第34話 スダレちゃん、大敗北!

 着いたよ、事件現場だよ!

 時刻は午後六時。この時間帯でもまだまだ外は明るいなぁ。


「死体は~、お棺に入れられて、お葬式の会場に運び込まれてたんだよね~?」

「らしいなぁ、よー知らんけど」


 斎場の上空で、俺はスダレにそう答える。


「ふみゅ~ん、なぁるほど~」


 言いつつ、スダレは空中をクルクル回ったり、グルグル回ったり。


「何してるん?」

「お空久しぶりだから~、た~のし~!」

「ガキかしら。……ガキだったわね」


 ミフユがフゥと息をつく。

 まぁ、スダレの気持ちもわからんでもない。こいつ、飛翔の魔法使えないから。

 スダレを浮かせているのは俺だ。自分とスダレに飛翔の魔法をかけている。


「しかし、今日も普通に葬式やってるな。身を隠さないと、中には入れないか」


 見下ろす先の斎場には、喪服を着た人の姿がそれなりに見える。

 郷塚家の葬式のときほどの人数はいないが、それでも少なくはない数だ。


 死体が消えた現場に行くには、どうしても人の目についてしまう。

 そこは『異階化』して、違う階層から現場の葬式会場に入ればいいんだが――、


「や~よ~、ナマの現場を拝みたいの~、『異階』はやなんだからね~」


 スダレがこう言ってるから、それは無理。ワガママさんめ。


「仕方ねぇ、『隙間風の外套』使うかぁ」

「まだ暑いのに……」


 ミフユが絶望的な声音を出すが、今はスダレにイニシアチブがあるので。

 俺達三人は、それぞれの収納空間アイテムボックスから、黒い布切れを取り出す。


 それは体に羽織るフード付きのマントで、己を透明化させる便利アイテムだ。

 ついでに地上からかすかに浮遊して移動できるので、足音も消せる優れモノだぞ。


「ちゃんと着ろよ~」

「わ~い、おパパとおママと潜入ごっこだ~」

「うう、もう暑い。笑えないわねぇ……」


 外套を羽織って、はしゃぐスダレと嘆くミフユ。実年齢からすると反応逆じゃね?

 俺達は斎場の裏手に降下すると、そこから建物の中へと入った。


 前は気づかなかったが、斎場の中は空調が利いているのか、ひんやりとしていた。

 俺は記憶を頼りに、郷塚の葬式が行われるはずだった会場を目指す。


 そこでは、今日も普通に葬式が執り行われていた。

 多数の弔問客がかしこまった様子でいる中、坊さんの読経だけが響いている。


『おパパ、ここ~?』


 話し声でバレないよう、魔力を使った通信念話でやりとりをする。


『ここ、のはず』


 実際に行ったワケじゃないので確信はないんだけど、合ってはいるはず。


『ふ~ん、どれどれ~』


 と、スダレがその場で深呼吸を始める。

 スーハー、スーハ―と、その豊かな胸をいっぱいに上下させたのち、


『実によき謎のかほり~、スメル~、フレグランス~。ここに間違いなし!』

『何でわかんだよ……』

『暑い、暑いわ……、汗が止まらないわ……』


 ミフユはミフユで完全に茹で上がってるしよ。マジで笑うわ。


『そしたら~』


 スダレが、その場で指輪を使って『異階化』を行なう。

 すると、俺達三人だけ世界の階層が切り替わり、周りからは認識されなくなる。

 状態としては、枡間井未来に行なった『異階放逐』と同じような感じだ。


 普通の『異階化』では同じ空間にいる人間は全員巻き込まれる。

 しかし、スダレの『異階化』はこうした細かい調整が可能だ。

 それはこいつの異面体の能力が『異階化』に密接に関わっていることによる。


「暑かったァ~~~~!」


 階層が切り替わった瞬間、ミフユがバッと外套を脱ぎ捨てた。

 それを目の前にしているはずの葬式の列席者達は、しかし、気づいた様子もない。


「ビロバっちゃ~ん、出番だよ~」


 同じく外套を脱いだスダレの手に、ヒュッと銀色の板みたいなものが現れる。


「何それ?」

「ビロバッちゃん~」


 ビロバクサ?

 スダレの異面体だが、あれ、ノーパソじゃなかったっけ?


「外だとタブレットPCになるみたいね。便利ね」

「さすがはおママ、わかってる~。それに比べておパパったら~」


 ……何よ?


