第70話 俺達、伝説になったってよ!

 ジュンのことを話すと、皆が興味津々でノッてきた。


「三百年後からの『出戻り』にございますか!」

「おー、スッゲェ! そんなこともあるんだなー!」

「三百年も経ってたら、わたし達のことなんて何も残ってないでしょうね~」


 上から、シンラ、タマキ、ミフユである。

 シイナだけ、何故かジュンのことを遠巻きに眺めている。何してんだ、あいつ。


「くぅ~、ま、眩しい……、あれが、既婚男性ッ! 何というリア充の輝き……!」


 ……本当に何してんだ、あいつ。


「え~っと……」


 一方で、皆の注目の的のジュンは、完全に恐縮してしまっている。


「『天にして地』と称された、大帝国初代皇帝シンラ・バーンズ様に、『鉄人にして超人』と謳われた、バーンズ家最強の武闘家タマキ・バーンズ様、そしてアキラ・バーンズ様と共にバーンズ家の礎をお築きになられた『聖女にして悪女』、世界最高値の娼婦だった経験もあるミフユ・バビロニャ様。……すごい。すごいなぁ」


 と呟いて、何故かジュンの瞳から涙がポロポロ。


「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」


 囲んでいた三人、そりゃあ驚愕よ。


「あ~ぁ~、ジュン君ったらぁ~、感激のあまり涙腺崩壊しちゃったぁ~」


 スダレが「しょうがないにゃ~」と甲斐甲斐しくティッシュを持ってくる。

 感激? これ感激の涙なの!!?


「す、すみません! お見苦しいところを……。その、僕は元々歴史好きが高じて学者になったクチでして、伝説のバーンズ家にお会いできるなんて、もう、もう!」


 あ~、グッと握られた拳が力入りすぎてプルプルしておられるよ。

 でもわかった、この人の印象がスダレと被ったワケ。

 スダレが情報オタなのと同じで、この人も歴史オタなんだな。同じくらいの。


「何と、伝説。余らは後世にて伝説となっている、と?」

「はい、皇帝陛下、いえ『神聖不可侵なりし開闢帝』シンラ・バーンズ一世陛下!」


 何だかスゲェ呼ばれ方してるぞぉ、この商社サラリーマン。


「『開闢帝』。それが後世における余を示す称号なのですな」

「その通りです、僕が生きていた時代でも世界最大の大国であった帝国を建国なされた方ですから、そのように呼ばれております! お会いできて光栄です!」


 瞳キラキラ、声大ボリューム、そしてシンラと熱く握手を交わすジュン。

 う~ん、完全にはしゃいでおられる。子供みてーな無邪気っぷりだ。


「なーなー! オレは、オレは? オレは三百年後はどんな感じの評判なんだ? なぁなぁなぁなぁ、教えてくれよー! スッゲェ気になるんだよ~!」

「タマキ・バーンズ様! 世界最強論議には必ず登場する『史上最強の生物』の!」

「『史上最強の生物』ッ!」


 オイオイオイオイ、そんなどっかの漫画に出てくる鬼親父みてーな……。


「生涯無敗を貫き通した最強の女性武闘家として、三百年後でも有名でした。日本でいう、宮本武蔵のような扱いでしょうか。最強といえば、タマキ様、のような」

「おとしゃ~ん、おかしゃ~ん、聞いたか、聞いたか!? オレ、最強だって!」


「よかったわね~」

「わ~い! スッゲェ嬉しい!」


 ミフユに撫でられてご満悦のタマキ。……これが『最強の代名詞』、ねぇ。


「あとは、タマキ様についてはやはり『生涯独身であった理由』に関する考察も盛んに行われていましたね。最強であり、そしてとびっきりの美女でもあったタマキ様がどうして生涯未婚のまま人生を終えたのか。様々な憶測と仮説が存在しています」

