ」

「待ってくださいよ、おじさん! それじゃあ、まさか団長にも!?」


 血相を変えるケントに、しかし、親父はゆるりと首を横に振った。


「本当は生まれたときに制約を施すのがしきたりだったんだけど、僕はそんなものはバカバカしいと思ってたからね。我が子にそんなこと、できるはずがなかったのさ」

「ばあちゃんは、親父にそれをしたんだろ?」

「母さんも相当葛藤してたし、ひどく後悔してたけどね。そう、僕は母さんが後悔するところを見ていたから、アキラには制約を施さなかったんだろうね」


 一族が日本に転移して、百五十年。

 それだけの年月が経てば、しきたりだの何だのって意識は薄れて当然か。


『それで、納得してもらえるのよ?』

「まぁ、わかった。話を戻そう。神様、報酬は用意してあると言ったが?」


 鏡に溜まった『鬼詛』を浄化する方法。

 なかなか大仕事だ。受けるのに異論はないが、報酬も気にならないワケじゃない。


『その前に、一つ謝らせてほしいのよ』

「あ?」


『実は我、そこの集に頼まれて、あなたのことをストーキングしていたのよ』

「ちょ、カディ様……!?」


 鏡の中で深々と頭を下げる神様に、親父が露骨に取り乱す。


『黙りなさい、集! やっぱり、我が子の様子が気になるからって、毎度毎度我を使って覗き見してたのは悪いことなのよ! ここはきっちり謝って反省するのよ!』


 あ、親父。こればっかりは神様に同意するわ、俺。

 つか、冥界の神カディルグナ、めちゃくちゃまともな神様では……?


『それで、今なぜそれを持ち出したかというと、それがあなたに対する報酬に繋がっているからなのよ。我が冥界の神なのは知っているわね?』

「話を聞いたばっかりだから、そりゃあ、まぁ……」


 何だ、報酬に繋がってるって、どういうことだ?


『それで、我はこの世界の神ではないけど、死した魂の扱いには一日の長ありって感じで、見知った人間の魂であれば、この世界の冥府に落ちる前に捕まえられるのよ』

「……はぁ、で?」

『だから――、うん、これはもう話すより見せる方が早いのよ。えい!』


 短いかけ声と共に、鏡に映るものがパッと切り替わる。テレビみたいに。


『ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~ッ!』


 映し出されたのは、赤土が剥き出しの乾いた荒野。

 そこを、情けない悲鳴をあげて泣きわめきながら逃げる見覚えのある男がいる。


 ブヨブヨに太ったその体は裸で、身を護るものなど一切身に着けていない。

 一生懸命逃げるその背中を、無数のモンスター達が追いかけている。


『何で、何で俺が、こ、こんな目にぃぃぃぃぃぃぃッ! っぐひぃッ!』


 男は石につまづいて転び、そこのモンスターの大群が押し寄せていく。


『あぁ、ぁぁ、ああ! 助け、助けてッ、たす、ひぎゃあああああああああ!?』


 丸い体の男は、生きながらにして、モンスターの群れの餌食となり、貪られた。

 その最期を見ても、断末魔の声を聴いても、俺は特に哀れとも思わない。


 ――金鐘崎源三。『僕』を殺したあの男の死は、何度見ても爽快だ。


『ご覧の通りなのよ、アキラ・バーンズ』


 再び、画面にカディルグナが映し出される。


『あの男の魂に、永劫、尽きることなき死の苦しみを与え続けること。それが我からあなたに提示する報酬よ、アキラ・バーンズ。もちろん、発狂なんてさせないのよ。あの男には正気のまま、何度でも何度でも、あらゆるパターンで死んでもらうのよ』

「わかりましたッ! この依頼、受けまァァァァァァァァ――――すッ!」


 そのときの俺の返事は、とてもハキハキしたよいお返事だったと思う。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 冥界の神カディルグナとの謁見、らしきものは終わった。

 俺達は地下室を出て、再び階段を上がっていく。


「しっかし『鬼詛』の浄化方法ねぇ、どうすりゃいいんだ、そんなモン?」

「百五十年間蓄積し続けてた、となると、相当な量よね……」


 俺とミフユがう~んと唸っていると、先を歩く親父が言ってくる。


「百五十年の蓄積があるとはいえ、カディ様の御神体であるあの鏡は相当な量の『鬼詛』を溜め込めるからね。まだまだ容量的には余裕があると思うんだよ」

「仮に、今の段階で『鬼詛』を元にしたモンスターが現れたら?」

「あっちの世界の通常のモンスターよりは強力な個体が出てくるだろうけど、アキラ達なら十分対抗可能なんじゃないかな。多分、だけどね」


 多分なのが怖いんだよ。万が一、俺らで対抗できなきゃエラいことになる。

 だが、まぁその辺りは現状じゃ確かめようはない、か。

 とにかく、ジュンからの依頼はひとまずこれで果たしたことになる。


 レポートにまとめて渡す感じになるかな。

 カディルグナのことはボカした方がいいのかどうか、少し悩むな。


「ところで、アキラ」

「何だい、親父」

「この先、予定はあるかい? もしないなら、お茶でもどうかな?」


 おおっと、それは嬉しい申し出だ。

 俺としても、久しぶりに来た元の自分の家だ、少しゆっくりしたくはある。


「おまえら、何かある~?」


 一応、ミフユ達にも確認を取る。


「ないわよ~。むしろお父様のお話をお聞きしたいわ~」

「俺もっす~」

「余も、特に予定などはございませぬ」


 とのことなので、俺は親父に「お茶!」と元気よく答えておいた。

 その後、親父はわざわざ人数分お茶を淹れてくれた。

 他にもお菓子も用意してあって、居間でみんなでダベろうぜ、ってなったときに、


「……親父、今、何て?」


 俺は、唖然となって問い返す。

 目の前に座って、こっちをまっすぐに凝視して、親父はもう一度繰り返した。


「宙船坂アキラになる気は、ないかい?」

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