第16話 お婆ちゃんと学ぼう

 アウルムの人々と和解後、クリア達はマオに連れられ彼女の家へと向かった。その道中、ギルドの騒動を中途半端に聞きつけた住人がマオを心配していたがマオがこの子達は関係ないよと触れ回ってくれたお陰で誤解は一発で解けた。その様子からめちゃくちゃ信頼されてんだな……怒らせないようにシヨ……とクリアは心に刻む。


 連れられた先の家は木で出来た素朴な家だった。中も清潔で広々としており一人で住んでいるにしては大きい印象を受ける。その事をそれとなく指摘すると大工のやつらが張り切って造りおってな、こんなデカい家持て余しておるわと呆れながら返答された。しかし呆れながらも家を見上げる眼差しは誇らしげでなんだかんだ嬉しいらしい。


 広いスペースを利用して薬師として働いているとの事で家の中には見たことのない薬草やきのみが保存されている。触れたり壊したら金を取るぞと軽く脅されクリアとシェダーは「はい……」と震えながら頷いた。


「さて、家の説明はこんなところか。お前達の部屋だが……別でいいな? こことここだ。隣同士だし中の内装はほとんど変わらん。好きな方にしなさい」


「はい。部屋を与えていただきありがとうございます」


(別室か。一緒にされるかと思ったけどまあ一応異性だしな。……異性、なんだよなぁ……まだちょっと変な感じがするな)


 自分の中では漠然とあ、自分女だなというふわふわとした実感はあるもののついこの間まで男子高校生であったクリアである。シェダーが異性と考えるとなんだか変な感じがした。


 まだ精神に男の自分が残っているのかもしれないとクリアは苦笑しながらもシェダーを見る。シェダーは部屋が与えられた事自体に驚いているようだった。


「えっ……ぼくにちゃんとした部屋が……?」


「よかったですね」


「うんっ……わあ、凄いや。穴も空いてないしベッドもある……!」


 自分の部屋、というのがよほど嬉しいのかトテトテと歩き回りながら何か見つける度はしゃぐ彼にクリアは可愛いなぁ、天使だなぁと思いながらも気持ちが沈む。確かに森の香りがして落ち着く立派な部屋だがこれまでの住んでいた環境の情報が図らずしも断片的に語られ心が痛んだ。


 やがてはしゃぎ疲れたのかベッドで寝転んだまま眠ってしまったシェダーに布団を掛けて隣の自分の部屋に移動する。


(怒りをぶつけようにもその対象が死んじまったらなぁ……)


 シェダーを虐げてきたシミナの住民に思うところはあるものの既に亡くなり、しかも魔王に滅ぼされ死体すら残っていないというのだがら怒りよりも同情心がわいていた。複雑な気持ちではしゃぐシェダーを見守っていると同じようにシェダーを見守っていたマオに小声で話しかけられる。


「あの子はどんな暮らしをしていたのだ」


「……詳しくは聞いていませんが…………奴隷のように虐げてられてきたようです。私が彼と出会った時彼は生贄として大きな魔物に襲われていました」


「……そうか。怪我は?」


「いえ。血を流していたので診ましたが怪我の治りが早いようで傷がすぐ塞がっていました」


「怪我の治りが早い……うむ……」


「……何かシェダーの事で気になる点が?」


「まあ、多少な。しかし確証はない。根拠もない。今のところは様子見だ」


 シェダーを見たときの反応から何かシェダーの事を知っているのでは?と淡い期待を持つクリアだがまだその事を話す気はないらしい。気にはなるが無理矢理聞き出す事でもないかとクリアも自分の部屋の内装を確認する。


 元々は怪我人などを泊まらせていた部屋らしく大きめのベッドが置いてあるくらいのシンプルな内装でどちらかというと病室のような雰囲気の空間だった。ベッドに腰掛けると少しだけ薬草の匂いがしてクリアは心を落ち着かせる。