「ぴ!?」


 可愛い擬音と共にタマキの動きが止まる。視線が泳ぐ。


「一番有力なのは、同時代に活躍し、未決着のままに終わった『岩にして草』と呼ばれた忍者ケンゴ・ガイアルドとひそかに愛し合っていたという説――」

「それは、ない!」

「おおおおおお、最有力だった説がたった今、覆されました! 新発見です!」


 まぁ、ケンゴと会ったときもそれらしいそぶりは特に見せなかったしなぁ。

 しかしそうすると、タマキが生涯未婚だった理由って、結局何なんだろうな……。

 それはそれで、ちょっと気になってしまう。


「そして、そして……、バーンズ家の基礎を築かれた、ミフユ・バビロニャ様」

「いや、別に『様』とかつけないでも……」


 ジュンの瞳からまた、涙がポロポロと。


「また泣いてる!?」

「は~い、ティッシュティッシュ~、ジュン君、お鼻チ~ンしようね~」

「うぅぅぅ、ありがとう、スダレ……」


 スダレ、ちゃんと奥さんやってるんだなぁ。ちょっと感激しそう。


「ちょっと、ジュンさん、どうしてまた泣いたりしたのよ……?」

「いえ、三百年後の世界では、そちらにおられるアキラ様とミフユ様はですね――」


「『様』はいいって……、で、何? わたしとアキラが何なの?」

「『太父と太母』という名で偶像化されて、世界規模で崇拝されています。いわば神様なのです。だから僕、実際にお会いできて、もう感無量で……!」

「「ちょっ!?」」


 何だそれェェェェェェェェェェェェェェェ!!?

 す、崇拝? 偶像化? 『太父と太母』って何だよォ――――ッ!?


「『開闢帝』と『史上最強の生物』の親であり、他にも一人一人がその後の世界に甚大なる影響と変化のきっかけを与えた『世界を一変させた一家』であるバーンズ家の家祖なのですから、そのくらいの扱いは当然ではないでしょうか?」

「……いや、尋ねられても、その、困るわ」


 何か俺達、三百年後の世界ですごいことになっとるゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!


「フ、フフ、フフフ! やはりバーンズ家は庶民と呼ぶには程遠い一家だったんですね。その中において、庶民は私だけ。それが再確認できて、何か安心しました!」


 ノンアルコールビールをチビチビやってたシイナが、そんなことを言い始める。

 だがバカめ、ジュンのおまえを見たときの瞳の輝きに、まだ気づいていないとは!


「もしや、シイナ・バーンズ様……?」

「あ、はい、そうです。バーンズ家きっての庶民派、無難な人生を送りたい私です」


「シイナ様! 知名度だけならば、バーンズ家十五人の子供達の中でも、最も突出している世界的有名人『夢見にして星見』のシイナ・バーンズ様ですか!?」

「何でェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!?」


 タマキやシンラより有名とか……。シイナ、何したんだ、おまえ。


「シイナ様が著わされた予言書『夢見るものの唄』の中に記された『十七の破滅の予言』を巡って、ここ三百年、世界では考察と研究が盛んに行われていまして、それもあって『夢見るものの唄』は世界で最も売れた書籍になってるんです」


 まるっきり聖書やんけ。


「あれ、ただの日記兼愚痴ノートだったんですけど!?」

「え、そうなんですか? それにしては中身が抽象的かつ抒情的なような……」

「誰かに読まれたら恥ずかしいから、わざと難解にしたんですよぅ!」


 裏目! シイナの思惑、見事に裏目! ヤベェ、これは笑うわ!


「シイナよ……」

「シイちゃん……」

「おシイちゃん……」


 これには、シンラ、タマキ、スダレが一斉に同情のまなざしを向ける。

 その温度は当然ながら、生ぬるい。


「……ううう、まさか後世で生き恥を晒す羽目になるだなんて」

「え、でも、あの書の中にあった『十七の破滅の予言』のうち、三百年の間に四つが的中していて、世界は四度、破滅の危機に見舞われたんですよ?」

「えええええええええええええ、ただの日記なのにィィィィィィィィ!?」


 うわぁ、ただの日記のはずなのに、本気で予言書やっとる……。

 これだからシイナは怖いんだ。

 こんな感じで、本人も意図しない部分でやたらデカいトラブルに関わるから。


「四度の世界の危機を的中させた『夢見るものの唄』はその後、『世界を救う可能性を秘めた予言書』として、世界中で研究されるようになっていったんです!」

「お願いだから、もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~……」


 完全に泣きが入ってズルスルと崩れ落ちるシイナ。

 バーンズ家きっての庶民派。かっこ笑い。


「いやぁ、バーンズ家の皆さんとお会いできるだなんて、今日は記念日だ。僕がこの世界に『出戻り』してから、二番目に嬉しい日だ……」

「ちなみに一番は?」

「スダレにプロポーズしてOKをもらえたときです」


 惚気おるわ。


「けッ!」


 そしてウチの四女は、ノンアルコールビールを片手にスルメをかじるのだった。

 だから結婚できねーんだよ、おまえは……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それからは、俺達がジュンに色々聞くターンとなった。


