第78話 一日目終了、そしてあの人からの電話

 う~む、何もわからんかった。

 七星句に語られた『七つ目石』について、色々調べてみるも進展なし!

 気がつけば、空はすっかり茜色。気温も少し下がってきてる。


「今日はここまでかしらね~……」


 知りたがりミフユちゃんも、ついに根負け。

 これは、さすがにタイムアップ。一日目終了かなー。


「あ、終わりですか? それじゃあ、帰りに居酒屋寄ってきます?」


 シイナが、酒を飲むジェスチャーをする。

 金曜日の仕事帰りのサラリーマンかよ、おまえはよぉ……。


「このまま直帰でーす。手伝ってくれたお礼に夕飯奢るくらいはするけど」

「え、本当ですか? ど、どこ行きますか……?」


 期待を寄せるな。のどを鳴らすな。


「ウチに帰ってお袋の手料理を振る舞ってやろうじゃないか」

「え~、何ですかそれぇ~。自炊なんて私だって普通にしてますよ~」


「バカねぇ、あんた。アキラのお義母様のお料理は、…………スゴいわよ?」

「ええッ、そ、そうなんですか……? ゴクリ……」


 何故そこで溜めを作った、ミフユよ。

 あと、おまえもご相伴にあずかる気だな。瞳が爛々に輝いてやがるぞ。


「ふ、ふ~ん……? なるほど。それなら夕飯ご一緒してあげてもいいですよ? でも、どうかなぁ。私も色々食べて舌が肥えてるからなぁ。満足できるといいなぁ」

「今のおまえの反応はミフユも通った道だぞ、もはや結末は見えたわ!」


「え、そうなんですか!?」

「あ~あ~あ~、何のことかしら~、全然覚えてないわ~!」


 ミフユちゃんは誤魔化し方が下手! 実に下手だなぁ! ワッハッハッハ!


「お帰りですか。随分と長居されておりましたなぁ」


 お堂の方に回ると、ジャージ姿の神主さんが話しかけてきた。


「とっても大きな岩で驚きました。見せてくれてありがとうございました!」


 ペコリとお辞儀をして、俺は神主さんにお礼を言う。


「ホッホ、構いませんとも。……ところで、なのですが」

「はい、なんですか~?」

「坊やのお名前は、金鐘崎アキラ君、ですかな?」


 神主さんが、俺の名前を言い当てる。

 その手には薄っぺらい封筒がある。何だ、こりゃどういうイベントだ。


「そうだけど……」


 と、俺は警戒度を高めつつ、神主さんにうなずく。


「実は、坊や達がウチに来る前に、男の人が一人で来ましてね。アキラ君にこれを渡すように頼まれてしまいましてね。さっきは忘れていましたが」


 言って、神主さんは俺に封筒を差し出す。

 シイナもミフユも、怪訝そうな顔でその封筒に目をやっていた。


 俺達が来る前にこの神社に来ていた男?

 そういえば、神主さんも俺達が来たときに千客万来とか言ってたな……。


「その男の人は、どんな人だったの?」

「ふむ、そうですなぁ。ごくごく普通の男の人でしたな。ただ一点、おかしな点が」


「それは、どんな?」

「その方は、ご自分を『ツリーマン』と呼んでおりましたな」


 ツリーマン? 樹木男? 吊られた男?


「そうなんだ。あ、ありがとうございます……」

「いえいえ」


 封筒を受け取って、俺達は九ツ目神社を辞した。

 そして、石段を下る最中、俺は受け取った封筒の中身を確認する。


「何だ、これ……」


 そこに描かれていたのは、文字ではなく絵でもなく、図。

 急いで書き殴ったような感じで『△』だけが、大きく描かれていた。


 ――せめて、日本語にしてほしかったなぁ、って。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 木屋は逃げた。

