第17話 微かな、でも確かな次への一歩

(どうしようどうしようどうしよう)


 もし自分があの時ルプスを倒し……いや、殺していればシミナの人々は死なずに済んだのでは? 


 もし仮に元々シミナの人々が始末される予定だったとしても魔王の臣下を一人減らしたなら被害に遭う人間の数を減らせたのではないか。


 そう思うと確実に殺せたあの時、何故日和って放置してしまったのか。直接殺せないにしろ動きを封じたのだからそのまま警察的な組織に差し出すべきだったのではないか。そんな後悔に苛まれ胃液がせり上がり動悸が止まらない。呼吸の仕方を忘れ次第に息を吸って吐く頻度が速まっていく。


「落ち着け!」


 そんな様子のクリアを見かねてかマオがクリアの肩を強く掴む。真っ直ぐに視線を向けられクリアの碧い瞳は滲んでいく。


「お、おれ人も動物も……魔物も殺した事なくてっ。せっかく強い力貰ったのに! あの時確実にトドメさせたのに! おれのせいでシミナが!」


 一度涙が滲むと止めどなく溢れていく。堰を切ったように涙を流しながら懺悔を口にする。


 一度も訪れたことのない村。むしろシェダーを虐げていた村だ、痛い目遭えばいいのにと思いはしたが死んでほしいだなんて願いはしなかった。全滅しろだなんて望んでいない。どんな風に死んだのだろう。痛かっただろうか。辛かっただろうか。何を思って死んでいったのだろう。


 自分が救えたかもしれない命達を思うと嗚咽が止まらない。罪悪感に押しつぶされ過呼吸になるクリアにマオは肩を揺さぶった。


「落ち着けと言うておる!」


「でもっ」


「ゆっくりと息を吐け。そして吸え。……落ち着いて聞きなさい。なんとなく事情は分かった。いいか、クリア。お前は間違ったのかもしれない。だがルプスが魔王の臣下なんて知らなかったのだろう?」


「……でも……人を襲う魔物ではありました……良くないものであることは……分かっていたのです……」


「だとしてもだ。手負いの子どもを放ってトドメを差すよりも命の確保を優先したのだろう」


「……いえ。確かにシェダーの怪我は心配でしたがおれ……私は逃げたんです。たとえ人を害する狼でも直接殺したくなかったから」


「……そうか。それは間違いだったのかもしれない。最善ではなかったのかもしれない。だがルプスはヴァイスのお気に入りでもある。殺したらヴァイスを怒らせもっと酷い事態になっていたかもしれないぞ。それにシミナの連中は元々始末するつもりだったのかもしれん」


 自分の想定よりもずっと幼く甘いクリアの中身が見え隠れしマオは驚きながらも泣きじゃくる子どもに言い聞かせるように諭す。それはクリアが望む言葉であった。


「……でも殺さなかった事で今後被害に遭う人達は確実にいますよね……?」


 望む言葉に乗っかりたい。自分の選択は間違いでなかったと信じたい。けれどもしそうしてしまったら駄目な人間になってしまいそうな気がした。だからクリアは自分を責めるのを止めない。


「……ああそうだな。ルプスはヴァイスの忠実な臣下だ。あいつに殺された奴は大勢いる。今後も増え続けるだろう。そういう意味ならお前は『間違った』」


 そんなクリアの様子を見てマオは重苦しく鋭い言葉を突き刺す。その言葉はクリアの胸に深く突き刺さり消えない。


 やっぱりそうなのだ自分は大きな間違いをしてしまったどうしようどうすればいいのだろうどう償えばいいのだろう、と混雑する思考。止まらない涙。深い絶望と自分への失望に打ちのめされるクリアをマオは優しく抱きしめた。


「でもな。生きていれば誰もが何かしらのミスをするものなのだ。私とて沢山間違えて生きてきた。千年前、ヴァイスやルプスとも戦った事はある。だが討ち取れなかった。そういう意味では私も罪人よ。……どれだけの犠牲者が出たことか……悔やんでも悔やみきれない」


「……そう、なんですか」


 顔を見たことがある様子なのはギルドでの会話で察していたが直接戦っていたのは予想外だった。こんなに長く生きている頼もしい老人の意外な過去にクリアは驚いた。


「ヴァイスや臣下が勇者一人によって討伐された後も犠牲者の事が忘れられなかった。時には違う行動をすれば確実に助けられたのではないかと後悔に苛まれ眠れない夜もあった。だから私は少しでも多くの人を救うためこの街で知恵を授けたり治療をしてきた。罪滅ぼしというよりかは自己満足に近いが……大事なのは間違った事に気づき、過ちを認め、それを正す事だ。お前はルプスを殺さず結果的に逃してしまった。お前はその間違いをどう正す?」


 驚くほど優しい声にクリアは少しずつではあるが落ち着きを取り戻していく。マオの言葉はさきほどギルド長に話していた事と同じもの。過ちをおかしたなら正しなさいというシンプルな教え。その問いにクリアは唇を震わせながらも答える。


「ルプスを……そしてヴァイスを討伐します。私は強い力を授かりました。その力で『間違い』を正したいです」


「そうか……それは辛い道のりになるぞ」


「でしょうね……それでも私を慕ってくれるシェダーの前で自分のせいじゃないと開き直って生きる事は出来ませんから」


 自分を真っ直ぐ慕ってくれる可愛い子の前でいい加減な姿を見せて失望されたくない。あの子の前では誇れる自分でありたい。出会ったばかりの少年にそんな気持ちを抱いているなんて変だなと思わなくもないが嫌な気はしなかった。


「ならば戦いなさい。私はもう年だ。共に戦うことは出来んが……止り木くらいにはなれる。頑張りなさい」


 クリアの答えにマオは満足そうに頷きながらポンポンと背を叩き激励する。その激励にはマオの厳しさと優しさが詰まっていた。


 こうしてクリアはマオの腕の中でヴァイスやルプスの討伐という険しい道のりを歩む決意をするのだった。


 

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