「え、じゃあスダレが『出戻り』なのを知ったのは、結婚後なのか!」

「はい、お互いにそれについては結婚前は隠してまして……」


 じゃあ本当に、純粋に好き合って結婚したワケだ。

 いいねぇ、そういうの。

 打算のある結婚も悪いこととは思わんけど、こういうのも大いによし。


「もし仮にですよ、ジュンさんがスダレ姉様を『出戻り』で、しかもバーンズ家だって知ってたら、どうです? 知的欲求を満たすために結婚してたりしました?」


 なんて、シイナが意地の悪い質問をする。おまえってヤツは……。


「ふ~んだ~、ジュン君はそんなことしないも~ん! ジュン君はいい男なの~!」


 スダレがシイナにベ~ッと舌を出す。

 その隣で、ジュンは腕を組んで今の質問について考え始めた。


「う~ん、そうですね。そこまで知っていたら、考えが浮かばない、ということはさすがにないと思います。でも、僕はスダレがスダレだから、好きになったので……」

「うぁ、眩しい! この惚気オーラ! 眩しすぎて、私、死にそうですッ!」


 そうか、いっそ死ね。


 しかしスダレの言う通り、ジュンはいい男だな。純朴な好青年っていうか。

 腰が低くて気弱に思えるけど、非常に誠実な人だ。スダレはいい男を見つけたな。

 と、思っていると、ジュンが俺の方を向いた。


「ところで、アキラ・バーンズ様」

「『様』はいいです。勘弁してくださいよ、本気で」


「では、アキラさん。……アキラさんは傭兵、なんですよね?」

「うん? ああ、そうだな。一応こっちでもやってるよ」

「仕事の内容としては、どの程度までお願いすることはできますでしょうか」


 と、真剣な様子で尋ねてくるジュン。

 おお、何だ何だ、もしかして俺に仕事の依頼かぁ~?


「どの程度まで、と聞かれたら『何でも』と答えるよ。実質、何でも屋さ」


 俺達が生きてたのは戦乱の時代だったから、依頼内容は戦争ばっかりだったが。

 育ての親が健在だった頃から、頼まれれば何でもやってたんだよな、俺。


「では、調査の依頼なども可能ですか?」

「何についての調査か、にもよるけど。一体、俺に何を頼もうってんだい?」


 調べることについては、スダレに任せるのが一番いいと思うんだが。

 それでも俺に頼もうしているところに興味を惹かれて、俺はジュンに尋ねてみる。


「実は、前々から僕はとあるテーマについて、宙色市近辺を調べていたんです。でも、生憎仕事の都合で東京に単身赴任が決まってしまって、中断しているんです」

「とあるテーマ、ほう……」


「もちろん、スダレなら簡単に調べられると思うんですけど……」

「うぅん、やだぁ~、これはウチ、調べたくない~。だってジュン君の研究テーマだモ~ン。ウチ、知るのは好きだけどそういう横取りみたいのはやんやんなのぉ~」

「と、いうことでして……」


 愛されてんなぁ……。

 情報先取りフェチのスダレにそうまで言わしめるとは。


「ですが、僕は今日はこっちに戻れていますが、明後日にはまた東京に戻らないといけません。これでは研究も思うように進まないので、そこで――」

「俺に、研究テーマに関する調査を依頼したいってことだな?」


 ジュンが深くうなずいた。


「で、その研究テーマってのは何なんだい?」

「はい、それは――」


 そして、ジュンは自分の研究テーマを教えてくれる。

 それは俺達にとっても非常に興味をそそられるテーマだった。


「僕の研究テーマは『『出戻り』とは何か?』です」

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 →幕間 『出戻り』達の平穏ならざる日常 終


               第五章 夏休み、宙色市歴史探訪 に続く←

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