第80話 二日目は助っ人を交代いたします

 夜が明けて、夏休み二日目。そして同時に調査二日目。

 これは俺の勘だが、おそらく、調査の方は今日で終わる。そんな気がする。


「えッ! じゃあ『宙船坂』と『集』って、あんたのお父様のことだったの!?」

「……らしい、ですねぇ」


 朝、ウチにやってきたミフユに、昨日のことを説明した。

 大層驚いたが、しかしすぐに納得する。


「ふぅん、なるほどね……。あの『△』はそういうことかぁ」

「あれ、何か変な納得のしかたしてません?」


「変は昨日のあんたでしょうが。シイナの占いのあとから、時々変だったわよ」

「えぇ……、マジで?」


 問い返すと、ミフユはコクリとうなずいた。

 う~む、自分としてはなるべく普通を装ってたんだが、見抜かれていたか。


「なるほどねぇ。そっか、『集』はお父様の名前だったのね」

「『宙船坂』が親父の旧姓なのには驚いたけどな……」


「そうね。てっきり地名か建物の名前かと思ったら、まさかの苗字だったかぁ」

「だけどこれで七星句のうちの大半の意味は知れたことになるな」


「『1844』は隕石が降ってきた年号。『七つ目石』は何かの儀式魔法に使われている祭器で、他にも同じようなものが市内に存在する。『鬼詛』と『カディルグナ』は異世界に由来する言葉で、『宙船坂』と『集』はあんたのお父様を示してる」

「と、すると、残りは――」

「「『観神之宮』」」


 今のところ、それだけは全くのノーヒントだった。

 まずはそれの調査と、あとは『七つ目石』以外の儀式の祭器を探したくもある。


「今日はどうしようかしらね。シイナはこれから仕事だっていうし、二人で行く?」

「タマキは?」

「朝も早くから女磨きに行っちゃったわよ」


 ……ああ、道場破り女磨きですか。


「絶対、努力の方向性間違ってると思うんだけどな、あいつ……」

「それを言ったって理解してくれるタマキじゃないでしょ」


 う~ん、この高い解像度と深い諦観。


「ああ、そうだ。シイナはまだいるんだよな?」

「部屋にいるけど、それがどうしたの?」

「実は――」


 俺は、電話で親父に言われた『△』に関する部分を説明する。


「シイナに聞けばわかる、か。何かしらねぇ、随分と回りくどいっていうか……」

「親父はそういう『制約しばり』だって言ってたけどな」

「しばり、か。魔法で行動を縛る手段は幾つもあるから、絞り切れないわね」


 とりあえず『△』について確認すべく、ミフユの部屋へ。

 おおう、随分とさっぱり片付いてるじゃねぇか、そしてピンクな彩り!


「どう、可愛いでしょ。一昨日、やっと部屋の模様替えが終わったわ」

「そこはかとなく花の香りがするね。いいじゃん、おまえらしい部屋になったな」

「でしょ~!」


 と、そこで胸を張るミフユ。そのときだった。


「リア充の波動を感じますゥ~! ラブラブ滅ぶべしィ~~~~!」


 閉じたドアの向こうから、今日も元気に呪いを叫ぶシイナの声。

 昨日、あれだけ盛大に潰れてたからちょっと心配だったが、大丈夫そうですねぇ。


「シイナ、おはようさん。ちょっと聞きたいことがあるんだが――」

「えッ、父様、ちょっと待っ……!」


 俺はドアを開ける。

 すると、そこには着替え真っ最中のピンクの下着姿のシイナがいた。


 シイナと、目が合う。俺は固まる。シイナも固まる。

 俺はドアを閉じる。


「おまえ、着替えてる最中にリア充呪ってんじゃねぇよッッ!」

「朝からラブラブしてる二人が悪いんでしょおォ~~!」


 互いに醜い言い合いをする俺とシイナ。

 でも、今のは俺は悪くない。絶対に悪くないと、俺は思うんだが!


「ミフユ、おまえはどう思……」


 振り向くと、ミフユが恐ろしくジトっとした目で俺を見て、いや、睨んでいた。


「あの、ミフユさん……?」

「ど~せ、わたしはまだぺったんこですよ~。悪かったわね。つ~ん」

「めんどくせぇ拗ね方をするなァァァァ――――ッ!」


 真夏の朝から叫んだせいで、体温バカ上がったわ。クソ暑ィ……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 シイナが着替え終わるのを待って『△』について尋ねてみた。