 だから捕まえて、グチャグチャにした。


 柳原は泣きを入れてきた。

 だから捕まえて、メチャクチャにした。


 あの二人はダメだ。あの二人は、もうダメだ。

 他の十八人もダメだ。あの十八人は、もうダメだ。


 あそこにいた中で、あのアキラとかいうガキに抗えるのは自分だけ。

 その薄っぺらい自負だけが、三ツ矢のワルガキとしてのプライドを支えていた。


「……それで、どうなったんだ?」


 宙色市内、郊外。

 朽ちかけた廃工場で、その男は三ツ矢に先を促す。


 屋根に空いた穴から差し込む月の光が、男の姿を闇の中に浮かび上がらせている。

 壊れたソファに座る、三ツ矢などよりも遥かに細身で背の低い少年だった。


 髪の毛は白に近い灰色。

 瞳は、血のような鮮やかな赤。


 真夏なのに、真っ白いワイシャツに黒ネクタイ、そして黒のジャケット。

 ズボンも黒で、その格好はまるで喪服。対照的に、覗く肌は病的なまでに白い。


 蒸し暑い夜だった。蒸し暑い夜であるはずだった。

 なのに少年は汗一つかかず、平伏する三ツ矢へと女性のような声で語りかける。


「三ツ矢、それからどうなったんだ? 教えてほしいなぁ」

「は、はいッ、ヘッド! それから気がついたら、お、俺達は道路に寝てて……」


 三ツ矢は頭を下げたまま、その少年を見ようとしなかった。

 界隈では武闘派として知られる彼も、目の前の相手にだけは逆らえなかった。


 ――『堕悪天翼騎士団ダークウィングナイツ』ヘッド、司馬誡徒しば かいと


 中学二年生でありながら宙色市の約半分を牛耳る、ワルガキの頂点。

 その髪の色と整いすぎた容貌から、近隣では『氷の王子』とも呼ばれている。


 まるで女性のようにも見える線の細い少年だが、その存在感は圧倒的だ。

 平伏している三ツ矢も、今現在、全く生きた心地がしていない。

 のど元に冷たい刃を押しつけられたかのような、本能的な恐怖が心を占めている。


 眼前の、繊細な見た目の少年は、その気になれば自分を秒で殺せる。

 その確信は、初めて司馬を見たときから抱いているものだ。


「なるほどねぇ、なるほど。ふぅん。変な感じ、か」

「は、はい……」

「それって、こんな感じか?」


 と、いう司馬の声の直後、三ツ矢は昼間に覚えた違和感をまた体験する。


「こ、これです! 間違いありません!」

「そう。なるほどね」


 無表情だった司馬の口の端が、軽く吊り上がる。

 彼は、右手の指にはめた銀のリングをいじくり回している。


「そういえば、ちょっと前にさぁ」

「はい……」


「北村のグループ、何かいきなり全員失踪したじゃん?」

「ええ、そうですね。覚えています」


 北村――、北村理史。

 宙色市の半グレの中でも有名な男で、様々な組織と繋がっていた自称社長だ。

 彼が率いていた組織が、ある日、北村本人含めていきなり消え去った。


 宙色市の裏社会では、それなりに大きな噂になった事件だ。

 ヤバイ組織に目をつけられただの、夜逃げしただの、様々な説が囁かれた。

 しかし結局、真相はわからないまま、今に至っている。


「あとさぁ、芦井組、壊滅したって話、知ってる?」

「はい。それもつい最近の話、でしたね」


 芦井組は宙色市に昔から存在した暴力団だ。

 大地主である郷塚家と長年繋がっていて、市内に一定の勢力を維持していた。

 それが、つい最近解散して、組員はどこぞの組織に吸収されたとか。


 だが、それが一体どうしたというのだろうか。

 どちらも宙色の裏社会を賑わせた大事件ではあるが、今日の件にどう関わるのか。


「三ツ矢さぁ、もう一回確認なんだけどさ」

「は、はい! ヘッド……!」


「そのガキ、確かに『マガツラ』って言ったんだね?」

「はい、言いました! 俺ははっきりと聞きました、あのガキが――」


「ああ、もういいよ。暑苦しいのは嫌いだ。言ったのを聞いたなら、それでいい」

「申し訳ありません!」

「そうかそうか、マガツラか。それはもう、決定的だなぁ。……バーンズか」


 三ツ矢の耳に、司馬がクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 司馬の言っていることが、彼には微塵もわからない。

