第四章 佐村家だらけの死亡遊戯

第51話 カミさんの親族にロクなのいないの悲しい

 六月に入って、いよいよ雨の季節となりまして。

 今日も今日とてシトシトと振ってるワケだ、雨が。梅雨だ。あ~、湿度たけぇ!


「はい、みんな、さようなら!」


 仁堂小学校二年四組。

 真嶋誠司に代わって新たに担任になった教師、高橋寿々江がお別れの挨拶をする。


「「「さようならー!」」」


 それに合わせて、同級生達も声を揃えてそれに応える。

 高橋センセは四十代のおばちゃんで、上品で優しくて頼りになる教師だ。


 おかげで、真嶋がいなくなったあとの四組は、見事に普通のクラスになった。

 やっぱ担任によって全然違ってくるんだなぁ~、と、しみじみと。


 それにしてもジメジメしてんよー、このクラスよー。

 プライバシー保護の防音壁が通気性までブチ殺しちゃってくれてんだよ~!


 あ~、さっさと帰ろ。帰ろ。

 今日は帰って、ひなたと一緒に録画したアニメ見るんだよー!


「あ、金鐘崎く~ん、ちょっと待ってくれないかしら~?」

「うぇ?」


 帰ろうとしたら、高橋センセに呼び止められた。


「何ですか~、センセ」

「先生よ、先生。あのね、あなた、佐村さんと仲良かったわよね」


 ああ、何か今日休んでたな、ミフユのヤツ。珍しい。


「今日の分のプリントを佐村さんの家に届けてくれないかしら?」

「え~……」


 方向的には結構違うんですけど、あいつのいるホテルとウチ。

 つか、小学二年生に頼むことかね、それ。


「そういうのって家が近い人に頼みません?」

「普通はそうなんだけどね~、みんなもう帰っちゃったのよね~」


 言われて、周りを見るとホントだよ、俺しかいねぇ……。

 小学二年生の瞬発力、スゲーな。バネ仕掛けのおもちゃか何かか?


「っていうわけで、お願いできるの金鐘崎君だけなのよ」

「あー、う~ん……」


 俺は答えに窮する。

 保護者呼べよ、と言えないのがもどかしい。あいつまだ後見人決まらんのか。


「……あ、そうだ」


 俺はここで名案を閃いた。

 どうせ行くなら、ミフユも誘って三人でアニメの録画を見ればいいじゃないか!

 確か、今日見るアニメはあいつも毎週見てたはず。


「わかりました。じゃあプリント届けてきますよ」

「本当? ありがとう。じゃあこれ、お願いね」


 そして俺は、降りしきる雨の中、雨合羽を纏って歩き出したのだった。

 空気が生ぬるいんだよォォォォォォォォ~~~~!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 これ前にも言ったけどさ。

 最高級ホテルの最上階ワンフロア貸し切りしてる小学二年生とかおかしいよね。

 ホテル側には保護者がいるってことで話通してるだろうけど――、通してるよな?