「はぁ、父様の父様が、私に聞けばわかる、と?」

「そんな風なことを言ってた」

「う~ん?」


 と、シイナは俺が渡した『△』の描かれた紙を見て、小さく唸る。


「…………あ、これ、もしかして」


 三十秒も経たずに、シイナは何かに気づいて、声をあげる。


「何かわかるのか?」

「はい、確証はないですけど、これ『三極式儀典』なんじゃないですか?」

「さんきょくしき……、大規模儀式魔法のか!」


 三極式儀典。

 正三角形に配置した三つの祭器と、三角形の中心に置かれた神器。

 その四つのアイテムを用いて行なわれる、広範囲大規模魔法儀式を示す名称だ。


「じゃあ、昨日の『七つ目石』は三極式の一角を担ってた、ってことか?」

「多分、ですけど。そうなると、他に二つの祭器と、儀式の中心になる神器が……」

「ふむ……」


 俺は考え込む。

 昨日、俺達が行った『九ツ目神社』は宙色市の北西側の端にあった。


 宙色市全体は、形状としては割と三角形に近い。

 三極式儀典の魔法効果が及ぶ範囲が宙色市内と仮定した場合――、


「宙色市内全体を収められる形で正三角形を描けば、それぞれの角になる場所に『七つ目石』以外の祭器がある、ってことになるのか?」

「そういうことになりますね。――で、申し訳ないんですがそろそろお仕事が」


「あ、ごめん。昨日今日と、ありがとな、シイナ!」

「いえいえ、また飲みましょうねぇ~!」


 小学二年生を気軽に飲みに誘ってんじゃねぇよ……。飲むけど。

 シイナが、仕事へと向かっていった。駅ビルで占いか。儲かるのかねぇ……。


「あ、シイナ帰ったのね」

「あれ、ミフユはどこ行ってたの……?」


 俺とシイナが話してる間、そういえば部屋にいなかったな、ババア。


「今日の助っ人を連れてきたわよ~」

「父上、本日はよろしくお願いいたしまする」


 ミフユが連れてきたのは、シンラだった。あれ、ひなたは?


「ひなたは、本日は藤咲の義両親のもとに預けておりますれば、余は今日は一日フリーにてございます。聞けば『出戻り』が出現する原因を調べておいでとの仕儀、余はそういった調査には関心を持っておりまして、是非とも同行させていただきたく」

「助かるわ。おまえもシイナほどじゃないにせよ、魔法分野得意だったモンな」


「は。必ずやお役に立てるかと」

「OKOK、心強いわ。じゃあ朝めし食ったら早速――」

「お、俺も連れてってくださ~い……」


 と、俺が言いかけたところですぐ外から声。

 開いたままの玄関を見ると、そこには力なく立っているケントがいた。


「……ゾンビかと思った」

「ヘヘヘ、生きてますよ。かろうじて」


 とか言うけど、顔に生気が感じられないんだが。


「ちょっと、このところあんまり寝れてなくて……」


 寝不足かー。まだ小学二年生の俺には実感できない悩みだな。毎日快眠よ。


「今、すげー体動かしたい気分なんで、ついてっていいですかね?」

「別にいいけど、多分、結構歩くぞ?」

「いいです。ジッとしてると色々と考えちゃいそうなんで……」


 と、言うケントの目の下には鮮やかなクマ。

 本当に寝られてないっぽい。ここ最近は寝苦しいのは確かだが、それだけか?


「あ、そうだ。ケント」

「はい、何ですかね、団長」


 タマキに聞こうと思ってたんだけど、もういないから代わりにケントに尋ねる。


「おまえ、だぁくういんぐ何たらって知ってる?」

「『堕悪天翼騎士団ダークウィングナイツ』ですか? 知ってますよ。宙色市近辺じゃ、割と規模のデカいグループですね。それがどうかしたんですか」

「いや、実はな――」


 俺がそう言いかけたとき、ケントの肩越しに見覚えのある連中が姿を見せる。

 それは、まさに今、話題に出していた『堕悪天翼騎士団』の野郎達。


 数は四人。

 中には、あの柳原とかいうピアス野郎もいる。

 だが、その様子は昨日までとは、まるで一変していた。


 見開かれたまままばたきをしない、濁った瞳。

 開いたままの口からはよだれがダラダラ垂れている。


 真夏なのに肌の色は青ざめていて、命の熱が少しも感じられない。

 何よりこの四人、令和の日本じゃあり得ないものを全身から発散している。


「……魔力だと?」

「何よ、こいつら。何で魔力なんて持ってるのよ……」


 気づいて振り返ったミフユも、いぶかしみつつ呟く。


「な、何ですか、こいつら……!?」

「今、話してただぁく何たらって連中だよ」

「ほぉ、この者共が。騎士団を名乗る割に、礼節の何たるかも知らぬようですな」


 ゆっくり近づいてくる柳原達を見て、シンラが目を細めた。

 俺は、目の前の四人の姿に小さな既視感を覚え、続けてケントに確認する。


「ケント、そのグループのボスの名前はわかるか?」

「ええ、有名なヤツだから知ってますよ。司馬誡徒っていう名前ですよ」


 司馬誡徒。……カイト。カイト、か。


「……チッ、なるほどね。カイト・ドラッケンだな、そいつ」


 舌を打つ俺に、反応したのはやはりケントだった。


「ちょ、団長。それって『不死者の王ノーライフ・キング』の名前じゃ……!」

「そうだな。つまり、司馬誡徒は『人外の出戻り』ってことだ」


 めんどくせぇ野郎が出てきたモンだ。

 カイトの眷属と化した柳原達を前にして、俺はもう一度、舌を打った。

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