第36話 『魔族』

「……死んだか」


「例の……リーフィという駒のことですか?」


「ああ。後々ヒトの街で盛大に暴れさせるつもりだったのだが……残念だ」


「アレは三英傑とやらでヒトから強い支持を得ていましたからね。それが『堕落』すればさぞや恐怖と絶望を振りまく存在になっていたでしょうに。……しかしヴァイス様。何故駒が死んだのに上機嫌なのですか」


 残念だ、と言いながらも鼻歌でも歌いそうなくらいに口元が弧を描いている主にルプスは首を傾げる。


「死にはしたが一番重要な使命は果たしたからな。どれだけ虐げさせても、蔑ませてもうんともすんとも言わなかったアレに……『殺意』を抱かせたのだから」


 銀灰色の、光を宿さぬ瞳に一瞬だけ光が宿る。その表情は待望の瞬間を待ちわびる幼子のような無邪気さが内包されていた。


「……しかし分からんな。自分が傷つけられた時も殺されかけた時もアレは殺意どころか怒りすら抱かなかったというのにクリアというお前を倒した女が軽く傷つけられただけであれほどの殺意を抱くとはな」


「それは……私には理解できます」


「ふむ。何故だ?」


「ヴァイス様を傷つけられたら……私はアレと同じようにその傷つけた対象に殺意を抱くでしょう」


「……つまりアレとクリアという女は主従関係にあるということか」


「……いいえ。ヒトにも魔族にも色々な想いのカタチがあるということです」 


「想い……我には理解し難い世界だ。…………まあよい。アレの事も気がかりではあるが……次はサウストに向かうぞ」


「御意」


 白き魔王と狼は静かに闇に溶けていく。その足取りは常夏の国、サウストへと向かっていた。





 ◇◇◇





 リーフィは『魔王との戦いで死んだ』と公表された。それは嘘のようである意味正しいと言えるかもしれない。彼女は魔王の駒である事を打ち明け、拒否し自分の中の黒い意思に抗いながら死を選んだのだから。


 三英傑として功績を上げ、魔王討伐を期待されていた強豪の死に人々は悲しみに明け暮れたが葬儀には沢山の人が訪れた。それはアウルムの団員だけではなくノースンの住民、そして彼女が依頼で助けた人々も大勢いた。


 クリアとシェダーにとっては殺そうと敵意を向けてくる恐ろしい相手であったが他の人からすれば腕の立つ頼もしい射手だったのだろう。クリアやシェダーは彼女の死を惜しむ人々の様子を眺めながらアウルムの一員として葬儀に参加した。


「……色々と迷惑を掛けたね」


 葬儀はつつがなく終わり人々が自分の居場所に帰った後、クリアとシェダーは一緒に誰もいない墓の前で手を合わせていた。すると三英傑のリーダーである男、ルックスが声を掛けて来る。


「……リーフィさんとの立ち会い以外では氷像コンテスト以来ですね。どうも」


「ルックスさん……ど、どうもです」


 クリアとシェダーが軽く会釈をするとルックスはまだ最近の事だというのに遠い昔を懐かしむように目を細めながら会釈を返す。


「そういえばそうだったね。……リーフィがすまなかった。怪我の調子はどうかな」


「元々軽く額を切っただけでしたからね。マオさんが治療してくれたお陰で傷は残らないと思います」


「そうか……ならよかった。シェダー君は?」


「……ぼくは平気です。だけど……あの時ぼくは……」


「リーフィの意思ではなかったとはいえ君を殺そうとしたんだ。それに対して殺意を返すのは罪じゃない。……まあ本当に殺していたらヴァイスが彼女を操っていた事が分からなかったから色々変わってただろうけど」


「……」


 シェダーはルックスの言葉を聞きながら俯く。初めて抱く『殺意』、そしてそれによる暴力に走ってしまった事を彼は深く後悔していた。


(……気にするなとはいえねえよなぁ……しかも相手は操られてた訳だし。シミナの時といいむしゃくしゃする……!)