 いや、通してないかも。

 別にそんなこと言わないでも、ミフユならいくらでも篭絡できるから。


 あいつの『人格変容』は絶対やらないように言ってある。

 でも、それとは別にミフユには娼婦として磨き上げた話術や対人技術がある。

 それらがあれば、ホテル側との交渉なんてベイビーサブミッションだろう。


「……まぁ、いっか! あそこのホテル、気持ちいいし!」


 俺は深くは考えないことにして、バスを降りてホテル前に到着。

 空飛んじゃえば楽だけど、雨の中を歩くのはそんなに嫌いじゃない。湿気は死ね。


 さて、ホテルに入ってエレベーターでさっさと最上階へ。

 受付のお姉さんが知ってる顔だったので、軽く会釈して挨拶だけしておいた。


 お姉さんはニッコリ笑って応じてくれたが、スダレの調査によると上司と不倫中。

 あいつは何を調べとるのか。あの情報フェチはよぅ……。


「エレベーター出てからドアまで長ェ~んだ、無駄に!」


 高級感を醸し出す演出か何かなんですかねぇ、こちとらもう飽きてンですよ。

 そんなワケで到着~。豪華だけど見飽きたドア~。チャイム鳴らす――、


「……お?」


 何か、部屋の中から声が聞こえる。

 ここは最上級スイートだけあって防音もバッチリなはずなのに。

 外に漏れるほどって、どんだけの大声出してんだ。


開錠アンロック


 悩みもせず、俺は魔法で鍵を開ける。

 聞こえたのはミフユではなく、男の声だった。その時点でこっちは臨戦態勢だ。


「何度言わせれば気が済む! さっさとワシを後見人に指名すればいいんだ! 子供が金を持つな。金は大人が使うものだと、それこそ何度も言ったろうが!」

「まぁまぁ、甚太じんた伯父さん。そう怒鳴らないでくださいよ。耳にきついっすわ。ねぇ~、美芙柚ちゃん、叔父さんと叔母さんが面倒見るからさ~、後見人、どうかなぁ~?」

「いいえ龍哉たきやさんのご家庭は美芙柚ちゃんを預けるには不安が残ります。それでしたら、この佐村夢莉さむら ゆうりが美芙柚ちゃんを引き取ります」


「何を言うか、夢莉。おまえ如き小娘が、勲の遺産を独り占めするなど許されるワケがないだろうが! 佐村の序列を考えれば、ワシだ。ワシこそが相応しいのだ!」

「だから伯父さん、声デケェっての……。それと夢莉ちゃんさぁ、ウチに何か文句あるの? ウチは仲良しこよしの理想的な家庭なんですけどねェ~?」

「よく言いますよね。表向きそう見せてるだけで、龍哉さんと奥様が仮面夫婦なのはみんな知っていますよ。美芙柚ちゃんの情操教育にいいとは思えませんけれど」


「ワシだ! ワシを後見人に指名しろ!」

「いいや、ウチだよ、美芙柚ちゃん。是非ウチを後見人に指名しておくれ」

「やめなさい、美芙柚ちゃん。後見人なら、勲兄さんの妹の私がなってあげるわ」


 …………う わ ぁ 。


「何だこりゃあ……」


 俺は、呆気に取られてしまった。

 部屋の真ん中でソファに身を沈めるミフユに、大の大人が三人も迫っている。


 一人はスーツをピシッと着た、樽みてぇな体型の脂ぎったオッサン。

 一人は安っぽい色合いの金髪ロンゲにピアスジャラジャラの背の高いにーちゃん。

 一人は紺色のスーツを見事に着こなす、眼鏡をかけた頭固そうなおねーさん。


 そんな個性的で愉快な三人組が、ミフユを囲んでいるワケだ。

 周りでギャンギャン騒がれて、あいつもすっかりくたびれ顔ですよ。か~わいそ。


「美芙柚ちゃんさぁ~、ウチに来ればこれ以上寂しい思いもしなくて済むよ~。将来的にもウチの息子と一緒になってくれりゃあ、叔父さん嬉しいんだけどなぁ~」


 ……………………あ?


「笑えないわねぇ、龍哉叔父さん。わたし、まだ七歳よ。わかって言ってる?」

「わかってるわかってる。でも、先のコトを考えるのだって悪くは――」

「ゥゥゥゥオラァァァァァァァ! 全力全開、必殺バーンズパァ――――ンチッ!」


 と見せかけて、たっぷり助走をつけてのドロップキィィィィ――――ック!


「んぎょわぁ~~~~!?」


 ピアスジャラジャラの金髪ロン毛が、俺のキックで吹き飛んで転がってった。

 悪は滅びた。

 正義の勝利だ、正義万歳! 勝利万歳! 金鐘崎アキラよ永遠に!