「本当に令和の日本人なの~? 明治・大正生まれだったりしな~い?」

「チャキチャキの令和の小学二年生だわ!」


 俺がそう叫ぶも、スダレは全く聞く様子もなく、タブレットを操作し始める。


「それじゃあ、謎を暴いてみましょうか~! お~!」


 やる気満々でそう言うも、どうせ答えは自分で独占だろ。

 スダレが、しばしタブレット画面を食い入るように見つめる。


「お、お? お! おぉ!? おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~!」


 あ、何かすごい反応。


「へ~! ふ~ん、あ、そうなんだぁ~! へ~! すごぉ~い、そんなことあるんだぁ~! わ~、勉強になるな~。……えっ、そんなことまで~!? にゃは~!」

「…………」


 …………うず。


「うわ、うわうわうわ~! わぁ~、そっかぁ~、そういうことかぁ~! あれがこーなって~、これがそーなって~、そこがああなるんだ~、わ~、わ~!」

「あの、スダレさん……?」


 小声で呼んでみると、スダレがキッとこっちを睨み据えてきた。


「や~だよ~」


 そして、ベ~ッと出される舌。


「この情報はウチだけのものだもんね~、教えてあげないよ~、っだ!」

「ぐはぁ……!」

「さっきまで全然意にも介してなかったくせに、気になっちゃったのね……」


 血を吐かんばかりの俺に、ミフユが憐憫のまなざしを向けてきた。

 はい、おもっくそ気になっちゃいました……。


「はぁ~、満足満足~♪ 今日はいい夢見れそうだぁ~!」


 一方で、一人で全ての真相を掴んだスダレが、楽しそうなホクホク顔で言った。

 ク、クソ、気になる。どうしても気になってしまう。クソォ!


「スダレ、あの、少しだけでも教えて……」

「やだ~」


「じゃあ、ヒント! ヒントだけでも!」

「やだ~」

「もう諦めなさいって……」


 好奇心に駆られた俺の肩を、ミフユがポンと叩いてきた。

 こうして、俺は別に抱く必要のない敗北感に打ちのめされながら、斎場を去った。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 外套を再び羽織って、『異階化』を解除。

 そして、俺達は建物の外へ出て、誰もいない裏手へと回る。


 必要な用件は全て終わった。

 あとはスダレを探偵事務所に送り届け、俺達は家に戻るだけだ。


「そ~だ~、せっかくここまで来たんだから~、結界の拡張、やってっていい?」

「そういえば、ここは読み取りの結界の範囲外だっつってたな」

「そ~なの~」


 スダレの異面体の能力を使うために必要な、現実世界の情報を読み取る結界。

 それの設置自体は、まぁ、大した手間じゃない。


「何でもいいから早くして~、暑いのよ~……」


 ミフユがボヤく。

 おまえ、そんな暑いの苦手だったっけ?


「一応、念のため斎場の敷地の外に出るまでは着てよう」

「うぁ~~~~……」


 そんな死にそうな声出すなよ。


「じゃあとりあえず、この斎場を起点にして~」


 ――足音がした。


『念話に移行で』

『は~い』

『暑いわ……』


 俺達が物陰に身を隠すと、それからすぐに二人の男がその場にやってきた。

 どちらも、見覚えのある顔だった。


『ありゃ、貫満とかいう刑事に、郷塚の家の……』

『貫満隆一と、郷塚賢人だね~。賢人の方は何故かボッコボコだけど~』

『暑い……』


 本当に暑そうだな……。ちょっと気の毒だけど、もう少し待ってろな。


「何でついてくるんだよ……」

「そりゃあ、こっちのセリフだぜ、郷塚の坊ちゃん。何でこんなところに?」


「あんたには関係ないだろ!」

「関係あるさ。俺は今、尾行中でね。この前の死体消失事件の犯人の、あんたを」


『えっ』

『えっ』

『暑いぃ~……』


 郷塚賢人が、あの事件の犯人……?


「ワケわかんねぇ。何で俺なんだよ。俺みたいなガキに、どうやって……」

「方法なんざ知らねぇさ。何かあんだろ。だが、やったのはあんただ。間違いねぇ」


「どうして、そう断言できるんだよ!」

「目さ」


 気色ばむ賢人に、貫満は笑って自分の目を指さした。


「葬式の場で、あんたは郷塚健司に向かってひどく怯えた目をしてた。ありゃ、殴られるのを怖がってた目じゃねぇ。自分のやったことがバレてないか恐れてる目さ」

「…………ッ!」


 賢人は言葉こそ発しなかったが、今、確かに身をすくませた。

 それを、貫満が見逃すはずがない。


「今、たじろいだな? 俺の言ってることが的外れなら、そんな反応はしねぇよな、坊ちゃんよ。……やっぱあんたなんだな、死体をかっぱらったのは」

「――別に、かっぱらってなんかないよ」


 観念したのか、賢人が自ら認めるようなことを言い出す。

 俺は、ふとスダレを見た。


『ぶぅ~~~~!』


 うわ、すっごい不機嫌。めちゃくちゃ唇尖がってる。ロンギヌスの槍並に。

 スダレがこの反応ってことは、本当に賢人が犯人なのか。


「どうやって死体を隠した」

「隠してもいない。ただ、魔法で透明にしただけだ」


 ……魔法、だと?