「クリアよ。お前は記憶喪失らしいな」


「……はい。信じていただけるか分かりませんが……」


「これから住むことになる同居人だ。イチイチ疑う気はない。それで……どの程度知識がある」


「……それが……自分の名前くらいしか。灰の魔王とやらも知りませんしテスラントという言葉すら初めて聞いたと思うくらいで」


「こうして話すことは出来るが文字は?」


「読めます」


「なら生活に支障はないか。この大陸……テスラントについて知らんなら今いる国も分からんか?」


「……言われてみれば知らないですね」


 マオに問われクリアはそういえば突然の異世界転生でドタバタしていたし余裕もなくて今いる国について考えた事なんてなかったなと思い至る。


「この街、ノースンはノースリアに属しておる」


「ノースリア……」


「テスラントの北にある国だ。テスラントは大きく分けて5つの国がある。北の国『ノースリア』、南の国『サウスト』、西の国『ウェスティ』、東の国『イーステンダ』。これらは人間や亜人が主に暮らす国だ」


「ノースリア、サウスト、ウェスティ、イーステンダ……覚えました。あと一つは……?」


 英語のもじりっぽいから分かりやすくて助かるなと呑気な事を考えるクリアだが今まで挙げられた国は4つ。しかしあと一つ挙げられていない国がある。人間や亜人が暮らしているのは、という言葉に嫌な考えがよぎる。


「テスラントの中心部。魔物達の巣窟だ。正式な名は決められてはいないが通称『地獄』と言われている」


「……なるほど。地獄……よりにもよって中心部を陣取られているのはマズそうですね」


 中心部にあるということはどの国にも面しているということだ。大陸の真ん中にこちらを害するかもしれない存在がいる。その事実に寒気がする。


「まあな。灰の魔王とその配下もそこ出身だ。だがここ最近までは平和だった。……千年前、魔王との戦いで勇者がその命と引き換えに魔王を討ち果たしその国ごと魔物達を封印したからな」


「……最近までは、なんですね」


「半年ほど前から人々が灰にされる事件が多発してな。勇者の冒険譚として御伽噺にまでなっていた『灰の魔王』の再来として最近はピリピリしている」


「勇者は魔王を討伐することが出来ていなかったという事でしょうか」


「いいや。確かにあの時魔王は滅んだ。滅んだが……奴は灰の魔王。自身が灰になろうとも完全には消え去らなかったのかもしれん。まだ灰の魔王ヴァイスとその臣下である大狼ルプスしか目撃はされていないがもしかしたら他の魔物も──どうした?」


「大狼……?」


 マオが話し終わらないうちにクリアは立ち上がる。じっとりと嫌な汗が額に滲む。


 ヴァイスの臣下である大狼。


 シェダーを襲っていた白い大狼。


 自分達が離れ少ししてから『灰の魔王』がやってきて滅ぼされたらしいシミナ。


 それらの事柄が浮かび、一つに繋がっていく。


「その大狼は……このくらいの大きさで白く灰色の目をしていますか」


「……ああ。見たのか?」


「……シェダーが襲われていた狼の見た目がソレでした。それで私は助けようと凍らせて──」


 そして……


「放置しました。シェダーは怪我をしていましたし凍らせて身動きを取れないようにすればいいかと止めを刺さずに……そのまま放置して……」


(あれ……これ……もし仮説が本当ならシミナが滅んだのって……)


 あの時クリアはシェダーの安全を優先させた。しかし本当に安全を確保するならば止めを……殺しておく必要があったのではないか。殺さず中途半端に放置してしまったから大狼……灰の魔王の臣下であるルプスが灰の魔王を呼び寄せたのではないか。


 クリアの前世は平和な日本で生きてきたごく普通……というには承認欲求が強めではあるが一応善良な部類の男子高校生であった。動物を殺した事なんて一度たりともなかったのだ。ただの動物ではない魔物であったとしても見かけは大きな狼。心のどこかで殺したくないなと手加減をしてしまっていた。溶けにくい氷魔法にしたし勝手に弱って死ぬか懲りて逃げてくれないかと、そんな甘えがあった。


「あ……あ……違うっ、そんなつもりなんて……!」


 自分の行動が原因で死者が出たのではないかという可能性に──クリアは床に崩れ落ちた。



 




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