「……え、アキラ?」


 きょとんとするミフユの前に立ち、転がったままの金髪ロン毛に中指を立てる。


「てンめェ~、誰と誰が一緒になるだァ~? 殺して生き返して殺して生き返して殺して殺して殺し尽くして生き返してまた殺してやろうか? 笑うか、あ?」

「な、何だこのガキは! どこから入ってきた!?」


 俺の乱入に露骨に狼狽える樽おっさん。

 眼鏡のおねーさんの方も、何が何やらという感じで固まっている。


「……誰なの、あなた?」


 おねーさんに問われ、俺は低く唸りながら答えた。


「俺はミフユの旦那だ、文句あんのかコラッ!」

「だ、旦那ァ!?」


 驚きの声をあげ、おねーさんが丸い目のままミフユの方を見る。


「うん。そう、旦那。わたしの処女はこいつにあげるし、こいつの童貞はわたしがもらうの。そういう予定の仲。だから、他の男と一緒になるとかありえないのよ」

「な、な、な、な……ッ!?」


 樽おっさんと同様に、今度はおねーさんが狼狽え始める。何だ、うぶなねんねか?


「くっ、何てガキだ。いきなり見ず知らずの大人に蹴りを入れるなんて、どんな教育を受けてるんだ。信じられないな。とんだクソガキじゃないかよ、全く……」


 起き上がった金髪ロン毛が俺を見て苦々しい顔をする。

 だが、意図していないとはいえケンカを売ったのはそっち。こっちは買っただけ。

 やるならとことんやっちゃお~かな~? ん~?


「教育云々を言うなら、代理人を通してくださいって散々言ってるのにこうして直談判に来てる叔父さん達も一緒じゃないです? 人の話は聞きましょうって、習いましたよね? 後見人の件で、わたしから何かを言うことはありません。お引き取りを」

「……くっ」


 ピシャリと言ったミフユに、金髪ロン毛が呻きを漏らす。


「ええい、ワシは諦めんぞ! 佐村の財産はワシのモノだ! いいな、美芙柚!」


 樽おっさんは顔を赤くし、大声で怒鳴って大股で部屋を出ていく。

 続いて金髪ロン毛も「仕方がない。また来るよ」と言って退出。人の話聞いてた?


「夢莉叔母様も、今日はお帰りください」

「そ、そうねッ! 愛し合う二人の邪魔をするのは悪いから、今日は帰ることにするわ! お邪魔しちゃってごめんなさいね! ま、またね! 高市たかいち、帰るわよ!」

「ウス」


 あれ、もう一人いたのか、と見やれば、ウォ、でっけぇ!?

 部屋の隅に黒スーツにサングラスという出で立ちの巨漢が静かに佇んでいた。

 うわぁ、身長2m越えてそうだぞ~……。


「ま、また来るわね! それじゃあ!」


 夢莉とかいうおねーさん、声むっちゃ上ずらせて帰ってった。

 サングラスのデカブツもそれに続いて部屋を出ていく。

 こうして、部屋には俺とミフユの二人きり。ミフユが盛大にため息をついた。


「あ~っ、疲れた。笑えないのよ、もぉ~!」


 そしてソファの上で手足をバタバタさせる。

 俺はそれを見ながら、腕を組んでちょっと思索に耽り出す。


「アキラが来て助かったわ。ほんっと、言っても聞きやしない。あんなんだから、後見人を任せられないって何で理解しないのかしらね~。ホント疲れた。って……」


 ミフユが、考え事をしている俺に気づく。


「何よ、どうかしたの?」

「あの夢莉とかいう女の人が連れてた、高市ってデカブツ、いたじゃん」

「高市さん? 夢莉叔母様の専属ボディーガードだけど、それが?」


「あれさ」

「うん」


「多分『出戻り』だぜ」

「え」


 俺に言葉に、ミフユは軽く絶句する

 まためんどくせぇことにならないといいけどなー。と、俺は今から思うのだった。

 どうせ、なるに決まってるんだろうけどさッッ!

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