「オイオイ、大人をからかうなよ。魔法? 魔法だと?」

「別に信じてくれなくていいよ。けど俺は魔法を使ったんだ。ずっと前に死にかけたときから、魔法を使えるようになったんだよ……」


 死にかけたのちに、使えるように。

 まさか、賢人は『出戻り』か? ……いや、前世の記憶があるようには見えない。

 枡間井未来のように、演技が達者である可能性もあるにはあるんだが。


「どうして、死体を隠したりした?」

「郷塚の家の葬式をブチ壊して、親父を笑ってやりたかっただけだよ」


「そのせいで、そんなツラになっちまったようだが?」

「ああ、今は後悔してるよ。また死にかけるかと思った。……クソ親父め」


 腫れた自分の頬を押さえつつ、賢人が恨みを口にする。


「それで、どうするんだよ、刑事さん。俺を捕まえるのか?」

「そうだな、魔法で死体を隠したのが証明できるなら、そうしてぇところだ」


 中学生のガキを相手に、貫満はきっぱりとそう告げる。


「だが、まぁ、今回は無理だな。次辺りは、本当に捕まえるかもしれねぇが」

「次って、何だよ……」


「郷塚の坊ちゃんよ、おめーは家族を嫌ってるかもしれねぇが、残念ながら十分に郷塚の人間だよ、おめーも。腹いせ目的で平気で死体をいじくれちまうんだからな」

「仕方がないだろ! 俺が使える魔法は大したことないんだ。俺にできることなんて、イタズラくらいしかないんだよ! それくらい、やり返したっていいだろ!」


「何も、よくはねぇさ。おめーが家族にどんだけひでぇ扱いを受けてようが、そいつを法を破る理由にしちゃいけねぇよ。日本はな、法治国家なんだよ」

「だったら親父を捕まえてくれよ。俺はこんな目に遭ってるんだぞ、刑事さん!」


「同情はするがね。今ンとこ、郷塚健司を捕まえる理由はねぇんだよ。やっこさん、小物のクセに多少頭は回るようでね。法を犯さない以上、俺らは動けねぇんだ」

「何だよ、それ……。何なんだよ……!」


 ぶつける言葉の全てをことごとく打ち砕かれ、賢人は愕然となる。

 そんな、打ちひしがれる中学生を前に、貫満は表情を変えずに淡々と告げる。


「ガキなら、大人に頼りな。おめーみたいなモンを助ける仕組みが、この国にゃあるはずだぜ。仕返しなんてくだらねぇこと考えてねぇで、さっさと逃げちまえよ」

「……ふざけんな、ふざけんなよ! これまで散々頼ろうとして、でも結局、誰も助けてくれなかったんだぞ、今さら誰に頼れって言うんだよ!」

「それは俺の知ったことじゃないな」


 目に涙を浮かべて救いを求め、叫ぶ賢人に、だが貫満の言葉は冷酷だった。


「助けを求めるにしても、正しいやり方ってモンがあるだろうが。おめーはそれもせず泣いて喚いて、幼稚な仕返ししてるだけじゃねぇか。何でそんな情けねぇ野郎に、俺が手を貸さなきゃいけねぇんだ? 俺はおめーの親じゃねぇぞ」

「…………」


 最後の最後まで、貫満は何一つ、賢人の求めに応じることはなかった。

 もはや、賢人は何も言えない。ただ目を見開き、その場に呆然と立ち尽くすだけ。


「ま、今回は見逃してやるよ。次はねぇからな。じゃあな、郷塚の坊ちゃん」


 そんな賢人に軽く手を振って、貫満はその場から去っていった。

 そして、スダレが爆発する。


『もぉ~~~~! やんやんやん、やんなのぉ~! 何でウチだけが知ってた情報が、こんなところで明かされちゃうのォ~! やんやんなのぉ~~~~!』

『スダレ、本当に死体を隠したのは賢人なのか?』


 俺が確認すると、価値をなくした情報だからか、スダレはあっさり答えてくれた。


『そうだよぉ~、あの子は、死にかけたときに前世の能力に目覚めかけた『出戻りしかけ』なの~。だから、異世界の記憶はないし、異面体も使えないのよ~』

『……『出戻りしかけ』とかあるのかよ』


 そんなもの、初めて知ったぜ。だが――、


『あ、おパパ……』


 俺は外套を脱いで、物陰から姿を現した。


「おい、郷塚賢人」

「……誰だよ、おまえ」


 呼びかけると、返ってくる力のない声。

 俺は賢人に向かって手を差し伸べて、自己紹介した。


「俺は、金鐘崎アキラ。傭兵だ」

「傭兵……?」

「郷塚賢人、おまえ、俺を雇ってみないか?」


 俺は思った。

 こいつを、俺の仕返しに巻き込んでやろう、と。

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