 だが、その甘く高い声に含まれる喜悦の色だけは、しっかり感じとれた。


「いやぁ、大変なのと当たっちゃったねぇ、三ツ矢。柳原と木屋も。そりゃあ勝てるはずがない。相手が悪すぎたね。三人とも生き残れたのは、とんでもない幸運だ」

「ヘッドは、あのガキのことをご存じなので……?」


 ちょっとした好奇心から、三ツ矢は下げていた頭をあげようとする。

 だが次の瞬間、見える景色がいきなり変わった。


 あれ、と思った。

 自分の真下に、司馬がいる。位置関係が変だった。自分の顔の下に、司馬の顔?


「知らなくていいことを知ろうとしたから、罰ね」


 言って、司馬は大きく口を空け、ボタボタと滴る何かを飲んでいる。

 何を飲んでいる。何が滴っている。いや、そもそも、この状況は一体何なんだ。


 混乱から視線をさまよわせる三ツ矢は、ふと見つけてしまった。

 自分と同じ服を着た首のない人形が、自分と同じように地べたに座っている。


 ――え、あれ人形?


 そう思ったとき、彼はようやく自分に起きた事態を把握した。

 彼は、首を刎ねられていた。そして流れ落ちる血を、司馬に飲み下されていた。


「ィ――――ッ!?」


 声は出ない。首だけなのだから当然だ。

 死んでいない。首だけなのだから不自然だ。


「大丈夫、あとで蘇生はしてやるからさ。んっ、んっく……」


 自分の血が嚥下される音を聴きながら、三ツ矢の意識は無明へと落ちていった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 シイナは、結局ミフユの部屋に泊まることとなりました。

 理由は、おビール様を飲み過ぎたからです。


「だってこんな美味しいお料理にビールなしとか、罪ですよ、罪ッ!」


 はい、ミフユばりの見事な手のひら返しでした。

 あいつ一人でどんだけ空けたよ、缶ビール。いや、俺も少しだけ飲んだけどさ。


「えー! シイちゃん泊まるの? やった~! ……って、酒クセェッ!?」


 これはタマキの反応です。

 バカめ、シイナが理由もなくお泊り会をすると思ったか!


 グデングデンに潰れたシイナをタマキに連れていってもらって、ようやく一人だ。

 さてさて、改めて本日の成果を振り返ってみよう。


 まずは、全てのヒントとなる七星句が明らかになった。

 そして今日、そのうちの『1844』と『七つ目石』について判明した。


 初日でこれだけ調べられたのは、かなり大きいのではないだろうか。

 だが、シイナによって『七つ目石』が儀式魔法の祭器であることがわかった。

 ついでに、同じような祭器が市内にまだ存在するだろうことも。


 そして帰り際、神主さんから渡された『△』が書かれた紙。

 それを描いたのは『ツリーマン』を名乗る謎の男。


 いや~、何ぞこれ。

 全くわからんぞ、ホント何ぞこれ。


 それに加えて、まだ未調査の七星句があと五つ。

 宙船坂、観神之宮、鬼詛、カディルグナ、そして――、つどう


 このうち、鬼詛とカディルグナは異世界の言葉で、意味も何となくわかる。

 だが、だからこそわからない。どこにそんなものが関わってくるのか。


「ふ~む……」


 自分の部屋で、俺は腕を組んで考えていた。

 まぁ、まだ初日だ。

 慌てる必要は全然ないんだが、やっぱ気になっちゃうよなぁ、諸々。


「ふぁ……」


 と、考えているうちに自然とあくびが出てきた。

 午前中遊び倒して、午後は丸々調査に費やしたからなー、そりゃ眠くもなるか。

 そろそろ寝るかな~、と思っていたところに電話の鳴る音。


「はい、金鐘崎です」


 と、お袋が電話に出る。

 オイオイ、この時間に電話かよ。もう午後十時だぞ。子供は寝る時間だぞー。


「――あら、集さん」


 え、親父?

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