第39話 チート英雄様を説得してみよう
ノアは知らない内に自白魔術だけでなく消音魔術まで使っていた。
ここまで用心深くなければその派手な容姿で何十年も逃亡生活なんて続けられないのかもしれない。
そして彼が追われる理由を作ったのは誰かとなると、メタ的な視点では俺だ。
中学生の俺が自作品の登場人物であるノアに守護竜殺しの過去を付与した。
結果この世界でも彼はその設定を引き継ぎ罪人として追われているのだ。
当然、そんなことを本人に言える筈がない。
俺が作者として今すぐ彼の罪を消したり修正できるならまだしも、そんな権限はない。
一見飄々としているノアだが、竜殺しの結果彼は大事な家族と生き別れてしまう。
家族の中でもノアが特に可愛がっていた黒髪の弟にクロノが似ているのだ。
こういった理由もあってノアは主人公であるクロノを可愛がり成長を見守ろうとするのだ。
つまり溺愛していた弟に会えなくなった理由を作ったのが俺だとばれたら恐ろしいことになる。
不自然にならないよう息を深く吸って吐く。それでもこちらの緊張は伝わっているだろう。
銀色の髪をした英雄は薄い笑みを張り付けて俺を観察していた。
下手な嘘を吐けば腕ぐらいは切り落とされるかもしれない。
彼が高位の回復術を使えるのが逆に恐ろしく感じてきた。
きっとノアは殺さずに長時間激痛を与える拷問が出来る。なんでこんな何でもできるキャラに設定してしまったのだろう。
中学生の自分を恨みながら俺は口を開いた。
「……最初に言っておきたいことがある、酒場での俺の噂は事実だ」
「へえ?そうなんだ~」
「そうだ、俺は少し前まではクロノに酷い扱いをしていた。女癖の悪い乱暴者で街での評判も悪かった」
いや、今でも最低の評判は変わっていないだろう。俺はスライム退治の際の自警団の態度を思い出していた。
そんな俺を見つめながらノアは納得できないような表情を浮かべる。
「女好きで乱暴者、ねえ。 今の私の前にいる君は寧ろ臆病なぐらい慎重な男に見えるけど」
今だって必死に言葉を選んでいるだろう。そう指摘され俺は否定しても仕方ないと頷いた。
どんな乱暴者だって圧倒的強者の前では大人しくなるだろうと思ったが黙っておく。
ノアが違和感を覚えてくれる方が話を持っていきやすいからだ。
「それは俺が前世の記憶を思い出したからだ、つまり今の俺はアルヴァに生まれ変わる前の性格なんだ」
流石にこの回答は予期してなかったらしくノアは沈黙した。
脳吸いという魔物扱いされて頭をカチ割られないことを祈りながら俺は彼の反応を伺う。
「嘘、じゃないよね~? 君がそう思い込んでいるだけの可能性もあるけど……」
まあ、そこの部分を確認するのは難しいか。あっさりと割り切って彼は俺に言葉を促した。
「酒場の噂と実際対面した君の差異の理由については納得したよ。でも私が知りたいのはそこじゃない」
「わかっている。俺が前世で読んだ小説の……信じて貰えないだろうが主人公がクロノだったんだ」
「……へえ?」
「そしてクロノを剣も魔法も使えるように鍛え上げる師匠がいて、それが多分あんただと思った」
そんな髪や目の色をした人間なんて初めて見たから、黄金の英雄本人だと直感して興奮してしまった。
俺の言葉にノアは「確かに目立つよね~」と複雑な表情で返す。
今の段階で体に痛みはない。自白魔術のペナルティは発動していないということだ。
内心で安堵していると、その油断を嘲笑うかのようにノアが鋭い発言をする。
「すると私たちが今いる世界は、誰かの書いた作品の中だってことかな?」
「……いや、違う筈だ。俺が前世の記憶を取り戻している時点で物語通りではないからだ」
「成程。じゃあ君はこの世界を誰が創ったかわかるかい?」
「……神、だと思う。ただ会ったことはないから詳しくはわからない」
危ない。質問の内容が誰がではなくどうやってだったら、都合の悪い何もかもを話す羽目になっていた。
というか神についてあれこれ質問されても詰む気がする。
エレナの上司だという最高神については強引でろくでもない性癖の持ち主だという印象しかないが、そういったことを話す中で逆引き的に俺の書いた小説を元に神が世界を創ったことがばれたらやばい。
「神、ねえ……。だとしたら文句の一つでも言ってやりたいかな~」
クロノちゃんを鍛えるという役割の為に私を犯罪者に仕立て上げたんですかってね。
荒々しい声ではなかったが、聞いているだけで巨大スライムに押し潰される時のような圧力を感じた。
作者として罪悪感も覚える。俺は特に深い考えもなくノアに罪人設定をつけてしまっていた。
その結果彼が数十年も逃亡してることを考えれば多少の拷問は甘んじて受けるべきかもしれない。
駄目だな、考える程謝りたくなってくる。
もう不自然でいいから話題を変えよう。
そうだ、これ以上不穏な空気になる前に告げるべきことを口しなければ。
きっとこの提案は俺に対し不審と悪印象を抱かれた後に告げても頷いては貰えないだろうから。
「ノア・ブライトレス。俺の読んだ小説の中では
「なんだって?」
「だから……一緒に運命を変えないか?」
その言葉に、銀色の髪をした英雄は驚きの表情を浮かべた。
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