 シェダーに危害を加えてきた人間の裏にいるのはいつもヴァイスという灰の魔王だ。何の目的があってシェダーを虐げようとするのか分からずクリアは苛々していた。直接ぶん殴ってやりたいがその本人が表に出ないのでフラストレーションは溜まる一方である。


「君達にとってリーフィは酷い奴だったんだろうね」


「それは……」


 半魔は殺すべきだ、とシェダーと自分に殺気を向けてきたかと思えば目が覚めたらごめんなさいと謝ってきた彼女にどんな人物であるかクリアは測りかねていた。葬儀に参加し彼女を惜しむ人の多さに本来は慕われる人間なのだと知ったが。


「……リーフィさんは魔王のせいで可笑しくなっていただけで優しい人だったと思います。だって……凄く痛かったはずなのにぼくが危害を加えたお陰で思い出せた、ありがとうって言ってくれたから。ぼくがリーフィさんを傷つけた事を気にしなくていいように」


「そうか……そう思える君は本当に優しい子だね」


 黒い炎を放った時の事を思い出しているのか懺悔するように手を合わせるシェダーにルックスはポンと頭を撫でる。一瞬ビクリと震えるシェダーであったが敵意を感じない触れ方に徐々に緊張を解いていく。


「優しくないです。ぼくはあの時頭が真っ黒になって……死んでしまえって思ってしまったんです。そしたら黒い炎が……あんな事初めてで……怖い……」


「シェダー……」


 初めて抱いた殺意にシェダーは怯えていた。こんな感情知らなかった、と呟く彼にクリアは気遣うように背中を擦る。


「力の制御が出来なかったということだね。今までその力を使った事は?」


「……ありません」


「……そうか。なら律する術を覚えなくてはならないね。君は半魔だ。もし君が感情のまま誰かを傷つける事があれば僕は君を殺さねばならない」


「……はい」


(また『半魔』か)


 ルックスとシェダーの会話を聞きながらクリアはまたその単語かと心の中で舌打ちする。


「半魔……ヒトと魔族のハーフですよね。珍しいんですか? ヒトとどう違うんです?」


「えっ?」


「……知らないのかい?」


 とりあえず疑問に思った事をこの際聞いてしまおうとルックスに疑問をぶつけるとシェダーはきょとんと目を丸くしルックスは信じられないようなものを見る眼差しを向けた後、困惑するクリアの顔を見て合点がいったのかそういえばと頷いた。


「……あ、そういえばクリア君は記憶喪失だったね。なら知らなくてもおかしくないか。そうだね……ここだと誰か来てしまうかもしれない。場所を変えようか」


 ルックスに案内され向かった先。それはノースン唯一の教会。アロニャロホラヒレ教会である。ルックスに教会の奥の部屋に案内され促されるままクリアとシェダーは椅子に座る。


「クリア君は半魔を知らない。なら魔族については?」


「……よく知りません。危険な種族……なんですよね?」


「その認識で構わない。先に半魔が珍しいかどうかについて返答しようか。……魔族は千年前、魔王と勇者との戦いの末に『魔界』は封印され出入りが出来なくなった。『魔界』から出られないのではヒトと接触出来ない。接触出来ないということは……半魔は生まれない。だからおそらく……テスラントに存在している半魔はシェダー君だけだろう」


「……勇者の封印前に『魔界』ではなく他国にいた魔族は?」


「『魔界』から進軍していた戦士、そしてヒトの味方をした魔族もごく僅かにいたが……その魔族は封印の際勇者の放った光によって浄化されヒトに戻ったんだ。生き証人のマオ様もそれは事実だと語っていたよ」


「……戻った?」


 ヒトに戻った、という今までの根底を覆すような表現にクリアが怪訝な声を上げるとルックスは再び驚き、そして納得したように頷いた。


「……ああ、そうだったね。すまない。そもそも魔族という種族について説明していなかった」


 ルックスは本棚から『魔族』と書かれた本を取り出しテーブルの上に開いて置く。開いたページには人間が恐ろしい怪物に変化していくおどろおどろしい絵が描かれていた。


「魔族とは魔為る一族。魔力が高い以外はヒトと同じ生態だがその一族の血を引く者はやがて『堕落』し姿かたちが変貌する。『堕落』の後は色素が薄くなりたとえ元々が善人であったとしても性格や在り方すら変貌し悪徳の限りを尽くすようになる……そんな一族だ」


「え……?」


 魔族を魔王の手先、悪い事をする奴らだとなんとなく意識していたクリアにとってそれはこれまでの認識を大きく変える事実であった。


 


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